LOGIN夫・春日直伸(かすが なおのぶ)のスマホでナビを見ている時、突然、自動振込完了の通知が画面上に表示された。 すぐに、彼の元カノである白水麻由香(しろうず まゆか)からLINEのメッセージが届いた。 【今月の養育費40万円、ちゃんと受け取ったよ。ありがとう、直伸。あなたがいなかったら、私、本当にどうしようもなかったわ】 一瞬、頭が真っ白になった。 「養育費……? 直伸、『お母さんの治療費』だって?毎月、そう言ってたわよね?!」 直伸の表情が硬直し、慌てて説明し始めた。 「いやッ、そうじゃなくて!!麻由香は本当に大変なんだ――シングルマザーだし、元夫は養育費もまるで払わない……ただ、力になれることならと思ってさ……」 そんなみっともない言い訳を聞きながら、私は思わず、節約のため何年も買い替えていない古い腕時計に触れた。底抜けに冷たいものが、改めて心の中に広がっていくのを感じた。 「月収30万円のあなたが、毎月40万円も出すなんて……一体、どうしてそんなことができるの?そのお金、いったいどこから?」 彼は口を開いたが、声は出てこなかった。沈黙がしばらく続いてから、かろうじて言葉を絞り出した。 「……新居の頭金にするつもりで貯めてたお金、覚えてる?それを少し使ったんだ」 ただ呆然とした。私の両親が数十年も節約してやっと貯めてくれた、新居の頭金を……元カノの子供の養育費につぎ込んでいたの?!
View More入学枠が全て埋まっているため、佑助は今年、北浦町小学校に入ることはできなかった。ただ、既に手を打ってある。とある私立小学校への入学手続きを、事前に済ませておいたのだ。学費は確かに高い。だが、以前の財産の一部を売却し、まもなく執行される返還金を合わせれば、佑助の最初の数年分の学費は十分に賄える。私はより将来性のある仕事にも就いた。以前より忙しいが、その分、収入は確実に増えた。そんな生活の基盤が整う中、離婚手続きはあっという間に終わった。直伸は結局、以前のあの家の一部の換価金を持ち出し、ほぼ裸一貫で家を出ていった。彼は麻由香と一緒になったらしいが、喧嘩が絶えないと聞いた。麻由香は、金も地位も失った直伸を怨み、息子を良い学校に入れられなかったことを責めている。直伸は、ようやく自分が払った途方もない代償の重みに、気づき始めているのかもしれない。一方、私と佑助は新たな生活を始めた――週末の図書館や公園へのお出かけは、相変わらず続いている。ただ、かつてはパパの姿を探していた佑助が、今はもう待ちわびることもなく、私の手を繋いで楽しそうに遊んでいる。時には、佑助の好きな絵画教室や、私の好きなパン作り教室にも通う。私の手首には、あの古い腕時計が依然として巻かれている。それは確かに過去の辛い日々を思い出させるが、それ以上に、あの日々を乗り越えてより強く未来へ進むよう、私自身に言い聞かせるためだ。……一年後のある夕暮れ、佑助を迎えた帰り道、マンションの入口で一瞬、懐かしくもあり、どこか遠い存在に思える人影を見かけた。直伸だった。彼は以前よりずっと憔悴して見え、手にはおもちゃの箱を提げている。「洋恵、佑助」彼は作り笑いを浮かべた。「……息子に会いに来た」佑助は私の背後に隠れ、私の服の裾をぎゅっと握った。私は驚きも動揺もなく、ただ静かに彼を見つめた。「面会は週末じゃなかった?それに、来る前には連絡するのが約束でしょう」「ただ……会いたくなって」直伸は佑助を見つめ、目に悔恨と切望の色を浮かべた。「佑助、パパが新しいレゴを買ってきたよ……」佑助は小さく、しかしはっきりとした声で言った。「いらない。ママが言ってた、知らない人からものをもらっちゃだめって」直伸の手は空中で固まり、目から光が
さらに、麻由香に渡した金は「貸付金」および「支援金」であり、「贈与」ではないと主張した。これに対し、高橋弁護士は用意周到に一連の証拠を提出した。まず、私の両親の遺言書には「遺産は娘の田町洋恵が単独で相続する」と明確に記載されている。加えて、幸いなことに当時両親の強い勧めで交わした婚前契約書があり、そこには「双方の婚前財産は各自が単独所有する」と定められている。そして何より決定的なのは、直伸のメモ帳の記述だ。そこには「麻由香への養育費」「麻由香の住宅ローン肩代わり」「息子・太地のための住宅購入」などとはっきり記されており、これらの支出が彼の主観的な贈与意図に基づくもので、貸付などではないことを裏付けている。北浦町小学校の入学枠について、高橋弁護士は直伸が私の署名を偽造した同意書のコピーと、私の身分情報を偽って手続きを行った記録を提出した。証人席に立った麻由香は、今にも崩れ落ちんばかりに涙を流し、元夫に捨てられ途方に暮れていた自分を、直伸が同情と昔の縁から助けてくれただけだと訴え、その金が私の婚前財産だとは知らなかったと強く主張した。しかし、高橋弁護士が「春日直伸氏に妻と子がいることはご存知でしたね?では、そのご家族からこれほどの大金が失われることの重大さ、つまり、これが彼らの生活を根本から脅かす可能性について、あなたはどうお考えでしたか?」と問い詰めると、彼女は突然言葉に詰まり、何も答えられなくなった。最終陳述で直伸は、再び涙を流して私と佑助に謝罪し、家庭を取り戻す機会を懇願し、可能な限りの補償をする意向を表明した。裁判官は無表情でそれを聞き、結審を宣言し、判決期日を改めて指定した。法廷を出ると、直伸が追いかけてきた。「洋恵、俺、本当に間違ってた。昔のことを……俺が君にちゃんとしていた頃のことを思い出してよ、訴えを取り下げてくれ!示談にしよう?金は分割で返すから。家の名義も、すぐには無理でも、入学枠のこと、俺が必ず他の方法で何とかするから……」「昔、ちゃんとしてくれた?」私は足を止め、彼を見た。「直伸、今こうして当然のように私を傷つけるために、昔ちゃんとしてくれたわけなの!?示談は受け入れない!裁判所が認めた分を、あなたが返せばいい。佑助の学校のことは、もう心配しなくていい。別の良い私立小学校に連絡を取った。高い
