Masuk「私は顔も見ていないから」「でも想像できるわ……プライドの高い彼女が、強引に閉じ込められて、断食しながら抵抗している。時正さんは彼女を生かすために点滴までしているなんて……」真衣はそこまで話すと、言葉を詰まらせた。礼央の表情が一気に険しくなった。彼は麗蘭の性格をよく知っている。かつて、彼らが一緒にいたとき、麗蘭は誰よりも輝き、誰よりも自由だった。彼女はやりたいことをし、行きたいところへ行く。国境なき医師団は彼女が長年温めてきた夢であり、決して一時的な気まぐれではない。時正は「あなたのため」「あなたを守るため」という名目で、彼女の翼を折り、監禁し、彼女の夢を打ち砕いた。これは、愛ではない。破壊だ。「彼はどうしてこんなことをするのかしら?」真衣は礼央を見つめて言った。「麗蘭さんは海外に行きたいだけで、彼と離れて、自分の人生を歩みたいだけなのに」「時正さんには琴美さんという婚約者がいて、自分の生活があるのに、なぜ麗蘭さんを束縛しようとするの?」礼央はしばらく沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。「俺が知る限り、時正は理不尽な人間ではない」「強引に麗蘭を引き留めているのには、きっと何か理由があるはずだ」「どんな理由があろうと、彼女を監禁する理由にはならないわ」真衣はすぐに反論した。「麗蘭さんは大人よ。彼女には自分の人生を選ぶ権利がある。たとえ危険が伴っても、それは彼女自身が選んだ道なの」「時正さんに、彼女に代わって人生を決める権利なんてあるの?」「俺は別に彼を擁護しているわけではない」礼央は落ち着いた声で続けた。「つまり、麗蘭を救出するためには、正面からぶつかるだけではいけないということだ」「時正は今何を言っても耳を貸さない。警察に通報したり、騒いだり、無理に押し入っても、事態をさらに複雑にするだけで、却って彼が麗蘭を隠し、監視を強化することになる」真衣は胸が締め付けられるように痛んだが、礼央の言う通りだと認めざるを得なかった。時正のような人間は、一度決めたことを曲げることはまずない。迫れば迫るほど、彼はますます激しく抵抗し、最後に傷つくのは麗蘭だ。「じゃあどうすれば?」真衣は震える声で尋ねた。「麗蘭さんが監禁されているのをただ見ているしかできないの?」「いや」礼央は真衣の手を握
真衣は上の階のゲストルームの方を見た。何とかしなければならない。彼女は背を向けて立ち去った。車が走り去り、庭は再び静かになった。-二階。麗蘭は全身が冷え切り、手足がぐったりとし、冷たい壁に寄りかかっていた。彼女には、さきほど階下で交わされた会話が、一言一句はっきりと聞こえていた。真衣が来た。真衣は彼女を助けようとした。だが、真衣までもが門前払いされてしまった。時正は麗蘭の唯一の希望さえも断ち切ってしまった。彼は誰にも彼女に会わせようとしない。彼女に外部との連絡を取らせない。彼女に逃げる機会を与えない。麗蘭はゆっくり地面に座ると、涙が静かに頬を伝った。断食や抵抗していた時は、まだ一縷の望みがあった――もしかしたら彼は一時的に執着しているだけで、いつか手を引くかもしれないと。しかし今、はっきりとわかった。時正は一時的に執着しているわけではない。彼は本気で――彼女を一生監禁する気なのだ。彼女が死ぬまで、運命を受け入れるまで、抵抗する力がなくなるまで。-車が走り去り、真衣は後部座席に座っていた。運転手がミラー越しに彼女を見て尋ねた。「寺原さん、行先はどちらへ?」「高瀬家に戻って」真衣は重い声で言った。「直接礼央のところへ行くわ」彼女はこれまでこれほど無力だと感じたことはなかった。小さい頃から、心に決めたことは何でも成し遂げてきた。しかし真衣は今日、時正に止められ、麗蘭の顔を見ることもなく、無理やり引き返させられてしまった。時正という男は、あまりにも冷静で、頑固で、情け容赦ない。彼は麗蘭を自分の傍に縛り付けようとしており、誰の言葉も聞き入れようとしない。真衣は目を閉じ、麗蘭の青白く冷淡な顔を思い浮かべた。麗蘭の人柄は?彼女は気高く、曲がったことが嫌いで、今まで一度だって監禁などされたことはなかった。彼女は今、檻に閉じ込められ、外出も外部との連絡も禁じられ、友人に会うことも許されない。さらには断食、時正の強硬な態度、琴美のような女性が傍をうろついている……真衣はそれ以上考える勇気が持てなかった。もう数日引き延ばせば、麗蘭は肉体的にも精神的にも参ってしまうだろう。車は静かに高瀬家の別荘に入っていった。礼央はリビングで真衣の帰りを待
