結婚式が終わってグリージアの王太子の妃となったマリッサには、さっそく多数の人物と歓談の予定が入っている。
国内でも遠方に住居を構える貴族や有力者は結婚式に参列しているが、一度自分の領地に帰ると次に王宮へ来るのは年単位で先になることも珍しくはないからだ。今日のマリッサにとって重要な予定は茶会だった。ハロルドの母である王妃が主催するこの場で、幾人かの高位の女性と交流を深めることになっている。
侍女と共に会場へ向かうと、真っ先に声をかけてきたのはやはり王妃だった。「昨夜はよく休めましたか?」
マリッサは微笑みを返し、深く一礼する。
「はい、おかげさまで。心安らぐお部屋をいただけたおかげで、まるで昔からの自室だったかのように眠ることができました」
「それは何より。――ハロルドも、きちんと務めを果たせたと思いますけれど?」穏やかな声音にマリッサの胸がかすかに揺れる。
どう答えてよいか迷い、結局は口を閉ざしたまま深々と頭を下げるしかなかった。茶会の会場は王宮の南庭に面した広間だった。じきに寒くなる季節を迎えるのだが、ここは大きな窓から差し込む日差しのおかげでとても暖かい。
こちらへ、と呼ばれ、マリッサは王妃の左手に座った。
正面に並ぶのは、長年宮廷に出入りする侯爵夫人や伯爵夫人たち。彼女たちは笑みを浮かべているが、視線はまるで値踏みをするかのようだ。「わたくし、王太子殿下のお妃様がどのような振る舞いをなさるのか、ぜひ拝見させていただきたく思ってますの」
「異国の輝きがこの宮廷でどのように映えるか、とても楽しみですことね」 「とても美しくていらっしゃるわ。まるで絵から抜け出たよう。絵は長く飾っていたら色あせてしまうけれど、実際には……あら、どうかしら」互いに扇を揺らしながら交わす声音は一見和やかだが、奥にはちくりと棘も潜む。
マリッサは微笑を崩さずに受け流す。王妃の前で余計な反論をするわけにはいかないものの、延々と続く嫌味にはさすがにうんざりする。仕方なく何か別の話題を提案しようかと考えた、ちょうどそのときだった。ワゴンの上でお茶を淹れていた若い侍女が手を滑らせ、銀のポットを取り落とした。
高い音が響いて陶器のカップが砕け散り、台の上に紅茶の染みが広がっていく。侍女が「あっ」と短い悲鳴を上げた。「まあ、なんということ!」
「王妃様の御前で粗相をするなんて!」貴婦人たちの声が一斉に降り注ぐ。それは叱責というより、獲物を見つけた鳥たちが一斉に群がるような冷たさだった。
うなだれた侍女は青い顔をして「申し訳ありません」と言いながら手を隠そうとする。だが、赤い筋が腕を伝うのがマリッサにも見えてしまった。湯がかかっただけでなく、飛んだ破片が手を傷つけたようだ。「きゃあ!」
「なんていう不浄な!」叱責が悲鳴に代わる中、マリッサは思わず席を立った。
「あなた、大丈夫? すぐに薬が必要だわ。誰か――」
言いかけたが、動くものはいない。
この場にいるほかの侍女たちは「あの子をかばって叱責されてはたまらない」とばかりに目をそらす。割れた茶器にも手を出さないのも、怪我の治療など後回しにして自分で片付けろと言わんばかりだ。 もちろん、椅子に座った貴婦人たちが何かしようとする素振りはない。「では、王妃様。しばし退席をお許しいただけますか。私が医師の元へ連れて行きます」
マリッサの言葉に場の人々は一瞬きょとんとし、次にはざわめきを交わす。
王妃も僅かに目を見開いたが、何も言わずに小さくうなずいた。 それを見てマリッサは振り返り、故国から連れてきた侍女の一人ジュリアの名を呼ぶ。「この場の片づけを頼める?」
「もちろんです、殿下」 「お願いね」マリッサが怪我をした侍女を連れて広間をあとにすると、貴婦人たちはまた扇で顔を隠し、笑みをかわす。
「まるでお芝居のようでしたわね」
「きっと“慈悲深い王太子妃”を演じたかったのでしょう」 「まあ、ぴったりの役ですわ」さざめきを聞くジュリアは静かに盆を持ち上げ、割れた器のカケラを集めながら強く思う。
(芝居なんかじゃないわ。殿下の行動は、心からのものよ!)
