寝室の窓には夕闇がすっかり降りている。 それは試練の合図のように思える。今日は特に。 カーテンをそっと開き、向こうに星々を眺めながらマリッサはきゅっと唇を噛む。 時間がもう少し進めば夜空の星々が冴え冴えとした輝きを増す。 その頃に、この扉は密やかに叩かれるだろう。 現れるのはグリージア王国の王太子、マリッサの夫、ハロルド。 彼がこの寝室に来るときはたいてい、昼間と変わらぬ服装だった。 夜着姿でないのは、彼が最初からマリッサと「夜を共にしない」と決めていたからだ。 それでもマリッサは「もしかしたら」という気持ちが捨てきれなかった。 考えてみれば滑稽な話だ。 マリッサはグリージアに嫁いできてすぐ、ハロルドと一つの契約を交わしたのに。 それはこの結婚を続けるのは、あくまで国と国のつながりを考えるためだけのものだということ。 王太子ハロルドには好きな人がいた。 だから彼はマリッサに指一本触れることなく、「君に好きな人が出来たのなら、心のままに動くといい、離縁を申し出ても構わない」とまで言ったのだ。 その通りにして半年以上が過ぎた。 だが、もう無理だった。 どこまで行ってもマリッサはこの国にとって、もちろんハロルドにとっても、「あの女性の影」でしかなかった。それを思い知ってしまったから。 だから今宵はいつもの習慣をやめた。 浴室で身を清めはしたが、いつもと違って香油は使わなかった。 夜着を整えることもせず、今も身につけているのは昼と同じドレス。 それはまるで、ハロルドが毎夜現れる時の姿をそのままなぞるかのようだった。「あなたが昼の姿のままなら、わたしも昼の姿のままでいい」 冷ややかに輝く星を見ながらマリッサはそう呟く。 やがて、約束の時刻が訪れる。 静寂を破る密やかなノックが響き、小さな音がして扉が開かれる。 姿を見せたのは予想通りの人物、ハロルド。その顔は、依然として彼女の方へ向けられぬままではある。 ただ、下げられた視線は、はっきりとドレスの裾をとらえているのだろう。 わずかに間を置いて、低い声が響いた。「……マリッサ? どうかしたのか? その姿は……?」 いつもの無表情はかすかに揺らぎ、戸惑いの色を帯びていた。 声にも狼狽がにじんでいる。 マリッサは静かに顔を上げた。 銀の髪が揺れ、青い瞳が炎に照らされ
Terakhir Diperbarui : 2025-09-01 Baca selengkapnya