麗蘭にはまだ真衣がいる。真衣は、麗蘭が命を預けられる数少ない友人の一人だった。聡明で冷静、そして機転が利く。そして何より、真衣の背後にいる勢力は、時正を恐れているとは限らない。真衣と連絡が取れれば、彼女は助かる。麗蘭は最後の力を振り絞り、周囲を観察し始めた。お手伝いさんは毎日やって来て、掃除をし、水を運び、食器を片付ける。彼女たちは麗蘭にあまり話しかけようとはしなかったが、清潔なタオルやコップ、紙やペンを置いていった。紙とペン。麗蘭の瞳に微かな光がよぎった。麗蘭はお手伝いさんの目を盗んで、こっそり紙とペンを隠し、布団の中に身を潜め、文字を書き連ねた。衰弱のため筆跡は震えていたが、はっきりと読み取れた。【時正が私を監禁し、海外に行くことを阻んでいる。私は断食して抵抗しているけど、彼は私が死なないように点滴を打つ準備までしているの。助けて。――麗蘭】麗蘭はメモを小さく折りたたみ、身に着けている衣服の中に忍ばせた。あとは、チャンスを待つだけだ。チャンスは五日目の午後に訪れる。口数が少なく、おとなしそうな若いメイドが、白湯を交換するため部屋に入って来た。麗蘭は彼女が振り向いた瞬間、全力で彼女の手首をつかんだ。「これを、寺原真衣に渡して」「お金をあげるわ。たくさん持ってるの」「協力してくれなければ、私はここで死ぬ。あなたは責任を免れないわよ」麗蘭は、何日も食事をしていないと思えないほど、目つきは鋭く、口調は冷静だった。メイドは驚いて血相を変え、無意識に抵抗しようとしたが、麗蘭にしっかりと押さえつけられた。「川上さん……無理です……時正さんに怒られます……」「彼はあなたに気付かないわ」麗蘭は小声で言った。「渡してくれるだけでいいの。保証する、あなたに危害は及ばない」麗蘭は、このメイドは臆病だが、心優しいことを見抜いていた。メイドは少しためらった後、震えながらうなずき、素早く紙切れを受け取ると、袖口に隠し、青ざめた顔で足早に部屋を後にした。麗蘭は手を放し、ベッドにぐったりと倒れ、大きく息をした。彼女は最初の一手を勝ち取ったのだ。あとは、待てばいい。真衣が来るのを待つのだ。-真衣は麗蘭が想像していたよりも早くやって来た。翌日の午後、階下から口論の声が聞こえてきた。
時正は落ち着いた声で続けた。「生きてさえいれば、あとは好きにしてもらって構いません」空腹で気絶したら点滴を打つ。生きてさえいれば、好きにして構わない。麗蘭は振り返り、信じられないという表情で時正を見た。大きく見開いた瞳には、衝撃と、深く傷つけられた怒りが渦巻いていた。「時正、今何て言ったの?」麗蘭の声は震えていた。恐れではなく、彼女はただ信じられなかった。彼はかつて「命を捧げる」と言い、十数年間彼女の傍を片時も離れなかったボディガードだ。その彼が今、彼女にこう言った。「断食しても無駄だ。空腹で気絶したら点滴を打つ。あなたはここを離れられない」と。「麗蘭さん」時正は彼女を見て言った。「食べたくないのなら食べなくていい。私は強要しない。しかし、ここを離れようなんて考えないことだ」「空腹で倒れたら点滴を打ち、死なないよう保証します」「抵抗するのなら、いつまででも付き合いますよ」麗蘭は目の前にいる時正が、まるで見知らぬ者のように思えた。十数年の絆や信頼が、この瞬間、一瞬にして崩れ去ってしまった。時正は怒っているのではなく、脅しているわけでもない。彼はいたって真剣だった。時正は本気で、この方法で麗蘭を閉じ込め、永遠に、死ぬまで離さないつもりなのだ。「狂ってる……」麗蘭はつぶやいた。