ジュリアも、他の侍女たちも、シーブルームでマリッサの人柄に触れて心から「仕えたい」と思った。だからこそ、故国を離れ、この遠いグリージアまで来たのだ。
(そんなことも知らないくせに、勝手なことを言うんじゃないわ!)
割れた茶器を運び出しながらジュリアはひそかに部屋を睨みつけ、心の中で思い切り舌を出した。
昨夜、マリッサはハロルドに「好きな人がいるの?」と直接的で失礼な質問を投げてしまった。 そのせいで今宵、ハロルドは来ないだろうと思っていた。 しかし事情を知らない侍女たちは、今日もマリッサの身支度を整えるのに余念がない。「今日の夜着はどちらがお好みですか?」 「お部屋の香りは優しいものにしますね」 「お飲み物はどういたしましょう。お酒をご用意しますか? それともお茶にいたします?」 侍女たちはどこかそわそわとしながらマリッサや寝室の準備をしている。 その姿を見ながらマリッサは何度も言ってしまいそうになった。「ハロルドには他に好きな人がいるのよ。私を見てくれることはないし、今日の寝室にだって来ないわ」 と。 しかし黙ったまま侍女たちの心遣いを受け入れてしまったのは、熱心な侍女たちを落胆させたくなかったからだった。 静かになった寝室でひとりきり、ため息をつきながら過ごす夜は長い。しかも侍女たちの努力がすべて無駄になることが分かっているから余計だ。(せめてお酒の杯は二つとも使って、ハロルドが来た演出だけはしておこうかしら) そんなことを思いながら瓶に手を伸ばしたとき、昨日と同じ時刻に小さく扉が叩かれて、マリッサの胸は跳ね上がる。――まさか。「どうぞ」 声が震えたのを自覚しつつ、扉の向こうに声を掛ける。 現れたのは王太子ハロルドだった。彼の服はどう見ても夜のための衣装ではなく、明らかに昼間の服装のまま。 今日、マリッサは何度も自分に言い聞かせた。「彼には好きな人がいる。自分を見てくれることなどない」と。 けれど心の片隅では「もしかしたら少しくらい、仲良くしてくれるかも」と期待をしていたようだ。 彼の服装を見て落胆してしまう、マリッサはそんな自分が少し腹立たしかった。(来てくれるだけでも、ありがたいのに) だが、ハロルドはそんなマリッサの気持ちになど気付いていないだろう。 彼は今日も足元に視線を落としており、マリッサを見ないのだから。「……休んでいたか?」 「いいえ」 少し悩んで付け加える。「あなたを待っていたの」 一瞬、ハロルドの瞳が揺れたように見えた。だが次の瞬間に彼は元通り冷静な表情を浮かべ、窓辺に歩み寄った。 重いカーテンを開くと、星の光がか細く彼の横顔を照らした。 今の彼は彼は星を見ている
ジュリアは知っている。 シーブルームにいたころからマリッサは、困った人を見捨てておけない性質だった。 場の状況を見て可能な限り手を差しだすのはもちろん、困難の原因が「制度や状況が整っていないせいだ」と見るや、書類を揃えて父王へ諸々の改変を申し出ることもあった。 これを周囲の人たちは、「王女殿下は他国の助けとなる『海の瞳』をお持ちですものね」「国内におられても、誰かの助け手となるのを望まれる運命なのでしょう」 と頷くのが常だった。 もっともマリッサ自身は何か特別なことをしている自覚はないようだ。自分のできる範囲のことをおこなっているだけだと思っているに違いない。 今回、侍女が怪我をした件についても同様だ。 もしここがシーブルームの王宮なら、マリッサが医師のもとへ連れて行ったところで誰も陰口などたたかない。 いや、むしろ、マリッサは侍女の心配をするだけでとどめた可能性すらある。