LOGIN路地裏に引きずり込まれ、無残な一晩を明かして帰宅した私を待っていたのは、目を血走らせた夫だった。彼は犯人を刺し、その報復として獄中で命を落とした。 弁護士である姉の如月澪(きさらぎ みお)は私の弁護を引き受けたが、車にはねられ植物状態になってしまった。 誰もが、2人は私に巻き込まれたのだと責め立てた。本当に死ぬべきだったのはお前だ、と。 私、如月紬(きさらぎ つむぎ)は仕事を解雇され、両親からは家を追い出された。 この5年、私は両足を折られ、食道の半分を失った。鼻からのチューブでしか命を繋げない体になっても、真相を暴くことだけは決して諦めなかった。 また新たな手がかりを得て、海を渡って調べに行こうとしたその日、母が仕方なさそうに私を引き止めた。 「紬、もう調べるのはやめなさい。陸くんは生きているわ。でもね、彼はもう澪と結婚したのよ」 私はその場に立ち尽くし、母は私の視線を避けた。 「5年前、私たちは彼の偽装死に協力したの。澪だって、植物状態なんかじゃなかった」 「2人は湊市(みなとし)で幸せに暮らしているわ。子供も産まれたのよ。昨日、私とお父さんに写真が送られてきたわ。だから、もう邪魔しないでちょうだい」 全身の震えが止まらなかった。 「お母さん、私を慰めるために嘘をついてるんでしょ?」 母は冷たい顔のまま、スマートフォンのロックを解除した。 待ち受け画面には、神崎陸(かんざき りく)が姉の手を引き、小さな女の子を胸に抱いて、眩しいほどに笑っている姿があった。 「2人は美男美女で、あなたよりもずっとお似合いよ。 姉さんがあなたの代わりに5年間も陸くんの世話をしてくれたのよ。身を引いてあげられないの? 来週、2人は結婚式を挙げるわ。親戚もみんな行くの。だから、騒ぎを起こさないで」 私は掌をきつく握りしめ、ボロボロと涙をこぼした。 なんと、私以外の全員が真実を知っていたのだ。私一人だけが、ずっと騙されていたのだ。
View More湊市に残って3年目、私は自分の努力でようやく1LDKのマンションの頭金を支払うことができた。後輩を引越し祝いに招待し、食事の途中で酒が切れたので、買い出しのために下へ降りた。スーパーから出ると、ある人が私の行く手を阻んだ。陸だった。彼は痩せこけ、顔色は青ざめ、目には血走ったような充血が目立っていた。もみあげには白髪が混じり、口元の髭を剃る余裕すらないようだった。彼の瞳が、パッと明るく輝いた。「紬、お前だね!本当にお前だ!俺は分かってた、お前が生きてるって!」彼は興奮した様子で私の手を握りしめた。私は力を込めて手を引き抜き、彼に触れられた部分を拭った。「あの、人違いじゃありませんか?」私の声はごく平静で、まるで赤の他人と会話しているようだった。陸はよろめきながら顔を上げ、信じられないといった目で私を見た。「紬、俺だよ。陸だ。どうして俺のことが分からないんだ?」そう言ってから、彼ははっと気づいたような顔をした。「まだ怒ってるんだね?俺は澪と離婚したんだ。今は一人だ。お前には本当に申し訳ないことをしたと分かってる。でも、これからは絶対に他の誰も愛さない!」彼はひどく焦った様子で、離婚届まで見せた。私は突然、吹き出してしまった。こんな無責任で器が小さい男を、かつて好きだった自分が可笑しかったのだ。私は体を斜めにして彼の手を避けた。「人違いだと言っています。私は『紬』ではありません」彼は呆然と私を見つめ、突然ドスンと膝をついた。「紬、俺が本当に悪かった。もう一度だけチャンスをくれ。残りの人生をかけて、絶対にお前に償うから!お前が戻ってきてくれるなら、俺は何だってする。頼む、この通りだ!」彼が私にこの言葉を言ったのは、これで2度目だった。だが、私はただ滑稽に感じるだけだった。通行人たちが私たちを指差してヒソヒソと話し始めた。私はスマートフォンを取り出した。「これ以上つきまとうなら、警察を呼びますよ」彼が私の冷たく決然とした態度を見ると、その目から涙がボロボロと溢れ落ちた。「わかった。俺を認めたくないなら、それでいい。だったら、もう一度お前を口説く権利をくれないか?」私は一切の躊躇なく、通報ボタンを押した。警察が到着した後、私は身分証明を提示した。「
