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Chapter1:03

Author: 仲原
last update publish date: 2026-10-12 08:23:52

「未だ準備が出来ていないのよね」

 花束を邪魔にならない場所へと移動させてから、彼女は再びキッチンへの奥へと引っ込んでしまう。

 彼女の作業が終わるまでは、完全に手持ち無沙汰の状態で。それならばと一度寝室へ向かい、部屋着に着替えて吐く一息。身体への締め付けが減ったお陰か、強張っていた身体から自然と力が抜け始めた。

 階下に降りると賑やかな彼女の悲鳴が響く。せっかちな相方はいつもこうやって、何かしらのハプニングを起こしてくれるのだが、今日は一体何をやらかしたのだろうか。それを思うと無意識に出る笑い。

「よし!」

 整えられた豪華な食卓は、二人分にしては量が随分と多いものだった。

「こんなに沢山は食べられないんじゃないか?」

 丁度メインの肉料理をテーブルの上に置いたところで彼女の傍に移動すると、軽く頬に口付けた後で背後から彼女を抱き締める。

「何を言ってるのよ」

 それを嫌がること無く自らの身体を素直に預けると、彼女は腕の中で楽しそうにクスクスと笑う。

「余ったら明日も食べれば良いだけじゃない」

「確かに」

 パーティーの残り物が翌日の朝食になることなんて、結構ある話だろう。今はこれ程の量だと感じて居ても、この先家族が増えてくると、もしかしたら全然足りないと感じるようになるのかも知れない。

「それじゃあ、始めましょうか」

 自らの記念日を祝うことの宣言を、彼女自身が告げるのも何だか妙な話ではあるが、彼女は全く気にしていない様子。促されるまま席に着くと、向かいの席に腰を下ろす前に彼女がすっと、白い手を差し伸べてきた。

「どうした?」

 ダンスでもしたいのか? だ、なんて。冗談交じりにそう尋ねれば、「違うわよ!」と彼女は頬を膨らませて見せる。

「ライター」

「え?」

「ライターを貸して」

 そう言って指を指した先にあるものは、雰囲気作りにセッティングされていたキャンドルだ。

「火を点けたいの」

「ああ」

 残念ながら、ダンスの誘いでは無かったことに態とらしく肩を落として見せるものの、彼女は全く気にしてない様子で。その事に不満を抱いてもそれを口に出すことはせず曖昧に誤魔化す。

 その代わり、探すのは貸して欲しいと言われた銀色のアイテムだ。喫煙の頻度は以前に比べて、随分と減ってはきているものの、やはり完全に辞める事は難しい。そのため、日々手入れを欠かすこと無く使い続けている愛用品をポケットから取り出そうと手を伸ばしたところで、しまったと舌打ちが零れた。

「ライター、ジャケットの中だ」

 そう言えば、服を着替えたんだったな。その事を忘れていたと一度席を立ち、ジャケットを放置している寝室へと急ぐ。

「早く戻ってきてよね!」

 背後からは呆れたような声。

「分かってるよ」

 彼女を待たせる訳にはいかないと駆け足で二階へと駆け上がり、目的の物を探し出す。直ぐに見つかったそれは表面に細かい傷が付いているシンプルなもので、出会った頃に彼女から貰った思い出の品だ。

「まだ、喫煙を辞められないこと、アイツはやっぱり怒る……よなぁ」

 コンプレゼントを貰った時に言われた小言。それを鮮明に思い出し浮かべる苦笑い。

『あなたのタバコを吸う姿は格好良いとは思うわよ。でも、あなたにはずっと元気で居て欲しい。だから、ね。時間が掛かっても良いから、いつかはそれを使わなくなる日が来ることを願っている』

「喫煙。辞めて欲しいなら、始めからライターなんてプレゼントしなければ良いのに」

 愛おしそうに表面に付いた傷を撫で、眉を下げて表情を崩す。使い捨ての安っぽい量産品ではなく、シンプルでも長く愛用できる物をと必死に考えて購入を決めてくれた彼女の優しさ。ただそれは将来的にこうなって欲しいという切なる願いが含まれていることも間違いない。

「でもまぁ、別の用途にも使えるからこれは、これで」

 彼女と共にキャンプに行く時や、こうやって蝋燭に火を灯すとき。突然の災害に襲われた時や、暗がりで物を探す時など。火を点け明かりを灯す事のできる小さなアイテムは、意外と汎用性が高く使い道は多岐にわたる。

「いつかは、完全に煙を楽しむことを辞めないとなぁ」

 煙草の火を点ける以外の目的に使用する機会が増えること。それを思いながらダイニングへ戻ると、退屈そうに携帯を弄る彼女が待ちくたびれた様子で顔を上げた。

「遅い!」

「悪い、悪い」

 小さな銀の金属を彼女の柔らかな手のひらに乗せると、直ぐにそれを使って蝋燭に火を灯し、灯りを消して作り出す雰囲気。

「フフッ」

 どうやら満足したらしい。先程まで不機嫌そうに膨らんでいた彼女の頬はすっかり萎み、今は幸せそうに目を細めて、揺れる炎を眺めている。

「ハッピーバースデー……トゥーユー……」

 その歌は、誰もが知っている有名なものだ。不思議と国や言語が変わっても、メロディと歌詞の内容が大きく変わることの無いこの歌は、この世界にその人が誕生したことを祝う特別なものだ。

「ハッピーバースデー、トゥーユー……」

 直ぐに終わってしまう短いお話の終わりには、心からの拍手を添えて。そうすると、彼女は恥ずかしそうに顔を逸らしながら、小さな声でこう答えてくれる。

「ありがとう、ジェイソン」

 とは言え、サプライズはこれで終わる訳では無い。

「愛しい奥様」

「なあに?」

 席を立ち、彼女の傍に立つと、ポケットから取り出した小さな箱を開けてすっと差し出す。

「これからもよろしく」

 本日のメインはこのネックレスを贈ることだ。今はこれが精一杯だが、派手な飾りを好まない彼女に、とても良く似合うと思うものを選んだ事だけは伝わって欲しい。

「これ……」

 もしかしたらという予感はあったのかも知れない。それでも、付き合いが長くなる分、過度な期待をするわけにはいかないと諦めていた部分もあったのだろう。まさかと言いたげに口元を覆うと、彼女の大きな目から大粒の涙が溢れ頬を濡らしていく。

「この先ずっと、俺の傍に居て欲しい」

 そう願いプレゼントを手渡せば、彼女は何度も大きく頷きながら「はい」と答えて無理に笑う。

「……ねぇ、ジェイソン」

 受け取ったプレゼントを嬉しそうに眺めながら彼女はこう続ける。

「これ、着けてくれない?」

 どうせなら、あなたの手で着けて欲しいの。そう頼まれると断れるはずが無い。

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