シーブルームであれば必ず、誰かが付き添って医師の元へ連れて行ったからだ。(でも、グリージアでは違う) マリッサが中座したあとに交わされる貴婦人たちの会話を聞きながら、ジュリアはそっと眉をしかめた。 その凝った空気は、席に戻ってきたマリッサにも伝わったようだ。 貴婦人たちは誰もが笑顔でマリッサを迎えた。しかしその言葉の奥にはやはり棘があったのだ。「さすがは王太子妃殿下ですわ。あのような小事にもお心を砕かれるなんて」「ええ、本当に。けれどあの侍女にとっては過分なお慈悲でしょうね。怪我など、下働きの者には付き物ですもの」「わたくしには到底、王太子妃殿下のように行動はできませんわ。血を見るなんて……おお、今思い返しても怖いこと」「もし間近で怪我なんて目にしたのなら、わたくし、きっと動けなくなってしまいますわ。きっとシーブルームの王宮では、怪我をする場面なんて珍しくないのでしょうね」 顔をしかめたくなるような言葉の数々だが、マリッサはにこやかに応じる。「場を乱すのは、お茶会を主催なさる王妃様にとって、お困りのことだと思いましたから」 ただ、当の王妃は黙したままカップに口をつけるばかり。 もちろんマリッサにも分かっている。 この場で明らかにマリッサをかばえば王妃は貴婦人たちを敵に回す。いくら王妃であろうとも、有力者の奥方をないがしろにするのは難しい。だから何も
結婚式が終わってグリージアの王太子の妃となったマリッサには、さっそく多数の人物と歓談の予定が入っている。 国内でも遠方に住居を構える貴族や有力者は結婚式に参列しているが、一度自分の領地に帰ると次に王宮へ来るのは年単位で先になることも珍しくはないからだ。 今日のマリッサにとって重要な予定は茶会だった。ハロルドの母である王妃が主催するこの場で、幾人かの高位の女性と交流を深めることになっている。 侍女と共に会場へ向かうと、真っ先に声をかけてきたのはやはり王妃だった。「昨夜はよく休めましたか?」 マリッサは微笑みを返し、深く一礼する。「はい、おかげさまで。心安らぐお部屋をいただけたおかげで、まるで昔からの自室だったかのように眠ることができました」「それは何より。――ハロルドも、きちんと務めを果たせたと思いますけれど?」 穏やかな声音にマリッサの胸がかすかに揺れる。 どう答えてよいか迷い、結局は口を閉ざしたまま深々と頭を下げるしかなかった。 茶会の会場は王宮の南庭に面した広間だった。じきに寒くなる季節を迎えるのだが、ここは大きな窓から差し込む日差しのおかげでとても暖かい。 こちらへ、と呼ばれ、マリッサは王妃の左手に座った。 正面に並ぶのは、長年宮廷に出入りする侯爵夫人や伯爵夫人たち。彼女たちは笑みを浮かべているが、視線はまるで値踏みをするかのようだ。「わたくし、王太子殿下のお妃様がどのような振る舞いをなさるのか、ぜひ拝見させていただきたく思ってますの」「異国の輝きがこの宮廷でどのように映えるか、とても楽しみですことね」「とても美しくていらっしゃるわ。まるで絵から抜け出たよう。絵は長く飾っていたら色あせてしまうけれど、実際には……あら、どうかしら」 互いに扇を揺らしながら交わす声音は一見和やかだが、奥にはちくりと棘も潜む。 マリッサは微笑を崩さずに受け流す。王妃の前で余計な反論をするわけにはいかないものの、延々と続く嫌味にはさすがにうんざりする。仕方なく何か別の話題を提案しようかと考えた、ちょうどそのときだった。 ワゴンの上でお茶を淹れていた若い侍女が手を滑らせ、銀のポットを取り落とした。 高い音が響いて陶器のカップが砕け散り、台の上に紅茶の染みが広がっていく。侍女が「あっ」と短い悲鳴を上げた。「まあ、なんということ!」「王妃様の御
