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第8話

Auteur: ねがい
起請文を破り捨て、佳奈は振り返った。すると、景がいつの間にかそこに立っていた。

竹林のそばに静かに立つ彼の姿は、灯りに照らされて長く伸びていた。その目は、波風の立ない水面のように、ただじっと彼女を見つめていた。

佳奈も静かに彼を見つめした。風に吹かれながら、佳奈は高く伸びた竹林の側に佇んでいた。

幾度となくこの場所に立ち、彼を見つめてきたように。でも、もう彼女の目ににはかつての愛情は微塵も残っていなかった。

再びあの奇妙な胸の痛みが景を襲う。何か大切なものを失ってしまうような、そんな焦燥感に駆られた。掴もうとしても、その感覚は霧のように消え去ってしまう。

掴みどころのない感情に苛立ち、彼は唇を噛み締めて尋ねた。「こんなところで何をしているんだ?」

佳奈は立ち止まらず、門の方へ歩き出した。彼に視線を向けることさえせず、冷たく言い放つ。「個人的な用事よ」

氷のような冷ややかな口調に、景の眉間はさらに深くひそめた。彼は力強く彼女の腕を掴んだ。

「一体、また何の癇癪を起こしているんだ?詩織を何度も苛めているのはお前の方だろう。彼女はもう十分可哀そうになった、まだ許せないのか。

今更、そんなか弱いふりをして、誰に見せつけるつもりだ?」

詩織は可哀想なのか?

確かに、若くして心臓病を患っているのは可哀想だ。

彼女は自嘲気味に思った――景、私は?

あなたの目には、私も肝臓癌の末期で、余命いくばくもない人間に見えるんじゃないの?

これらの言葉は結局、口に出せなかった。彼女はただ静かに彼を見つめていた。冷徹な大人の男になった彼の奥底に、かつて彼女を愛し抜いたあの少年の面影を探そうとしていた。

骨の髄まで自分を愛してくれた、あの少年にまだ縋り付いていたかった。

「佳奈、もし僕が正気に戻って、佳奈が言うような冷たい御曹司になったら、それでも僕を愛してくれるか?」

「もちろん愛するわ!

景、その時、あなたは私を愛し続けてくれる?」

「もちろん!景は佳奈を永遠に愛する。僕たちは何度生まれ変わっても一緒だ!」

悲しいことに、来世などはもうない。

「景、さようなら」

佳奈は静かに告げた。この「さようなら」は、目の前の男への言葉であり、かつての少年であり、そして5年間注ぎ続けた愛への訣別だった。

景は彼女の去っていく背中を見つめながら、心の奥に痛みを感じていた。

今の佳奈は、ただの別れ方をしているとは思えなかった。あの目も、まるで自分を見ていないかのようだった。

彼女はまるで……

もう、自分を必要としていないかのようだった。

その考えが頭をよぎった瞬間、景は慌てて彼女の後を追いかけた。

だが、追いついた時には、既に佳奈は車に乗り込んでいた。そのぼんやりとした後ろ姿を最後に、彼の視界から消えてしまった。

その時、詩織がゆっくりと歩いてきた。薄い毛布を羽織り、先ほど水に落ちたせいで体がやけに弱っているのか、風に吹かれただけで倒れそうな様子だった。

「景、遅くなってごめん」

景は彼女の姿に視線を落とした。「大丈夫だ。ちょうど扉が開いていたから、迎えにいこうと思ってた」

今日、詩織を病院に送っていく途中、彼女がかつて彼が5年間住んでいた家を見てみたいと突然言い出したのだ。

ここで佳奈に会うとは思ってもいなかった。

彼女の顔が少し腫れていたのを思い出す。もしかして、自分が手加減しなさ過ぎたのか?

まあいい。詩織を落ち着かせてから、佳奈に謝りに行こう。彼女は心が広いから、本当に怒ったりはしないだろう。最悪、仕返しに殴らせてやればいい。

そう考えて、景の顔に笑みが浮かんだ。彼は詩織に手を差し伸べ、二人は手を取り合って屋敷の中へと入って行った。

広々とした道を、佳奈は片手でハンドルを握り、アクセルを踏み込んで車を疾走させていた。車は空港に向かっている。

4時間後、佳奈はM国の空港に無事到着した。

6時間後、佳奈は手術台の上に横たわっていた……

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