Share

第 13 話

Author: 成功必至
凛は医者を呼ぼうと立ち上がったが、澪に腕を掴まれた。

凛は動きを止め、怪訝そうに彼女を見つめる。「まさか……産むつもり?うそでしょ、なんであんなクズ男のために子供なんか産まなきゃいけないのよ!」

澪は首を振り、手で示した。[彼は子供を欲しがっていない]

「じゃあ、それでいいじゃない!おろせばいいんだよ!」

澪はぎこちなく指を動かした。[私は欲しい]

凛は納得がいかないように眉をひそめた。「……なんで?」

[私の子だから]

凛はしばらく黙った。どう言葉を返せばいいのか分からず、再びゆっくりとベッドに腰を下ろす。

そうだね、この子は京司だけのものじゃない。澪の子供でもある。

今の彼女には、身寄りもなく、夫さえも彼女を気にかけていない。そんな中で、彼女は心から自分だけの家族を求めている。

愛がほしい。誰かに愛されることも、誰かを愛することも。彼女には、愛を注ぐ場所が必要だった。

凛はそっと手を伸ばし、澪の頬に触れた。「……じゃあ、産めばいい。どうしても無理になったら、私が育ててあげる」

その言葉に、澪の目が赤く染まった。

彼女はじっと凛を見つめた。頭にはまだ包帯が巻かれていて、それでも彼女の瞳に宿る慈しみと優しさは、これ以上ないほど真剣だった。

こんなふうに、自分のために命をかけてくれる人がいるなんて、考えたこともなかった。

「……泣かないで。泣いたら、赤ちゃんも悲しんじゃうよ」

澪は喉の奥で込み上げるものを必死に飲み込み、ぎこちないながらも笑みを作った。

小さく頷きながら、心の中ではすでに決意を固めていた――京司と離婚する、と。

離婚しなければ、自分だけの赤ちゃんを持つことはできない。

脳裏に蘇るのは、去年の妊娠のこと。妊娠検査の結果を手に、京司に伝えれば、小池夫人に伝えれば、彼らの態度が変わり、京司がほんの少しでも自分を愛してくれるのではないか。――そんな、甘い幻想を抱いていた。

だが、現実は容赦なく彼女を叩きのめした。

京司は妊娠検査の紙を無造作に放り投げ、それはふわりとソファの上に落ちた。その瞬間、彼女の心も、まるで紙切れのように高空から泥沼へと叩き落とされた。

彼はこめかみを揉みながら、ただ一言、「……面倒なものだ」

面倒な……「もの」

彼にとって、それは命ですらなかった。ただの「もの」に過ぎなかった。

小池夫人はさらに容赦がなかった。彼女の命令により、澪は押さえつけられ、無理やり手術台に寝かせられ、麻酔を打ち込まれた。そして目を覚ました時、そこには冷たいベッドと、空っぽになった身体だけが残されていた。

病院で半日を過ごし、午後には熱も引いた。

凛が付き添い、改めて精密検査を受けた。結果、胎児は少し不安定だったが、その他には特に異常はなかった。

「妊娠初期はちゃんと気をつけなきゃダメよ。この子、ほんとにしぶといけど……もう無理させないで。次は、こんなに運よくいかないかもしれないんだから」

女医師は無表情のまま厳しく警告したが、澪には何を言われているのかすぐに分かった。耳の奥がじんわりと熱くなり、気まずそうに小さく頷いた。

医師から処方された安胎薬を抱え、病院を出る。雨上がりの空は澄み切っていて、空気には土の匂いがほんのりと混じっていた。

澪はふと顔を上げた。雲間に隠れた太陽が、薄くぼんやりと光を漏らしている。

数羽の雁が空を旋回し、そのまま果てしない空の彼方へと飛び去っていった。

こんなに青く、こんなに広い空だっただろうか。自分は、どれだけ長い間、空を見上げずに生きてきたのか。

凛はバイクで送ると言い出したが、玲央に止められ、結局、彼が送ることになった。

目的地に着いたが、澪はすぐに降りなかった。代わりに携帯を取り出し、メモ帳を開いて、あらかじめ入力しておいた文字を玲央に見せた。

【――私の妊娠のことは、誰にも言わないでください】

玲央は、その短い文章をしばらく見つめたあと、ゆっくりと視線を澪の顔に移した。彼女の瞳には、言葉にしない懇願が滲んでいた。

「……わかった」

その返答を聞いて、澪は小さく頷き、感謝の意を込めて軽く頭を下げる。そして車のドアを開け、ゆっくりと降りた。

家に戻ると、処方された薬をリビングのテーブル下の引き出しにしまい、再び超音波写真を取り出した。

写真の中央に、小さな影が二つ映っている。指先でそっとなぞりながら、まだ形の見えないその命を見つめる。気がつけば、唇の端がわずかに上がっていた。

これからは、もう生命の意味を考える必要はない。

――なぜなら、彼女の命にはすでに意味があるのだから。

「何を見ているの?」

思考に沈んでいたその時、不意に背後から低く響く、心地よい声が聞こえた。
Patuloy na basahin ang aklat na ito nang libre
I-scan ang code upang i-download ang App

