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6話 決意

Autor: 天咲琴乃
last update Última actualización: 2026-03-08 19:02:38

夜明けの気配はまだ遠い。

祠の前で、私は怜央の体を抱き起こした。脈はある。けれど目は閉じたまま、白い羽の粉だけが髪に降り積もっている。

「怜央くん……」

莉央が震える声で名を呼ぶ。真央は私たちの背に立ち、周囲へ視線を走らせた。山の気配が変わっている。静かすぎる。

鈴の音が、ひとつ。

風のない空間に、雪が生まれるようにふわりと漂った。祠の石段の上に、白い影が形をとる。

「――来てしまったのね」

旅館の女将。けれど今日は暖簾の姿ではない。氷の光をまとう“巫女”の装束に、長い白髪が揺れた。雪明かりのような瞳が、私たちを一人ずつ撫でていく。

「あなた…女将さん?」

「この村を見守る者。多くを救えず、ただ“残す”ことだけを選んだ者。人々は私を雪女と呼ぶ」

背筋が冷たくなる。女将は祠に手を添え、戸口の紙垂を鳴らした。

「恩返しは贈り物ではない。贖いの形だわ。与えられた愛を、間違えずに返すための“秤”。重さを違えれば、人は雪に埋もれる」

「両親は、どこ?」私は一歩、踏み出した。

女将のまつげが震える。「ここにいる。まだ、完全には失われていない」

その声に重なるように、白い狐の尾が雪面を掃いた。

赤い紐を襟に結んだ白装束の青年が、祠の影から現れる。肌は冬の月のように青白く、目元には笑みとも諦めともつかぬ影。

「やっと会えたね、澪」

「……誰?」

「稲荷の眷属。人の恋慕に火がつくと、時に里が燃える。俺は、その火の行方を見張る役目だ。君たちの父と母の“借り”も」

青年の指先が弾くと、雪が舞い、祠の奥で氷が割れる音がした。

薄氷の向こうに、人影が二つ。

「――お父さん?」

声が喉に突き刺さる。氷の幕越しに、父が笑った。若い頃のままの顔だ。

『澪、莉央。来るなといったのに、君たちはいつも強情だ』

音にならない唇の動きが、確かにそう告げた。

女将がそっと目を伏せる。「取材者はこの村の“裂け目”を見た。助けると言い、境界を越えた。愛は尊い。けれど規を破れば、雪が罰を与える」

「罰じゃない」

白狐の青年が首を振る。「秤だよ。――返す相手を間違えたのさ」

氷片が柔く光り、もうひとつの影が揺れた。長い髪、細い肩。

『……ごめんね』

母の声が、雪の中から滲み出る。次の瞬間、女将の胸元に同じ光が宿り、彼女の頬を一筋の涙が伝った。

「私の中に、あなたの母の半分が眠っている」

女将の声は、ひどく人間のそれだった。

「彼女は“返す相手”を迷ってしまった。夫に、子に、村に――愛は分け合えるのに、儀は一つしか許さない。だから、私が凍らせた。欠けた魂は、私のうちで雪となった」

「返す相手を、選べってこと?」莉央が小さくつぶやく。

白狐の目が、細く笑う。「選ばなければ、誰の手にも戻らない。だから毎年“白い羽”が舞う。誰かが誰かのために消える夜が、繰り返されてきた」

私は怜央の手を握った。冷たい指が、かすかに応えた気がする。

「じゃあ、怜央は?」

「彼は、君を庇って“秤”に触れた。選ばれかけている。でも、まだ間に合う」

白狐の青年が祠の奥を顎で示す。「鍵は“渡す”こと。奪うでも、捧げるでもない。愛をひとつの場所から、べつの場所へ運ぶ。それができるのは――選ばれし者ではない、“選ぶ者”だ」

