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6.棘と虚飾の茶会

Penulis: 杵島 灯
last update Terakhir Diperbarui: 2025-09-06 17:35:09

 結婚式が終わってグリージアの王太子の妃となったマリッサには、さっそく多数の人物と歓談の予定が入っている。

 国内でも遠方に住居を構える貴族や有力者は結婚式に参列しているが、一度自分の領地に帰ると次に王宮へ来るのは年単位で先になることも珍しくはないからだ。

 今日のマリッサにとって重要な予定は茶会だった。ハロルドの母である王妃が主催するこの場で、幾人かの高位の女性と交流を深めることになっている。

 侍女と共に会場へ向かうと、真っ先に声をかけてきたのはやはり王妃だった。

「昨夜はよく休めましたか?」

 マリッサは微笑みを返し、深く一礼する。

「はい、おかげさまで。心安らぐお部屋をいただけたおかげで、まるで昔からの自室だったかのように眠ることができました」

「それは何より。――ハロルドも、きちんと務めを果たせたと思いますけれど?」

 穏やかな声音にマリッサの胸がかすかに揺れる。

 どう答えてよいか迷い、結局は口を閉ざしたまま深々と頭を下げるしかなかった。

 茶会の会場は王宮の南庭に面した広間だった。じきに寒くなる季節を迎えるのだが、ここは大きな窓から差し込む日差しのおかげでとても暖かい。

 こちらへ、と呼ばれ、マリッサは王妃の左手に座った。

 正面に並ぶのは、長年宮廷に出入りする侯爵夫人や伯爵夫人たち。彼女たちは笑みを浮かべているが、視線はまるで値踏みをするかのようだ。

「わたくし、王太子殿下のお妃様がどのような振る舞いをなさるのか、ぜひ拝見させていただきたく思ってますの」

「異国の輝きがこの宮廷でどのように映えるか、とても楽しみですことね」

「とても美しくていらっしゃるわ。まるで絵から抜け出たよう。絵は長く飾っていたら色あせてしまうけれど、実際には……あら、どうかしら」

 互いに扇を揺らしながら交わす声音は一見和やかだが、奥にはちくりと棘も潜む。

 マリッサは微笑を崩さずに受け流す。王妃の前で余計な反論をするわけにはいかないものの、延々と続く嫌味にはさすがにうんざりする。仕方なく何か別の話題を提案しようかと考えた、ちょうどそのときだった。

 ワゴンの上でお茶を淹れていた若い侍女が手を滑らせ、銀のポットを取り落とした。

 高い音が響いて陶器のカップが砕け散り、台の上に紅茶の染みが広がっていく。侍女が「あっ」と短い悲鳴を上げた。

「まあ、なんということ!」

「王妃様の御前で粗相をするなんて!」

 貴婦人たちの声が一斉に降り注ぐ。それは叱責というより、獲物を見つけた鳥たちが一斉に群がるような冷たさだった。

 うなだれた侍女は青い顔をして「申し訳ありません」と言いながら手を隠そうとする。だが、赤い筋が腕を伝うのがマリッサにも見えてしまった。湯がかかっただけでなく、飛んだ破片が手を傷つけたようだ。

「きゃあ!」

「なんていう不浄な!」

 叱責が悲鳴に代わる中、マリッサは思わず席を立った。

「あなた、大丈夫? すぐに薬が必要だわ。誰か――」

 言いかけたが、動くものはいない。

 この場にいるほかの侍女たちは「あの子をかばって叱責されてはたまらない」とばかりに目をそらす。割れた茶器にも手を出さないのも、怪我の治療など後回しにして自分で片付けろと言わんばかりだ。

 もちろん、椅子に座った貴婦人たちが何かしようとする素振りはない。

「では、王妃様。しばし退席をお許しいただけますか。私が医師の元へ連れて行きます」

 マリッサの言葉に場の人々は一瞬きょとんとし、次にはざわめきを交わす。

 王妃も僅かに目を見開いたが、何も言わずに小さくうなずいた。

 それを見てマリッサは振り返り、故国から連れてきた侍女の一人ジュリアの名を呼ぶ。

「この場の片づけを頼める?」

「もちろんです、殿下」

「お願いね」

 マリッサが怪我をした侍女を連れて広間をあとにすると、貴婦人たちはまた扇で顔を隠し、笑みをかわす。

「まるでお芝居のようでしたわね」

「きっと“慈悲深い王太子妃”を演じたかったのでしょう」

「まあ、ぴったりの役ですわ」

 さざめきを聞くジュリアは静かに盆を持ち上げ、割れた器のカケラを集めながら強く思う。

(芝居なんかじゃないわ。殿下の行動は、心からのものよ!)

 ジュリアも、他の侍女たちも、シーブルームでマリッサの人柄に触れて心から「仕えたい」と思った。だからこそ、故国を離れ、この遠いグリージアまで来たのだ。

(そんなことも知らないくせに、勝手なことを言うんじゃないわ!)

 割れた茶器を運び出しながらジュリアはひそかに部屋を睨みつけ、心の中で思い切り舌を出した。

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  • 海の瞳を持つ花嫁の、契約結婚から始まる恋   52.思考は抜け出せない

    「王太子殿下、どうなされたのですか」 執事に声を掛けられて顔を上げると、書類の山が崩れ、中には床で散らばっているものもある。 今までこのように積み上げたことはもちろん、床に落としたことだってないから、執事が戸惑うのも無理はない。「あ、ああ、すまない」 言いながら書類を拾おうとしたハロルドを制し、執事は床に膝をついて紙を拾い上げた。「御気分でも悪くていらっしゃいますか? お休みになられてはいかがでしょう」「いや、いい」「ですが……」「もう少し進めてしまいたいんだ」「……そうですか」 気づかわしげに言って、執事は手の中の書類をハロルドに渡す。「あまりご無理をなさらないでくださいまし」 そう言って頭を下げ、執事は部屋を出て行った。 再び静まり返る部屋の中でハロルドは書類を取るが、いくらも経たずにまた机の上に戻し、両手で顔を覆った。 今日は――いや、昨日からずっと、頭の中にマリッサの声が響いて離れないのだ。『あなたの望み通り、離縁します』 もちろんこれは自分が望んだこと、自分が言い出したことだ。 離縁しよう、との言葉に彼女は同意してくれたのだから、喜ぶべきではないだろうか。 それなのにこうして無為に時間を過ごしているのはどういうことだろう。 いくら書類の文字を追っても、まったく頭の中に入ってこなかったのはなぜだろう。「私は……」 ハロルドはクレアが好きだった。 七歳で初めてクレアを見たときの気持ちは今でも覚えている。 十五歳になって『夜の教育』の話を聞かされ、相手役として彼女の名を告げたときの思いも。 そして夜闇の中、淡い明かりに照らされた彼女が薄衣一枚で現れたとき、自分を突き動かしたあの衝動だって。 それなのにいつからか、ハロルドが考えるのはマリッサのことばかりだ。 彼女の顔を間近で見られなかった。あの青い瞳がクレアの瞳と重なって、自分の罪を否応なしに思い出す。愚かだった自分の行動を思い出してしまう。(本当にそうなのだろうか) 確かにマリッサを見るのは怖かった。 だけど一番怖かったのは、彼女に惹かれたとき、自分の執着心で彼女を壊してしまうことではなかったか。 ハロルドは愚かだ。 あの優しいマリッサだって、クレアのようにしてしまうかもしれない。 こんな自分に誰かを望むことなど許されるはずがない――。 そこま

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