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第6話

Auteur: もも
香澄は、机の上に置かれたキラキラ光る蝶の髪飾りを一目で見つけた。そこにあしらわれたサファイアは非常に高価なものだった。

それは、3年前に俊哉が香澄に贈ったもので、その青い蝶の髪飾りは世界に一つだけだとも言っていた。

だが彼女の髪飾りは、流川家の別荘にあって、すでに箱に詰めて寄付に出したはずだ。

では、なぜここにある?

静は彼女の視線の先を追い、小さく笑った。「これ?俊哉がくれたのよ。3年前のバレンタインの日、わざわざ海外まで飛んできてくれたの。欲しいならあげるわ。どうせ好きじゃないし」

つまり、「世界に一つ」なんて嘘だった。

香澄の心は、さらに冷え切っていった。

彼が自分にかけてきた言葉も、すべてが嘘だったのだ。

俊哉には、そもそも少しの真心すらなかったのかもしれない。

静が近づいてきて、言った。「ねぇ、香澄さん?俊哉から聞いたんだけど、貴方って彼からもらったプレゼント、全部捨てたんだって?怒ってるの?それとも、何か知っちゃったの?」

香澄は静かに問い返す。「私を貴方の目の前に連れてきて、知るなって方が無理でしょう」

静は彼女をじっと見たあと、急に楽しげに笑った。「俊哉が言うほど、おバカじゃないのね。ちゃんと気づいたんだ」

香澄に顔を近づけ、面白そうに微笑んだ。「それじゃあ、お礼にもう一つ真実を教えてあげるわ。だって今、貴方の家に住んでるんだし」

直感が警告していた。聞いてはいけないと。

けれど身体が固まり、一歩も動けなかった。

静は笑顔で言った。「きっと不思議だったでしょう?あの時、私たちを引き裂いたのは流川輝彦なのに、どうして俊哉はわざわざ貴方を使って復讐したのか」

たしかに、香澄はずっと不思議だった。

ただ自分が騙されやすいから俊哉に利用されたのだと思っていた。

しかし、静が語ったのは、それより遥かに恐ろしく、想像もつかない真実だった。

「最初に狙われたのは、貴方の母――日村真由だったのよ。でも彼女は流川輝彦を深く愛していて、どんな手段を使っても動じなかった。だから俊哉は、貴方に標的を変えたの」

香澄は、耳を疑った。

俊哉の「愛」が偽物だっただけじゃない。彼という人間そのものが、最初から嘘で塗り固められていた。

これは、最初から最後まで、徹底的な詐欺だった。

騙されていたのは、自分だけ。何もかも失った。

その瞬間、まるで魂が引き裂かれるようだった。

香澄は長い間その場に立ち尽くした後、突如、激しい痛みが全身を襲うのを感じた。

彼女は体をふらつかせ、その場に座り込んだ。腕で体を抱き締め、声もなく泣き崩れた。

全身を震わせながら、胸が張り裂けんばかりに泣いた。

その時、すぐ傍で、不意に声がした。「これ何?玉だけど質はイマイチね、あんまり高くないでしょ?」

香澄は思わず顔を上げた。静の指には、祖母が遺した玉のお守りがぶら下がっていた。

思考より早く、香澄は立ち上がり、それを奪い取ろうと手を伸ばした。しゃがれた声で叫んだ。「返して!」

だが静はひらりと身をかわし、香澄の手を難なく避けた。

そして笑って言った。「10年以上も流川家のお嬢様だったのに、こんな安物にこだわるなんておかしいわね」

その瞬間、香澄の頭からすべてが吹き飛んだ。ただ、祖母の形見を取り戻したい――その一心だけだった。

彼女は金切り声で叫んだ。「返して!」

そう言って飛びかかっていった。

静は、身をかわす動きが大きく、指先からお守りが滑り落ちた。

すると、香澄は必死で手を伸ばしたが。

ほんのわずかに、間に合わなかった。

小さなお守りは床に落ちて、粉々に砕けた。

香澄は倒れ込むように地面に崩れ落ちた。痛みなど感じる暇もなかった。ただ、祖母が手ずから編んでくれた色褪せた赤い紐と、割れた玉のかけらだけを見つめていた。

彼女の頭の中は真っ白になり、突然叫び声を上げた。そして、何もかも忘れて、静に突進した。

静の長い髪をつかみ、もう片方の手を高く振り上げた。

まさに平手打ちが静の頬に落ちようとしたその時、香澄の手首が突然、誰かにしっかりと掴まれた。

聞き慣れた怒りを含んだ俊哉の声が響いた。「日村香澄、また何をしてるんだ」

香澄は何度も手を振りほどこうとしたが、手首に激痛が走るだけだった。

彼女の手首は俊哉にしっかりと握られて、宙に浮いたまま動かなかった。

仕方なく、彼の方を振り返った。

俊哉は、彼女の真っ赤に腫れた目を見て、一瞬だけ動揺した。

そんな香澄を見るのは初めてだった。

だがすぐに眉をひそめて言った。「この家は俺が静に住まわせてる。気に入らないなら俺に言えばいい。どうして暴力をふるう?

日村香澄、常識がないにも程があるぞ」

その言葉を聞いた瞬間、香澄の心の痛みは、完全に消えた。

彼女はかすれた声で言った。「アイツが、祖母の形見のお守りを壊したのよ」

俊哉は床のお守りの欠片を見て、即座に言い放った。「静はきっとわざとじゃない。彼女に謝らせるから。でも暴力はダメだ、わかるな?」

香澄の瞳は虚ろだった。静かに答えた。「分かったわ」

その瞳を見た瞬間、俊哉の胸に、言いようのない恐怖が押し寄せた。

けれど、彼はそれを無視して確認した。「もう暴力はふるわないな?」

香澄は落ち着いて答えた。「うん。手を離して」

俊哉が手を放した。

香澄は本当に手を出すことなく、ただ静かにしゃがみ、壊れた破片を一つずつ丁寧に手のひらに拾い集めた。

静は震えながら謝罪の言葉を口にしたが。

香澄にはまるで聞こえていないようだった。全神経は、あの破片だけに向けられていた。

俊哉は我慢できずに言った。「新しいのを買ってやるよ。いくつでも。デザインも値段も好きなのを選んで……香澄ちゃん……」

だが香澄は立ち上がり、淡々と遮った。「もう、帰ってもいいか?」

俊哉は眉をひそめた。「どういう意味だ?」

香澄は口元に何の感情もこもっていない笑みを浮かべた。「ここ屋敷から出てもいいかって聞いてるの」

俊哉の表情が険しくなった。「香澄ちゃん、最近の君、性格がどんどん変になってきてるぞ。もう割れたもんは、どんなことをしても戻らないんだ。静だって謝った。まだ何か不満なんだ?」

香澄は、相変わらず落ち着いた口調で答えた。「何かって、貴方はどうせ許してくれないんでしょう?じゃあ聞くけど、俊哉さん、もう家に帰ってもいいか?」

俊哉は苛立ちを隠さず怒鳴った。「行きたきゃ行けばいいだろ!誰も止めやしない!嫌味ばっかり!」

香澄は踵を返した。

かつては幸せを感じたのに、今や心底嫌悪感を覚えるこの場所を、彼女は一目散に立ち去った。

帰り道、彼女は一秒たりとも待てなかったかのように、すぐに不動産会社に電話をかけた。

「私のあの家、できるだけ早く売ってください。価格は問いません」

電話を切った後、彼女は俊哉の連絡先をすべてブロックした。

そして翌日。

香澄は一度も振り返ることなく、海外へ向かう飛行機に乗った。
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