「時正、あなたは狂ってるわ」「私は狂ってなどいません」時正は穏やかな口調で言った。「ただあなたを行かせるわけにはいきません」「なぜ?!」麗蘭は声を荒げた。「私たちの関係はもうとっくに終わっているでしょう!あなたには婚約者がいて、私には私の人生がある。なぜ私を閉じ込めたりするの?!一体どうして?!」「あなたを死なせたくないからです」時正の目が鋭く光った。「F州がどんな場所か、国境なき医師団が何に直面しているか、あなたは誰よりもよくわかっているはずです。あなたを行かせるわけにはいかない」「そんなの私の勝手でしょう!」「今日からは、私のことです」その一言で、麗蘭の言い分はすべて封じ込められてしまった。麗蘭は怒りで全身が震え、胸が激しく上下したが、何も言えなかった。彼女は目の前の冷淡で、偏屈で理不尽な男を見つめ、はっきりと悟った――時正は自分を引き止めているのではない。彼は彼女を監禁しているのだ。
書斎の明かりが、心の内を照らしていた。閉じられたゲストルームのドアとともに、自由への渇望もまた閉ざされていた。彼女は、寒い夜の中、空っぽの家と、今にも崩れそうな気持ちを守りながら、泣くことも、声を出すこともできずにいた。-麗蘭がゲストルームに連れ戻されてから、ちょうど三日が経った。手錠も鎖もないが、ドアの内外には見張りがおり、窓ガラスは特注された防弾ガラスで、携帯はとっくに没収されていた。時正は、麗蘭を日の目を見ることのない小鳥のように閉じ込めていた。彼女はここに来てから、何も口にしておらず、一滴の水すら飲んでいなかった。何も口にしないことが、彼女にできる唯一の抵抗だった。お手伝いさんが運んで来る料理に彼女は手をつけないどころか、一瞥もしなかった。彼女たちは説得し、懇願すらしたが、そのたびに麗蘭は冷ややかに言った。「要らないわ、下げて」彼女が求めているのは食事ではない。ここを離れることだ。海外に行くことなのだ。琴美は二度、部屋にやって来た。彼女は手作りの粥を持って、優しく言った。「麗蘭さん、少しいいから食べて下さい。身体を壊したらどうするんです?時正が心配するわ」麗蘭はうつむいたまま言った。「いい人ぶるのはやめて。私が死のうと彼に関係ないわ」琴美は目を赤くして言った。「なぜそんなことを言うんですか……私は本当にあなたのことを心配しているのに」琴美は、まるで麗蘭が彼女を虐めているかのような口調でそう言った。麗蘭はうんざりした。彼女はこういう女をよく知っている――表向きは穏やかで思いやりがあり、相手を想っているように見せかけながら、裏で悪口を言いふらし、哀れなふりをして同情を誘う。そして、時正の前で涙を拭い、すべての過ちを彼女のせいにしようとする。それが彼女の常套手段だ。二度目に琴美が来た時は、麗蘭は目を閉じ、相手にする気配すら見せなかった。琴美はベッドの傍に立ち、しばらくの間ぶつぶつ言っていたが、麗蘭が始終冷淡な態度を崩さないのを見て、しぶしぶ部屋を出ていった。麗蘭は、琴美の言動を一切気にしなかった。彼女はいつか助けが来るその日まで、耐え抜くことだけを考えていた。四日目の深夜。突然、何の前触れもなく、ドアが開いた。時正が入ってきた。彼は部屋着姿で、普
いつから現れたのか、時正はさきほどのやり取りを、はっきりと聞いていたようだった。琴美は押し寄せる恐怖にすっかり気力を失い、ほとんど立っていられなくなった。彼女は時正の怒りに満ちた顔を見て、唇を震わせながら言った。「時正……私……わざとじゃなかったの……」「わざとじゃない?」時正は一歩一歩前に出て言った。「琴美、見上げた度胸だな。私の言葉など、一言も耳に入らないんだろう?」彼ははっきりと伝えていた。麗蘭はしばらくここを離れない。事態は複雑なのだと。彼はまた、琴美に余計なことを考えず、早く部屋に戻って休むように伝えていた。しかし琴美は、こっそりと麗蘭を連れて逃げ出し、彼女を海外に行かせようとした。彼の計画を顧みず、彼の言葉を完全に無視した。「私はただ……麗蘭さんを行かせてあげたかったの……」琴美は涙を流し、悔しさと恐怖に震えながら続けた。「時正、彼女はここにいたくないと言ってる。