婚礼の儀式は粛々と終わった。 次にマリッサとハロルドが向かったのは王宮の広間だ。 ここで始まる宴で二人は、改めて人々の祝福を受けることになっていた。 天井で輝く壮麗なシャンデリア、色とりどりの衣をまとった貴族たち、響き渡る楽団の音色。 華やかさに包まれる空間の中で、ハロルドの表情は終始変わらなかった。 微笑むことも、優しく声を掛けてくれることもなく、ただ形式通りに振る舞うばかり。隣に立つマリッサは笑顔を絶やさないよう努めながらも、胸の奥が少しずつ不安で染められていくのを止められなかった。(どうして……? 式でも宴でも駄目なら、いつハロルドは笑顔を見せてくれるの……?) 宴が進むにつれ、彼女の心は重さを増していく。 けれど、心のどこかで「夜になれば、二人きりになれば」と希望を結びつけていた。 やがて祝宴も終わり、侍女たちに導かれてマリッサは浴室へと向かう。 隅々まで磨かれ、香油で髪を梳かれ、行く先は寝室だ。 寝台の布は滑らかで、綿も弾力があってふかふか。 絨毯も、カーテンも、新しい生活の始まりにふさわしく、すべてが真新しい。 こくりと唾を飲んだのに気づいたのか、侍女がそっと囁く。「妃殿下、どうぞご安心を。殿下はきっと、優しくしてくださいます」 侍女はきっと、マリッサが今後の行為に不安で緊張していると考えたのだろう。「ありがとう」と返し、マリッサはなんとか微笑んでみせる。(ええ、そうね。ハロルドはきっと……私を見てくれるはず……) 期待と不安を胸いっぱいに抱えて待っていると、小さな音を立てて扉が開いた。 姿を現したのはハロルドだ。彼の顔に浮かんでいるのは昼間と同じ形式的な表情で、花嫁に向ける優しい笑顔はいつまで待っても見られない。 しかもハロルドは昼と同じ服装で、夜のための服は着ていない。戸惑うマリッサに、下を向くハロルドは静かに言う。「すまないが、夜を共にするわけにはいかない」「……え?」 どういうことなのだろう。自分たちは夫婦になったのに、なぜ。 疑問だけが頭を巡る。ハロルドはマリッサを見ないままで続ける。「遠国から来たばかりなのにこのようなことを言うのは申し訳なく思っている。だが……私は……」 その苦渋に満ちた表情で、マリッサはなんとなく察してしまった。「……もしかしてあなたには、好きな人がいるの……?」
希望に胸を膨らませながらグリージアの言葉や歴史などを学び続けた日々にも終わりが来た。 結婚式の日が近づいて、いよいよマリッサは旅立つのだ。 両親が用意してくれた数多くの贈り物と共に、ハロルドに会える喜びを携えて。 乗り込んだ船の帆は風をはらみ、滑るように海を走る。 振りかえると、まだ丘に白く輝く王宮が見えている。 父や母や兄たちはバルコニーでこの船を見送っているだろうか。遠くへ嫁ぐマリッサのことを案じているだろうか。(でも、心配しないで) 寂しさが胸にないわけではない。けれど、ようやくハロルドに会える。そう思うだけで、マリッサの心は静かな幸福で満ちていくのだった。 海を渡り、陸で馬車に乗り換え、さらに長い長い道のりを進む。 グリージアに入ると各地で人々が街道沿いに押し寄せた そして誰もが口々に言う。「今までたくさんの国から多くの貴族たちが来たけれど、あんなに美しくて壮麗な一団は見たことが無い」 と。 王都の王城でも感嘆は同じだった。 大きな車輪を備えた白い馬車は黄金の飾りに彩られ、内には上質の布で仕立てた緋のカーテン。