Pinakabagong kabanata

  • 池中のもの   第 61 話

    「京司は私生児でありながら、小池家で血路を開いて経営権を握った男だぞ。そんな男を甘く見るな」凛は顔を覆ったまま、黙り込んだ。玲央は考えを巡らせてから言った。「京司に会いに行く。彼が手を引いてくれれば、この件は収まるはずだ」やはり玲央は大局を見渡せていた。もしブレーキの細工の件で京司と徹底的に争えば、最後に損をするのは彼らの方だった。結局、車を運転していたのは凛で、主導権は京司が握っていた。彼に頼みに行って手を引いてもらうこと、それが最も賢明な選択だった。父は頷き、深刻な表情で言った。「そうするしかないな。お前は彼と仲がいいんだから、頼んでみてくれ」「分かった」玲央は振り返って凛を

  • 池中のもの   第 60 話

    このニュースは、澪の体中の血液を凍りつかせ、冷たい感覚が四肢の隅々まで広がっていった。全身が寒気に包まれ、骨の芯まで冷え切るようだった。彼女はテレビを呆然と見つめ、頭の中には京司の言葉が渦巻いていた。「彼女にお前を連れて行く機会はもうないだろうな」澪はずっと、京司が凛に何をするのかを心配していた。だが、実際には――彼が凛に何をさせたのか、だった……凛の体には傷一つない。それでも、彼女の人生はもう取り返しがつかない。今回の事故は、凛だけの問題ではない。宮司家全体に影響を及ぼすことになる。だが、京司だけは――全く関係がない人間だ。玲央と家族たちは、すぐに宮司家へ戻った。凛はソファに

  • 池中のもの   第 59 話

    京司はその仕草に気づき、瞳が光った。それでも彼は澪の首を掴み、低い声で言った。「なぜ俺の言葉を聞き流す?」「彼女と世界一周でもしたいのか?ふん、澪、二十年経っても、まだお前は懲りないのか?」澪のまつ毛が震えた。どうして彼は何もかも知っているのだろう。朝起きた時の携帯の満充電を、彼女は突然思い出した。彼は……彼女の携帯に細工をしていたのだ。彼がこんなにタイミングよく現れたのも不思議じゃない。澪は息苦しさを感じ、顔が次第に赤くなっていった。頭上の彼の顔を見上げる目が、徐々に赤くなっていく。彼女は生まれつき無邪気な目を持っていた。可愛らしさとは違う。むしろ彼女の容姿は可愛らしさとは

  • 池中のもの   第 58 話

    「なぜこんな早く戻ってきたの?」凛は服の埃を払いながら、澪を助け起こした。京司は二人の顔を見回し、凛の言葉を無視して澪を見つめた。「どこへ行くつもりだ?」凛が口を挟んだ。「あんたに関係ないでしょ?彼女の足は彼女のもの、好きなところへ行けるはず。澪はあんたのペットじゃないわ!どこに行くにしても報告なんて必要ないでしょう?」京司は視線を凛に向け、感情のない声で言った。「凛、玲央がいるからって、何度も俺の忍耐を試すのはよしたらどうだ」凛は一瞬言葉に詰まり、すぐに怒りの笑みを浮かべた。「何でも兄さんを持ち出すのはやめて。本気なら私に直接かかってきなさいよ。あんたを怖がってると思ってるの?」京

  • 池中のもの   第 57 話

    凛の笑顔が凍りついた。「また離婚しないの?あの人にまた甘い言葉でも言われて、心が揺らいだの?」澪は首を振ったが、今の気持ちをどう表現すればいいのか分からなかった。凛のことが心配で、試合に出てほしくなかった。凛はため息をつき、ソファに腰を下ろした。テーブルの上のみかんを手に取りながら、横目で澪を見た。「妊娠のこと、あいつに話したの?」澪は一瞬固まり、首を振った。「どうして言わないの?」もちろん、彼が知れば嫌がるのではないかと。前回のように、中絶を強要されるのではないかと恐れていたからだ。「離婚もしないし、子供のことも知られたくないなら、どうやって隠すつもり?」凛はみかんを手で軽く

  • 池中のもの   第 56 話

    そんな絶望的な状況の中でさえ、彼の心配は、あの口の利けない少女のことだった。そんな言葉を聞いて、澪に彼を愛さない理由などあっただろうか。その瞬間、澪は全ての愛をこの男に捧げ、その瞬間、彼は彼女の命よりも大切な存在となった。でも彼女にはわかっていた。彼の保護は、ただの口の利けない少女への哀れみに過ぎないこと。彼女の愛が実を結ぶことは決してないということを。現実はまさにその通りだった。その後、彼は沙夏と付き合い始めた。彼女への寵愛は全て別の女性へと向けられ、守る相手も変わった。彼女はいつも選ばれない人となった。二人が一緒になった時、澪は恋人と、たった一人の友人を同時に失った。澪が考

Higit pang Kabanata
Galugarin at basahin ang magagandang nobela
Libreng basahin ang magagandang nobela sa GoodNovel app. I-download ang mga librong gusto mo at basahin kahit saan at anumang oras.
Libreng basahin ang mga aklat sa app
I-scan ang code para mabasa sa App
DMCA.com Protection Status