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灰と化した心
灰と化した心
Author: もも

第1話

Author: もも
「お母さん、叔父さん。私、交換留学の枠を取れたから。来週には海外に行くことになったの」

日村香澄(ひむら かすみ)の声は柔らかくも、揺るぎがなかった。

日村真由(ひむら まゆ)と流川輝彦(るかわ てるひこ)はどちらも少し驚いた。

「香澄ちゃん、留学したいの?そんな話、今まで一度も聞いたことなかったけど?」

香澄は一瞬沈黙した。「自分の力でやってみたいから。もし向こうでうまくいけば、そのまま留学を続けようと思ってるわ」

真由はさらに驚いた。「つまり何年も帰ってこないかもしれないってこと?」

香澄は小さく「うん」と答えた。

真由は輝彦をちらりと見てから、香澄に聞いた。「じゃあ、彼氏はどうするの?前に叔父さんが留学を勧めたときは、彼のことが心残りで行きたくないって言ってたのに。今回はどうして平気なの?」

香澄は静かに答えた。「別れた」

真由はすぐに、なぜ彼女が急に留学を決めたのかを察した。

すると、すぐに娘を優しく慰めた。

輝彦も言った。「香澄ちゃん、ダメな男とは別れて正解だよ。叔父さんがもっといい男を紹介してやるさ」

そのとき、玄関から声がした。「何を紹介するって?」

香澄の体がぴくりと強ばった。

真由は笑顔で流川俊哉(るかわ しゅんや)に声をかけた。「俊哉君、おかえり」

輝彦は眉をひそめて叱った。「昨日一緒に食事しようって言ったのに、姿も見せず。今さら何しに戻ってきた?俊哉、君ももう二十代後半だろ。いつまでちゃらちゃらしてるんだ。

香澄ちゃんを見てみろ。彼女のほうがよっぽどしっかりしてるぞ!」

真由は急いでなだめた。「輝彦さん、会うたびに俊哉君を叱らないで。今の彼は北代市でも名の通った人物なのよ。少しは顔を立ててあげて」

輝彦はテーブルを叩きながら言った。「うちの親父が亡くなる時に、俊哉の小僧のしつけを俺に任せたんだ。年がいくつになろうが、何を成し遂げようが、俺には口を出す権利がある!」

食事のあと。

香澄は「本を読む」と言い訳し、急いで部屋に戻った。

しかし間もなくして、部屋のドアが開いた。

振り返らなくても、誰かは分かっていた。

ドアの前の俊哉が一歩ずつ近づいてきて、にやりと笑いながら言った。「香澄ちゃん、流川輝彦がいつも俺をけなして君を褒めてる。しかし、もし俺たちが付き合ってるって知ったら、どんな反応すると思う?」

香澄の心にふと悲しさが込み上げ、爪を手のひらに深く食い込ませた。

俊哉は、彼女が俯いたまま口を閉ざしているのを見ると、大きな歩幅で近づき、顎をそっと持ち上げた。

その青ざめた顔を見て、一瞬驚いた。「どうした?具合悪いのか?」

香澄は静かに言った。「私たちの関係、叔父さんとお母さんには絶対に知られちゃダメ」

俊哉は愛おしそうに彼女の頭を撫でて、笑って言った。「バカだな。冗談でちょっと脅かしただけだよ。だって今日、俺に会っても全然嬉しそうじゃなかったし、口もきいてくれなかったしさ。

君が怖がるのは分かってるから、言わないよ。

さ、行こう。パーッと遊びに行けば、くだらないこと考えなくて済むから」

香澄が嫌がるのも構わず、強引に彼女を連れ出した。

真由はそれを見て、輝彦に笑顔で言った。「ほら見て、貴方はいつも俊哉君を叱るけど、香澄ちゃんにはちゃんと優しくしてるじゃない」

輝彦も頷いた。「確かに、叔父としてはそれなりにやってるようだな」

二人が車に乗り込むと、俊哉は今夜の集まりについて話し始めた。「歓迎会みたいなもんさ。海外から帰ってきた友達と久しぶりに飯でも食って、盛り上がろうと思ってさ」

「彼女が海外に行ってから、全然会ってなかったし……」

俊哉は気づかなかった。香澄が窓の外を見ながら、静かに涙をこぼしていることに。

誰も知らなかった。彼女の彼氏とは、継父の実の弟。流川家大旦那の遺児である流川俊哉ってことを。

俊哉は、彼女の名目上の叔父さんだった。

香澄が13歳のとき、母親と継父が結婚した。その結婚式で俊哉と初めて会った。

彼は継父の弟、当時は軍学校に通う大学生で、たまたま帰省していたのだった。

彼らの年齢差はそれほどなかった。母からは「叔父さん」と呼ぶよう言われたが、香澄はそれに違和感を覚えた。だから、彼の友人たちと同じように「俊哉さん」と呼んだ。

彼女は今でも覚えている。あのとき、俊哉がその呼び方に対して、笑顔がどこかおかしかったことを。

それから、香澄が18歳の誕生日の夜、友達と食事を終えた帰り道で、ある男子が告白の手紙を手渡そうとした。

そのとき、俊哉が突然車で現れると、手紙を奪った。

そして帰りの道中、俊哉は香澄を見つめながら、その手紙をゆっくりと破り捨てた。

「日村香澄、他の男を受け入れるな」

彼女の心臓はあの時、まるで世界中に聞こえるかのように高鳴って、耳から鎖骨まで真っ赤になっていたことを、今でも覚えている。

彼が名目上の叔父だと思っていたし、かつて彼を拒絶したこともあった。

だが俊哉は全く受け入れず、毎回さらに強引なやり方で存在感と彼女への愛をアピールした。

そして、彼女はあっという間に陥落した。

19歳の誕生日、百合の花束を手に現れた彼に、香澄はついに恋人になることを承諾した。

ただし条件があった。二人の関係は秘密にし、いつか母に話すまでは内緒にしておきたいと。

俊哉はその条件を受け入れた。その代わりにその夜、二人は初めて結ばれた。

それからというもの、香澄は彼を拒むことができなくなった。

香澄は、ずっと優等生だった。俊哉との関係は、19年間で彼女が初めて選んだ大胆な選択だった。

俊哉は、愛おしげに彼女を抱きしめながら、ふたりの未来を語った。

二人は血縁関係がなかった。法的にも何の問題もなかった。

あとは、輝彦と真由に二人の関係を認めさせるだけでよかった。

もしどうしても受け入れてもらえなければ、二人で別の土地、もしくは海外に行けばいい。

今は交通も便利だから、海外にいても帰ろうと思えばすぐに帰れる。

俊哉の描く未来を思うたびに、香澄は甘い気持ちに満たされていた。

ずっと一緒にいられると信じていた。

半月前の、ある飲み会までは。彼女はそこで、偶然、俊哉と友人たちの会話を聞いてしまったのだ。
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