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第 12 話

Author: 成功必至
幸いにも玲央は素早く澪を支えた。彼女の肩に触れると、異様な熱さを感じ、驚いた顔で凛を見た。「この子、熱がある」

凛は一瞬固まり、すぐに声を上げた。「早く医者を呼んで!」

澪は、まるで永遠に続くような長い夢を見ていた。夢の中で、彼女は幼い頃に戻っていた。

優奈に暗い貯蔵室に閉じ込められ、周囲は闇に包まれていた。彼女はその闇に飲み込まれ、まるで底の見えない黒い渦に落ちていくような感覚だった。

必死に扉を叩いたが、応答はなかった。

彼女が絶望した時、その閉じられた扉がゆっくりと開き、光が隙間から差し込んできた。その光はますます大きく、明るくなり、彼女の暗い瞳を照らした。

光の中には、高く堂々とした姿が現れた。それはまるで神が降臨したかのようで、彼女の周囲に立ち込めていた陰鬱を一瞬で払ってしまうようだった。

彼は手を差し出し、白いシャツの袖を軽くまくり上げた。その白く長い指は、彼女の目の前に差し出され、その瞬間、彼女の心のすべての防御を打ち砕いた。

彼の手はまるで神の救いの象徴だった。それを見た彼女の心は震え、彼を信仰する最も熱心な信者になった。

震える手を伸ばし、その手を掴もうとした瞬間、彼の手は突然引っ込められた。

彼女は慌てて立ち上がり、その手を再び掴もうとしたが、虚しく空を切った。そして、その扉さえも閉ざされてしまった。

気づけば彼女は再び闇の中に取り残されていた。

澪は突然目を開けた。頭上の眩しい光が目に刺さるようだった。彼女は大きく息を吸い込んだが、夢の中の混乱と不安はまだ胸の内を支配していた。

「……目が覚めた」隣で凛の声が聞こえた。

「彼女に話してあげて」

「私……やっぱり兄さんから言ってもらえない?」

「……本当に、それでいいと思う?」

澪はゆっくりと首を回し、ベッドの前に立つ玲央と凛を見た。二人は何か言い争っているようだった。

玲央は小さく咳払いし、凛の肩を軽く叩くと、そのまま踵を返して部屋を出て行った。

澪は身体を支えながら身を起こし、凛に向かって手で問いかける。[何を話してたの?]

凛はどこかぎこちない表情を浮かべると、ベッドのそばに腰を下ろし、澪の手をそっと握った。だが、言葉を発しようとしては飲み込むばかりで、なかなか口を開かない。

澪はじっと彼女を見つめた。だが、どれだけ待っても凛は何も言わない。

やがて、澪は凛の手をゆっくりと離し、手で示した。[凛、私は……何か大きな病気なんでしょう?大丈夫。覚悟はできてるから、言って]

もしそうなら、それでいい。もう、生きる意味なんて考えなくて済む。

凛は澪の手をぴしゃりと叩いた。「……バカなこと言わないで。病気なんかじゃないわ。ただ、妊娠したのよ」

言い終えると、凛はうんざりしたように目を閉じた。病気のほうがマシだったかもね。

澪の頭の中に、雷が落ちたような衝撃が走った。目を見開いたまま、ベッドの上で呆然と凛を見つめる。

しばらくしてようやく我に返り、慌てて手を動かした。

「ちょっと、待って……速すぎて、わからない!」

凛も手話を学んで一年ちょっと経つが、まだ考えないと思い出せないことが多い。こんなピアノを弾くような速さでされたら、理解できるはずがない。

澪は一瞬ためらったが、必死に自分を落ち着かせ、手話の速度を落とした。

[……医者の誤診じゃない?ちゃんと薬も飲んでるし、避妊もしてた]

今度は凛にも伝わったようだ。彼女は傍らの検査結果を取り出し、澪に差し出した。「じゃあ、自分で見て」

澪は無言でそれを受け取り、一字一句目を通す。そこには――妊娠5週目。

1か月以上前――

胸の激しい鼓動を押さえながら、目を閉じてその頃のことを思い出す。

――京司の誕生日だった。あの日、二人は小池家に戻り、彼は酒を少し飲みすぎていた。そして、そのまま澪を抱き寄せ、一晩中……

翌朝、寝坊したせいで義母にこっぴどく叱られ、家に戻る頃にはすっかり忘れていた。

おそらく、あの夜のことだ。

凛は蒼白になった澪の顔をじっと見つめ、ため息をついた。「……大丈夫。まだ初期だし、処置しても影響は少ないから」
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