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第5話

Author: チョウドイイ
さっきまで、雅紀はまるで正義そのものを掲げるかのように毅然としていた。

だが次の瞬間、七海に酷似したその顔を前に、彼の最後の理性はあっけなく崩れ落ちた。

私たちの家で、私たちの寝室と壁一枚隔てた場所から、ふたりが愛し合う気配が断続的に伝わってくる。その音は私の耳元でいやでも膨れ上がり、逃げ場などどこにもなかった。

胃が裏返るような激しい嫌悪感に襲われ、私はあわててトイレに駆け込んだ。生理的な不快と、心の底から湧き上がる嘔気が混じり合い、私は便器にしがみついたまま、目が真っ赤になるほど嘔吐を繰り返した。

立ち上がろうとしたときには足元がおぼつかず、クリームの容器を床に落として中身をぶちまけてしまった。

その音が、ちょうど彼らの逢瀬を断ち切った。

猫のように甘えた声がふっと止まり、息を弾ませた声が「今の音、何?」と問いかける。

雅紀は、何か重大なことを思い出したかのように緊張した気配を帯びた。「稔ちゃん?」

遠ざかっていた足音が、たちまちこちらへ向かって駆け戻ってくる。

「稔ちゃん?」

彼は靴も履かずに走り込んできた。床に散ったガラス片を見た途端、ひどく狼狽しながら私を抱き上げる。

「どうしてこんなに不注意なんだ?怪我は……怪我はないか?」

私が答えないのを見ると、雅紀は必死な様子で私の全身を確かめ、小さな擦り傷にさえ青ざめた。「どうしてこんな……血まで……」

私は胸の奥の痛みを必死に押し殺していたが、こらえきれず落ちた涙が彼の手の甲に落ちた。

雅紀は、火に触れたかのように私を見つめ、「稔ちゃん、泣かないでくれ!すぐに救急箱を持ってくるから」と、慌ただしく部屋を出ていった。

彼には分からないのだ。どんな特効薬でも、私の心の傷には一滴たりとも効かないということが。

雅紀がいなくなった途端、遥は頬の紅潮を残したまま、ゆっくりと笑みを浮かべて姿を現した。その紅い跡が、残酷なほど私の目を刺した。

遥は私の前でしゃがみ込み、まるで本妻である私に対して所有権を突きつけるかのように告げた。

「あなた、最初から私が誰か分かってたでしょう?なら理解できるはずよ。雅紀さんは元々、お姉ちゃんの夫だったの。もしお姉ちゃんが亡くなった時、私がもう少し大きかったら、横山家の女主人の座なんて、あなたに回ってくることはなかったわ。だから大人しくしていたほうがいい。もう彼の気を引こうなんて、思わないことね」

ずっと押し込めていた感情が、その言葉をきっかけに堰を切ったように溢れ、私は低く問い返した。

「どんな資格があって、私にそんなことを言うの?七海に似たその顔が……そんなに重要なの?」

言い終わるや否や、遥の表情には濃い怒気と不満が走り、その目は恨みの色に染まった。まるで私こそが、七海の幸せを奪った張本人であるかのように。

「それだけで十分よ!」

その言葉の意味を理解するより早く、遥は床に散ったガラス片を拾い上げ、ためらいなく自分の頬を切り裂いた。そして、悲鳴を上げる。

「やめて!私の顔、傷つけないで!お願い、傷つけないで!」

その声を聞いた雅紀は、息を呑むような勢いで駆け戻ってきて、蒼白になりながら遥のもとへ向かった。

遥は涙をこぼし、震える声で訴える。

「雅紀さん……どうしよう……私、顔が……台無しになっちゃう……?」

雅紀の瞳には痛ましいほどの動揺が浮かび、そして、彼は迷うことなく私を責めた。

「稔!いつからお前はこんなふうになった?どうしてこんなひどいことができるんだ!」
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