私は間違ってない。私は彼女に協力してあげたかっただけなの……」「間違っていない?」時正は冷笑した。「君は自分が何をしているかわかっているのか?君の行為によってすべてが台無しになり、彼女を危険に晒すことになると、わかっているのか?」「君は何もわかっていないのに、自分勝手に行動しているだけだろう!」時正はこれまで、これほど厳しい口調で琴美に話したことはなかった。普段の時正は、琴美にいつも優しく寛容で、たとえ彼女が少し彼の機嫌を損ねても、辛抱強くなだめてくれていた。しかし今回、彼女は触れてはならない境界線に触れ、彼の計画を狂わせてしまった。琴美は時正の怒鳴り声に怯え、悔しさに全身を震わせた。「私は麗蘭さんにいなくなってほしかったの。ただ私たちの家を守りたくて。それがいけないことなの?」「私はあなたの婚約者よ。他の女性があなたの傍にいるなんて嫌なの。私、間違ってる?」「だからと言って、計画を邪魔する理由にはならない!」時正は冷ややかに言った。「琴美、これが最後の警告だ。麗蘭さんに手を出すな。今後、彼女に近づくことは許さない。妙な考えを起こせば、次は容赦しない」容赦しない。その言葉は、琴美の心に鋭く突き刺さった。目の前の男は、まるで見知らぬ人のように冷たく、琴美の心は次第に沈んでいった。時正は麗蘭のために激怒し、麗蘭のために警
翌日。真衣は、第五一一研究所で進めているプロジェクトに関わる書類を整理し終えると、千咲を幼稚園に送る準備をした。千咲は真衣の誕生日を覚えていた。朝早くに、千咲は手作りのバラの造花を一本真衣に贈った。真衣はこのサプライズに思わず笑ってしまった。バラの造花はとても繊細に作られていて、まるで本物のように生き生きしていた。「ありがとうね、千咲」真衣はバラの造花を受け取り、しゃがみこんで千咲の小さな顔を両手で包み、軽くキスした。「いつこんなに美しい花を作ってくれてたの?ママは全然気づかなかったわ」千咲は小さな手を背中に回し、体を揺らしながら言った。「ママへの誕生日プレゼントだ
「どうして真衣が壇上にいるの?」萌寧は軽く唇を引き締めて言った。「寺原さんはただ、技術研究の成果の内容を読み上げているだけよ」高史は軽く笑いながら言った。「桃代さん、真衣の見た目からして、こんな専門的なことができるわけないじゃないですか。成果について嬉しそうに話して、まるで全部自分の手柄みたいに振る舞ってますからね」まさか真衣は媚びるだけじゃなくて、仕事に関しても結構見栄っ張りだったとはな。人の成果を借りて自分を誇示し、まるでその栄誉が全部自分のものかのように振る舞っている。これらの言葉は、隣にいる安浩に一言残らずしっかりと聞こえていた。安浩は淡々とした目で高史を見た。
これまでの誕生日はいつも高瀬家で過ごしていた真衣は、友人たちとの関わりも少なく、祝ってもらうこともなかった。真衣の友人たちも彼女を忘れたわけではなく、ただ彼女の結婚生活を邪魔したくないと言う暗黙の了解があったのだ。真衣はプレゼントを受け取り、なぜか目頭が熱くなり、プレゼントを握り締める手に少し力を込めた。「先輩、沙夜、二人ともありがとうね」自分はこんなにも素晴らしい友人たちと職場環境に恵まれている。もう、何かのために自分のすべてを手放したりはしない。-沙夜は、食べたり飲んだり遊んだりが大好きで、ビリヤードもできる個室を予約して、さらに何人か友だちも呼んでいた。真
「中に入れ」熱々の料理が運ばれてきた。お手伝いさんが部屋の中に入ってきて料理を置くと、余計なことをせずにすぐに出て行った。礼央は真衣を見た。「一日中何も食べてないんだろ。食事を済ませたら家まで送るよ」「自分の車で来たわ」つまり、礼央に送ってもらう必要もないし、送ってほしくもないという意味だ。「お前が住んでいるマンションまで送るよう手配しておく」礼央が言った。「今の状態では運転しない方がいい」「死にたければ別にいいけど、千咲は巻き込むな」真衣は眉をひそめた。目の前に置かれた料理は、どれも真衣の好物ばかりだ。「富子おばあさんが届けさせたの?」礼央は窓際に