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火傷の痕を消した日、涙も涸れた
火傷の痕を消した日、涙も涸れた
Auteur: 匿名

第1話

Auteur: 匿名
紘太は帰ってきたときのまま玄関先に立ち、微かに眉をひそめていた。

まるで、私がいつものように大喧嘩を吹っ掛けるのを、待ち構えているかのように。

無理もない。この20年、彼のそばに女の気配が少しでもあれば、私は決まって大騒ぎしてきたのだから。

ましてや今日は、彼があのポルシェ・パナメーラを手に入れた記念すべき日だ。

3ヶ月ものあいだ、カップ麺ばかりの生活に付き合い、数え切れないほどの企画書を書き上げ、彼が車を一括で買えるほどの大型契約を取れるよう支えた。

それなのに彼は、鍵を受け取った瞬間、真っ先に助手席へ佳世子をエスコートしたのだ。

そして私ひとりだけを、店の前に置き去りにした。

「本当に、気にしてないのか?」

紘太はスリッパに履き替えると、私の前まで歩み寄り、探るような視線を向けてきた。

私はスーツケースに服を詰めるのに夢中で、顔すら上げなかった。

「気にしてないよ。佳世子さんはお体がデリケートなんだから、あなたが気を遣うのは当然でしょう」

紘太の眉間の皺が、いっそう深く刻まれる。

彼は服を畳み続ける私の手を、上から強く押さえつけた。

「琴、そういう嫌味っぽい言い方はやめてくれ。

佳世子は潔癖症なだけじゃない、ひどい喘息持ちなんだ。あの古い店の匂いは本当にきつすぎる。嗅いだら発作を起こしかねない。

機嫌が悪いなら、明日、お前がずっと欲しがっていたあのバッグを買いに行こう。それでいいだろ?」

バッグ?

端正な顔立ちの奥に苛立ちを滲ませる紘太を見上げて、私はふと滑稽に思えた。

あのバッグは先月、私が目をつけていたものだ。彼への納車祝いを買うためにお金を貯めようと、ずっと買うのを我慢していたのに。

それなのに、彼が佳世子への手土産に選んだのは、数百万円もするオーダーメイドのネックレスだった。

「いらない。バッグなら足りてるから」

私はそっと手を引き抜き、最後の一着のセーターをスーツケースに押し込んだ。

紘太はようやく床に置かれたスーツケースの存在に気づいたらしく、その目をすっと冷たくした。

「唐田琴、また家出の真似事か」

フルネームで私を呼ぶのは、彼が本気で苛立っている時の悪い癖だ。

「お前は少しでも気に入らないことがあると、毎回大騒ぎして荷物をまとめて実家に帰ろうとする!

もう25なんだから、いい加減、大人になれよ」

私はスーツケースのファスナーをしっかりと閉め、立ち上がって彼の目をまっすぐに見つめ返した。

「別に騒いでなんかいないよ。ただ、衣替えで服をクリーニングに出すだけ」

紘太は一瞬虚を突かれ、面食らった表情を見せた。

苛立たしげにネクタイを緩めると、再び声を和らげてみせる。

「……わかった、今日のことは俺が悪かった。お前を雨の中に置き去りにするべきじゃなかった。

1日中、胃が痛いんだ。麺を作ってくれよ、目玉焼きを2つのせてな」

彼は、私が心配のあまり慌てて台所へ駆け込むものと信じて疑わない様子で、当然のように命じてきた。

胃を押さえる彼の手を見つめながら、私の脳裏に浮かんでいたのは、今日の昼間の光景だった。

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