紘太は帰ってきたときのまま玄関先に立ち、微かに眉をひそめていた。まるで、私がいつものように大喧嘩を吹っ掛けるのを、待ち構えているかのように。無理もない。この20年、彼のそばに女の気配が少しでもあれば、私は決まって大騒ぎしてきたのだから。ましてや今日は、彼があのポルシェ・パナメーラを手に入れた記念すべき日だ。3ヶ月ものあいだ、カップ麺ばかりの生活に付き合い、数え切れないほどの企画書を書き上げ、彼が車を一括で買えるほどの大型契約を取れるよう支えた。それなのに彼は、鍵を受け取った瞬間、真っ先に助手席へ佳世子をエスコートしたのだ。そして私ひとりだけを、店の前に置き去りにした。「本当に、気にしてないのか?」紘太はスリッパに履き替えると、私の前まで歩み寄り、探るような視線を向けてきた。私はスーツケースに服を詰めるのに夢中で、顔すら上げなかった。「気にしてないよ。佳世子さんはお体がデリケートなんだから、あなたが気を遣うのは当然でしょう」紘太の眉間の皺が、いっそう深く刻まれる。彼は服を畳み続ける私の手を、上から強く押さえつけた。「琴、そういう嫌味っぽい言い方はやめてくれ。佳世子は潔癖症なだけじゃない、ひどい喘息持ちなんだ。あの古い店の匂いは本当にきつすぎる。嗅いだら発作を起こしかねない。機嫌が悪いなら、明日、お前がずっと欲しがっていたあのバッグを買いに行こう。それでいいだろ?」バッグ?端正な顔立ちの奥に苛立ちを滲ませる紘太を見上げて、私はふと滑稽に思えた。あのバッグは先月、私が目をつけていたものだ。彼への納車祝いを買うためにお金を貯めようと、ずっと買うのを我慢していたのに。それなのに、彼が佳世子への手土産に選んだのは、数百万円もするオーダーメイドのネックレスだった。「いらない。バッグなら足りてるから」私はそっと手を引き抜き、最後の一着のセーターをスーツケースに押し込んだ。紘太はようやく床に置かれたスーツケースの存在に気づいたらしく、その目をすっと冷たくした。「唐田琴、また家出の真似事か」フルネームで私を呼ぶのは、彼が本気で苛立っている時の悪い癖だ。「お前は少しでも気に入らないことがあると、毎回大騒ぎして荷物をまとめて実家に帰ろうとする!もう25なんだから、いい加減、大人になれよ」
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