母は他のことに構う余裕もなく、スマートフォンを開いた。私が送信した文章は、すでに地元のニュースのトップを飾っていた。そこには、5年前、自分が夫と姉に騙され、2人が死んだと思い込まされていたこと、そして彼らがとうの昔に駆け落ち同然で結ばれていたことがはっきりと書かれていた。両親や親戚までもが、自分に隠し事をしていたことまで。【陸へ。私の29年間の人生を振り返って、あなたは誰よりも私の味方でいてくれる人だった。でも今になって分かったの。あなたは自らの手で、私たちの子供を殺したのだと。私は一生、あなたを許さない】【澪へ。あなたは私の夫を奪い、両親からの何十年にもわたる愛情も奪った。自分が勝ったと思ってる?いいえ、あなたが奪い取ったのは、ただの私の残りカスよ。これから先、夜中に目が覚めるたび、夢の中で教えてあげる。私が死んだのは、あなたのせいだって】【お父さん、お母さん。私がこうやって呼ぶのは、これが最後。お2人は姉さんだけを娘として扱い、私のことなんて一度も気にかけたことはなかった。来世では、もう2度と会わないでおきましょう。】最後の署名には、「如月紬 絶筆」とあった。ネット上は炎上した。【残酷すぎる。自分の娘や妻にこんな仕打ちができるなんて!】【最低。亡くなった娘につける予定だった名前を、不倫相手の子供につけるなんて。地獄に落ちろ!】【この姉、クズすぎる。妹の夫を誘惑して、堂々と略奪婚するなんて。誰か特定してよ!】私が実名を出したため、陸と姉の過去は瞬く間に特定された。一瞬にして、2人は激しいバッシングの嵐に晒された。「あああーーっ!」姉は怒りに任せてスマートフォンを床に叩きつけた。「あのクソアマ、どうして私にこんなことするのよ!私は実の姉なのに!」陸はベッドのそばに立ったまま、長い間言葉を発しなかった。両親に至っては、人に後ろ指を指されるのを恐れ、一歩も家から出られなくなってしまった。翌朝早く、母の悲鳴が響き渡った。玄関の前にゴミが山積みになり、血文字で書かれた脅迫状まで置かれていたのだ。マンションの住民専用のチャットグループでは、他の住人たちが如月家を追い出そうと騒ぎ立てていた。如月家は道徳が欠如しており、マンションの安全に悪影響を及ぼしている、と。陸はその日の朝、会社から解雇通
霊安室は静まり返っていた。年配の警察官が先ほど口を開いた若い署員の袖を引き、その場を取り繕った。「お悔やみ申し上げます。どうか、娘さんのご遺体を早く休ませてあげてください」火葬場へと向かう車内には、重苦しい空気が立ち込めていた。姉はこの状況が酷く不満だった。「紬が死んだのは事実なんだから、ちゃんと見送ってあげましょうよ。私たちの生活だって続いていくんだし」誰も答えない。彼女は結愛の手を握り、少し力を込めた。結愛は途端に火のついたように泣き出した。「おうち帰る!おうち帰るう!」普段なら、陸はとっくに彼女を抱き上げてあやしていただろうし、母でさえも全ての手を止めて笑顔で「いい子ね」と声をかけていただろう。だが今回、陸は乱暴にクラクションを鳴らした。「泣くな!」彼は結愛に向かって怒鳴りつけた。「これ以上泣くなら、今すぐ車から降りろ!」