無垢の花嫁にふさわしい、まことに見事な拵えだ。 周囲を固めるシーブルームの騎士たちは一糸乱れず進み、蜜色の肌の侍女たちは優雅に歩をそろえて、花びらを舞わせていた。 そして、王女が現れた。 もし彼女の容貌がさほどでもなかったのなら、グリージアの人々も肩の力を抜けただろう。だが現れた王女は、息を呑むほどの美貌だった。 蜜を溶かしたように温かな肌は、月光を編んだかのような銀の髪をいっそう引き立てる。銀のきらめきを宿した青の瞳は、澄んだ宝石のよう。 神話から抜け出た精霊めいた姿に、人々はただ見惚れた。美貌で名高いグリージア人でさえ霞んで見えるほどに、シーブルームの王女マリッサはまばゆかった。 場は水を打ったように静まり返る。青いドレスの裾を引き、マリッサが地に降り立つ。 次の瞬間、シーブルームの騎士が高らかにラッパを鳴らした。 その音でようやくグリージアの人々は我に返る。世界に名だたる楽隊が歓迎の曲を奏で始めたのは、王女がすでに絨毯を歩み出してから。――ずいぶん遅れてのことだったが、マリッサは少しも気に留めなかった。 出迎えの人々の中心に、ハロルドが立っていたから。マリッサの瞳にはただ、ハロルドしか映っていなか
もちろんマリッサは、遠いグリージアの嘲りなど露ほども知らない。 彼女の胸を占めていたのは、ただひたすら王太子ハロルドへの思いだけだった。 空と海とが溶け合う場所。広がる青に抱かれた国・シーブルーム。その王女として生まれたマリッサは、幼いころから父に言われ続けてきた。「いいかい、マリッサ。お前は『海の瞳』を持つ者、海に選ばれし者だ。いずれこの国を離れることになる」 蜜を溶かしたように温かな肌、月光を織り込んだ銀の髪。 そして澄んだ青い瞳には、銀の輝きが瞬いている。これはシーブルームで稀に見られる『海の瞳』と呼ばれるもので、「他国に恵みをもたらすしるし」とされてきた。 ゆえに『海の瞳』の持ち主は国を出て、遠い地で新たな縁を結ぶのが習わし。もちろん王女マリッサも例外ではない。「嫁いだ先こそ真の故郷とし、新たな自国の幸せを願いなさい」 父王の言葉どおり、十五歳になった年にマリッサの縁談が定まった。 海を越えた大陸の奥、山間の小国グリージア。そこがマリッサの新たな故郷となる場所であり、伴侶はグリージアの王太子だと告げられたのだ。「ご覧、マリッサ。この方がお前の夫となる方、グリージアの王太子ハロルド殿下だ」 差し出された絵は、見事な彫刻の施された額に収められていた。中から見つめてくるのは、長いマントを引き、上品なえんじ色の上下をまとい、腰には剣を佩いた凛々しい少年――だろうとマリッサは想像したのだが、こちらを見つめる彼は驚くほど愛らしく、どこか少女の面影さえ帯びていた。「まあ! とっても可愛い子ね!」 思わずそう声を上げてしまい、父や母からと苦笑されたのを覚えている。 以降は二国間で手紙や、贈り物や、絵のやり取りが繰り返された。 愛らしい少女のようだったハロルドは年を追うごとに体つきがしっかりとして、立派な青年へと変わっていく。 いつしかマリッサは「ハロルドの姿絵が届いた」と連絡が来るたびにまず、鏡を覗くようになった。「ねえ、髪は乱れていないかしら? このドレスはおかしくない? 口紅はもう少し薄い色のほうがいいと思う?」 そんなマリッサを見て兄たちは「届いた絵を見るだけなのに、変な妹だ」と笑った。 彼らをいさめてくれるのは母だった。 母はきっと気付いていた。マリッサがハロルドに恋してることに。例え絵であろうとも、ハロルドの前に立つとき