「手続き上の不備はなくとも、その根拠は不法です!」息子が今年、この学校に上がれるかどうかがかかっているため、私は一歩も引かなかった。「あの金は私の婚前個人財産です。直伸の行為は窃盗と詐欺に当たります」そう言いながら、裁判所発行の書類を校長の前に並べた。「これは裁判所の『受理通知書』と『保全命令決定書』のコピーです。これで、この問題が現在法的に処理されていることはお分かりいただけると思います。ですから、白水太地くんの入学資格審査を一時保留し、裁判の判決が下るまでお待ちいただきたいのです。私の息子・佑助は入学条件を完全に満たしています。父親の違法行為によって教育の機会を奪われるべきではありません!」校長は書類を受け取り、じっくりと目を通した。最後に深いため息をついて言った。「……そうですね。こちらで関係者と協議し、教育委員会にも報告する必要があります。結果が出次第、できるだけ早くご連絡いたします」……私の提訴と学校への働きかけが、ついに直伸と麻由香を慌てさせた。麻由香が初めて自ら電話をかけてきたが、その口調に謝罪の色は微塵もなく、むしろ非難に満ちている。「洋恵っ!!!そこまでする必要なんてないじゃない!子供は悪くないのに!太地の入学をつぶしちゃって、あなたに何のメリットがあるの?そんなに冷たい人間なの――!?」私は冷たく遮った。「麻由香、そもそもその席はあなたの息子のものじゃなかったのよ。あなたの貪欲と欺瞞、そして直伸のずうずうしさが、一時的に奪い取らせただけ……!直伸から金も家ももらいやがって、自分の息子をうちの息子の学校にねじ込んだ時、私と佑助がどうなるかなんて、少しも考えてなかっただろ!一体どっちが冷たいのよ?!」「それは直伸が自ら進んでしてくれたことよ!私に借りがあるって言ったの!」麻由香は金切り声を上げた。「彼があなたに借りがあるって?だったら、なぜ私の財布から払わなきゃいけないの?なぜあんたたちの都合で、うちの子の人生を台無しにされなきゃいけないの!?どういう理屈なのよ!?」私は一息ついて、言い放った。「もう話すことはない。何かあるなら、私の弁護士に連絡を!」……直伸は、長文のLINEや電話を執拗に繰り返し始めた。その内容は、最初の哀願と謝罪から、次第に愚痴と脅しへと
三人は家具を選びながら、しあわせそうに笑いあっている。日付は半年前――私の誕生日。あの日、直伸は母の容態が急変したから病院に泊まると言っていた……私は震える手でスマホを握り、すべての証拠を撮影し、クラウドに保存した。さらに、傍らのプリンターでそれらの証拠を、即座に印刷した。ちょうど終えたばかりの時、玄関で鍵の回る音がした。直伸が帰ってきた。目は充血し、昨日と同じ服を着ている。私を見て、彼は一瞬たじろいだ。そして、疲れ切った、やるせない表情を浮かべた。「洋恵……少しは落ち着いたか?ちゃんと話そう」私は印刷した証拠の数々を、彼の顔に向かって叩きつけた。「何を話すつもり?私の両親が必死にため込んだ金で、あの女たちの家まで買ってやった話か?それとも、私の息子の未来を盗んで、他人の子供にこびを売った話か?」散乱する書類を見て、直伸の顔は土気色になった。口を開いたが、声は出てこない。「直伸。い、ま、す、ぐ!家の名義を戻して、佑助の入学資格を返しなさいっ!!しないと……次に会うのは法廷でだからね」直伸は突然、どすんと膝を突き、私の足にしがみついた。「洋恵っ!俺が悪かったぁああ――!本当に反省してる!もう一度だけチャンスをくれ!君と佑助がいなきゃ駄目なんだ――!」彼は涙も鼻水もあふれながら、後悔の言葉をまくし立てた。あの母子があまりにも哀れで……つい同情してしまった。ほんの一瞬の過ちだった。本当に愛しているのは、私と佑助だけだ――と。もし昨日、彼がこんな言葉を並べていたら、私はまだ心が揺らいでいたかもしれない。だが今、この完璧なまでの泣きの演技を見せつけられて、込み上げてきたのは、あきれ果てたような、笑いだけだ。「チャンス?」私はうつむいて彼を見下ろし、冷たく言い放った。「じゃあ、誰が私と佑助にチャンスをくれるのよ?直伸、あなたの後悔は、法廷で裁判官に話しなさい」そういうと、彼を押しのけ、自分と佑助の必要最小限の荷物をまとめ始めた。直伸は慌てて立ち上がり、私を引き留めようとした。「洋恵、どこへ行くんだ!ここは俺たちの家だろ!」「家?」思わずこの「家」を見回した。あの頃、私たちが一緒に貯金して頭金を払い、一緒にローンを返してきた家。かつてここは将来への希望で満ちていた。だが今、
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