姉が溜め込んでいた鬱憤が、ついに爆発した。「子供に八つ当たりしないでよ!紬が死んだからって私たちに何の関係があるの。あの子が自分で選んだ道でしょ!まさか、あなたまだあの子に未練があるの!」陸は胸を激しく上下させ、まるで初めて会う人間を見るかのように彼女を見た。「お前の実の妹だぞ!お前の妹が、俺たちのせいで死んだんだ。なのに、何事もなかったかのように振る舞えって言うのか!」姉は唇を尖らせた。「私たちのせいって何よ。あの子が勝手に精神を病んで自殺を選んだだけでしょ。私が飛び降りろって脅したとでも言うの?」彼女は自分の方が正しいと自負していたが、車内の3人が皆、驚愕の表情を浮かべていることには気づいていなかった。特に母の反応は顕著だった。「澪、よくも妹のことをそんな風に言えるわね!」母は目をまん丸に見開き、赤く腫れたまぶたの下で信じられないといった顔をした。「あなたと陸くんが一緒になったから、こんなことになったんじゃない!でなければ、紬が自殺なんて選ぶはずがないわ!」母は突然、姉の髪を掴み、思い切り平手打ちを食らわせた。「そんな血も涙もないこと言って、恥ずかしくないの!」姉は叩かれたショックで呆然としていた。幼い頃から贔屓されて育ってきた彼女は、自分が叩かれる日が来るなど夢にも思っていなかったのだ。「お母さん、どうして私を叩くの!私の
大広間は静寂に包まれた。母が真っ先に反応した。「あんたら誰ですか!早く出て行って!ここは結婚式なのよ、死んだなんて縁起でもない!あなた、追い出して!」父が大股で前に進み出ると、苛立たしげに手を振った。「早く出て行け!どこの詐欺師だか知らないが、警察の真似事までするなんて。これ以上居座るなら警察を呼ぶぞ!」先頭の警察官は眉をひそめ、懐から警察手帳を取り出した。「私は自分の発言のすべてに責任を持っています。それで、如月紬さんのご家族はどなたですか?」父は見向きもせず、警察手帳を奪い取って床に投げ捨てた。「この詐欺師め、とっとと失せろ!娘の結婚式が見えないのか、しつこいぞ!」その時、母のスマートフォンがけたたましく鳴り響き、その着信音が全員の体をビクッと震わせた。『もしもし。南区斎場ですが、如月紬様からお預かりした遺品がございます。いつ頃お引き取りに来られますか?』母はガタガタと震える手で電話を切った。「詐欺師め、私は信じないわよ!」彼女は無意識に、祭壇の上の陸と姉へ視線を向けた。突然、振り返ることもなく扉の外へと歩き出した。「家に帰るわ。紬は絶対にまだ家にいるはずよ!」陸が姉の指に指輪をはめようとしていた手が、宙で止まっていた。「警察の方……今、なんと言いましたか?」警察官は彼を見据えた。「今朝10時頃、希望団地の10号棟の下で、何者かが転落死したとの通報を受けました。身元確認の結果、亡くなられたのは如月紬さんでした」母は扉から足を踏み出した瞬間、目の前が真っ暗になった。彼女は必死に立ち上がり、警察官の手を死に物狂いで掴んだ。「連れてって!見に行くわ。あれは絶対に私の娘じゃない!」招待客たちは呆然としていた。「どういうことだ?紬が死んだ?」「何か起きると思ってたよ、澪のやり方はえげつないからな!陸くんは、紬の元夫だと聞いてるぞ!」「元夫?あいつの元夫は死んだんじゃなかったのか?」「はっ、偽装死に決まってるだろ。あの子があんなに大きいのが見えないのか?」数人の話し声は、決して小さくなかった。姉は顔色が真っ青になり、無意識に陸を見た。だが、陸の頭の中はとっくに私のことで一杯になっていた。警察署内。陸は扉をくぐった瞬間から、ずっと震えが止まら
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