鈴が、時間の中心で鳴った。

雪が止まり、音も風も色も、一度だけ世界から消える。

石段の裾で、藁の草履を履いた小さな影がこちらを振り仰いでいた。

瞳の奥で、春の野が揺れている。

「わらしべ……?」

子どもの声は澄んでいた。

「時を少しだけ止めたよ。選べるようにね。――澪、あなたは“渡す人”?“抱え込む人”?」

喉が乾く。私は妹を振り返った。

莉央は強く頷く。「お姉ちゃんは、ずっと渡してきた人だよ。私に、勇気を。怜央くんに、まっすぐを」

「真央は?」

呼ぶと、彼は一歩前に出る。

「俺は莉央を連れて現世に戻る。守りながら“待つ”。戻る道を開く役は、俺に向いてる」

短く、迷いのない声。胸の奥が少し熱くなる。

女将が袖を払うと、雪は細い道を描きながら祠の奥へ吸い込まれた。

「行きなさい。父の鎖は“未練”。母の鎖は“罪”。それをほどく言葉は、娘にしか持てない」

私は怜央の額に触れ、囁く。「待ってて。必ず戻るから」

彼の睫毛が震えた。ほんの少し、呼吸が深くなる。

白狐が微笑み、私と莉央の間に白い羽を一枚ずつ置いた。

「渡す橋は二つ。どちらかがどちらかへ、愛を運ぶ。片方だけでは崩れる。――姉妹で行け」

わらしべの少女が手を叩く。止まっていた空気が動き、時間が戻る。

私は莉央の手を握り、雪の道へ踏み出した。

背後で真央が叫ぶ。「必ず帰ってこい! 俺は出口を守る!」

女将の声がかぶさる。「秤はすぐ傾く。迷えば、雪になる」

祠の奥は、湖底のように青暗かった。

氷の壁に触れるたび、幼い日の記憶が泡のように浮かび、弾ける。

父の背、母の手、四人で見上げた白い月。

――そのどれもが、私たちを前へ押した。

やがて、氷の中心に辿り着く。

父と母の影が、ゆっくりとこちらを向いた。

「お父さん……」

私が呼ぶと、氷越しに唇が動く。

『澪。“返す”な。“繋げ”』

母の影が笑った。女将の頬を流れた涙と同じ、少し痛い笑顔だった。

私は白い羽を胸に当て、深く息を吸う。

「――渡すよ。私の愛を、あなたたちへ。そして、あなたたちの愛を、怜央へ、莉央へ、真央へ。ここで途切れないように」

羽が光となって走り、氷の鎖に亀裂が走る。

重い響き。崩れ落ちる気配。

背後で雪が荒れ、遠くの地上で鈴が激しく鳴った。

女将の声が最後に届く。

「よく、選んだわ。あとは――“門”が開くかどうか」

白狐が振り返り、遠い鳥居の方角を見た。

「門番が要る。現世とこちらを繋ぐ、人の“志”が」

白い闇が、ぱっとほどける。

私たちは手を取り合ったまま、崩れゆく氷の回廊を駆け抜けた。

向こう側で、朝の色がかすかに揺れている。

――恩返しの夜は、まだ終わっていない。

けれど、渡すべきものはもう、私たちの手の中にあった。

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  • 澪尽しーTwin Sisters, One Forbidden Loveー双子の奪われた恋ー   2話 ダム建の村

    峠をおりて、村の全貌がみえる。看板には「ダム建設予定地」とあって、来年度には湖のそこに、ダムの底に沈むことが決まっている。 もう買収もおわり、きっと今住んでいる人達は、来年度には引っ越していくのだろうけど。 私たちの両親は、この村に取材に来て行方が途絶えた。私たちの両親のことは聞くつもりは無い。……殺されて眠っている可能性もある。 それくらい都市伝説として噂が立つような不気味さもある。ただ、証拠がないのでお手上げなのだ。 現代の科学を、持っても。証拠不十分なんてことあるのか。 まるで村ぐるみで、証拠隠滅をした可能性もある。 生きてて欲しいが、両親が消えて10数年過ぎて、大学生になった私たちが何処まで真相に迫れるのか、という不安もある。 そうこうしているうちに、民宿前まで来て、怜央に先に降りて、と言われ、怜央が車を駐車場に入れている間に 先に民宿の部屋へ行くことにする。 「澪、私、車にスマートフォン置いてきちゃった。真央と二人で先に行ってて」 そう言って、莉央は車に忘れ物を取りに戻ったので 真央くんと澪は、民宿で2人きりになってしまった。 ……き、気まずい。いつも莉央がいたから、こういう時なんて話…… 「澪は、怜央と普段なに話すの?」  ふと顔を上げたら、真央と目が合う。ふわっと子どものように無邪気に笑う。少しあどけない少年っていうか 同い年なのに。4人とも。怜央は年より大人っぽいし。 「あ、うん。怜央は頭もいいし、なんというか俺様、オラオラ系っていうか……私が話さなくてもひとりでずっとウンチク語るし」 「だろうねえ。俺と真逆。俺は……どちらかというと聴く方だから」 「莉央とどんなこと話すの?」 一瞬、間があって。 寂しそうに笑う。 「莉央も聴くほうがいいってあまり話してくれないけど……たまに口開いても推しの怜央様の……君の彼氏の話?するし」 「あー。注意しておく。んもー。真央くん目の前にしてすることじゃ……」 「顔は……似てるのに、全然違うよな」 「え?」 見ると、目が真剣で、瞬きもせずに見つめられてて、ドキッとしたが、先に目を逸らしてしまう。 な、な、なん。なんなの 違うに決まってる。顔だけ似てるけど中身が違う。私は勝気

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