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第8話

Auteur: 三原 笑
綾羽は冷や汗が止まらなかった。

このメッセージが届いたのは、ちょうど1時間前――彼女がまだ意識を失っていた頃だ。

もう「誰にここまで連れてこられたか」なんて考えていられなかった。

綾羽は身を起こし、玄関の方向に向かって駆け出した。

しかし、扉に触れる前に、向こうから開かれた。

あの連中がふらふらと入ってきて、なんとその中には美玲の姿があった。

綾羽は目を見開いた。

――どうして美玲が?なぜ、こんなことを?汐恩のため?

しかし、自分はもう出ていくと約束したのに。

なぜ、まだこんなことを?

美玲の顔は冷えた怒気を帯びていた。

「やりなさい」

金髪の男が頷くと、他の連中が一斉に綾羽を椅子に押しつけた。

それから、金髪の男はビデオカメラを手に彼女の前に立ち、「悪く思うなよ。おとなしくしてれば痛い思いはしなくて済む。それにしても、なかなかいい顔してるな」と言い放った。

綾羽の背筋に悪寒が走った。

彼女は美玲の方を見て、声にならない叫び声を上げ、必死に身振りで懇願した。

お願い、妹のところへ行かせて......今すぐに......

だが美玲はその意思をくみ取ろうとせず、男たちに指示し続けた。

綾羽さえいなければ、自分がずっと汐恩の傍にいられる。

「伊丹夫人」の座を、手に入れられるのだ。

不良たちは興奮した様子で綾羽の体に手を伸ばし、好き勝手に触れ始めた。

恐怖と絶望に染まる綾羽の目から、次々と涙がこぼれた。

彼女は力いっぱい彼らの手を振り払おうとしたが、誰かに手首をつかまれ、そのまま無理やり捻られた。

「バキッ」という音とともに、肩が外れる感覚がした。

声を発することのできない綾羽は、声なき叫びを上げながら涙を流し続けた。

頭の中にふと、汐恩の顔が浮かんだ。

......でも、彼が来るはずなんてない。

このままなら、いっそ死んだほうがマシだ。

綾羽は力を振り絞って、床に落ちていたガラスの破片を手に取り、迷わず自らの腹を突き刺した。

一瞬、その場の空気が凍りついた。

粘ついた血が床にぽたぽたと落ち始めると、不良達の顔は一気に青ざめさせた。

「やべえ!マジかよ!死んだらどうすんだよ!」

美玲も予想外の展開に言葉を失った。

綾羽がここまで大胆な行動に出ると思ってなかったからだ。

そのとき、外から車のエンジン音が近づいてくるのが聞こえた。

美玲が窓を開けて覗くと、顔色が一気に変わった。

「......どうして汐恩がここに?!」

「全員、荷物持って裏口から出て!報酬は後で振り込む!」

不良たちは大慌てで現場から逃げていった。

綾羽は血まみれのまま、片手でお腹の傷口を押さえ、倒れ込んだ。

美玲の顔は蒼白になり、引き攣っていた。

そのとき――ドアが勢いよく蹴り破られ、汐恩が数人の手下を連れて駆け込んできた。

部屋の光景を目にした瞬間、彼の瞳が見開かれたが、「汐恩......!やっと来てくれたのね!本当に怖かったの!」と、美玲は先手を打って、泣きながら彼の元へ駆け寄った。

「綾羽に呼ばれてここに来たの。でも部屋に入った途端、彼女が自分でお腹を刺して、それを私のせいにしようとしてきたのよ......何が目的なのか、全然わからないの!」

言外に「綾羽が自分を陥れようとした」と訴えていた。

汐恩は、床に倒れ血の気の失せた綾羽の顔を見つめ、眉をひそめた。

何かを言いかけたそのとき――綾羽がふらふらと立ち上がろうとした。

倒れては起き、また倒れ、それでもなお立ち上がろうとする姿に、さすがの汐恩も見かねて手を伸ばそうとした。

だが、綾羽は彼の顔を見た瞬間、床に膝をつき、彼の足にしがみついて必死に手振りで訴えた。「お願い、病院に連れてって、妹に会わせて」

汐恩は彼女の意図が全く理解できなかった。

綾羽は彼が拒んだと思い、何度も何度も地面に頭を打ちつけて懇願した。

声なき絶叫と、涙と血が床に混じり、汐恩の靴まで血で染めてしまった。

そのとき、不意に綾羽の携帯が鳴った。

彼女は凍りついたように動きを止め、目をそらすように携帯に視線を落とした。

手に取り、震える指でメッセージを開いた。

【立花様、妹さんがお亡くなりになりました。至急ご来院ください】

その瞬間、綾羽の瞳から、光がすべて消えた。

この十数年、病弱な妹と二人きりで生きてきた――

「自分が頑張れば、きっと妹を治せる」と信じ、頑張って生きてきた。

だが、最後の希望すら、今消えてしまったのだ。

汐恩は彼女の異変に気づかず、冷たい口調で問い詰めた。

「なぜ美玲をこんなところに呼び出した?」

綾羽は血と涙でぐしゃぐしゃになった顔をゆっくりと上げ、彼を見つめた。

まるで魂が抜け落ちたようだった。

彼女は何も言わなかった。

妹に会いたかった、ただそれだけだった。

綾羽は、壁にすがりながら立ち上がり、体を引きずるように外へ出て行った。

汐恩が眉をひそめ、止めようとしたその瞬間――

綾羽は全力で彼を突き飛ばした。

彼は動けずに固まった。

――綾羽が、あの綾羽が、自分を突き飛ばしてきた?

いつも言うことを聞いていたあの女が?

綾羽はただ前だけを見て、妹のいる病院まで歩き続けた。

そして病院の霊安室で妹と再会した。

心はもう空っぽだったのに、不思議と涙は一滴も出なかった。

その後、病院で傷口の簡単な治療を済ませた綾羽は、伊丹家へ戻った。

荷造りはすでに済んでいた。

妹がもうこの世からいなくなったので、綾羽は伯父の申し出――国外での新生活も、治療費の支援も――すべて丁寧に断った。

そして、ただひとりでこの場所を去ることを選んだ。

彼女は半年以上過ごしたこの豪邸を、一度も振り返ることなく後にした。

ここに未練など、何ひとつなかった。

綾羽は無感情のまま、夜の闇に溶け込むように姿を消した。

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