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第9話

Auteur: 長男
物資が乏しく、交通も不便な彼らに比べれば、私たちの生活はすでに恵まれている。

それなのに、何を不満に思う必要があるのだろう。

そう考える間もなく、碧の声が再び耳元で響いた。

「安心してください。どんな危険や問題があっても、僕が先生を守ります」

私が彼の方を見ると、その瞳には揺るぎない決意が宿っている。

その様子に、私は思わず微笑み、彼の頭を優しく撫でた。

もしかすると、ここに留まるという選択も悪くないのかもしれない。

少なくとも、この土地の人々は誠実で、私を欺くことはない。

ところがある日、私が授業をしていると、思いがけない二つの影が私の前に現れた。

「ママ!」

「秋、やっぱりここにいたんだな」

久しぶりに見る一輝と巧美の姿は、今まで見たこともないほどみすぼらしかった。

昔の一輝は王子のように気品があり、何事にも余裕を見せていた。

だが今の彼は、髪を肩に無造作に垂らし、目に赤い血管が浮かんでいる。しかも、目の周りにはくっきりとしたクマがあり、かすかに見えた。

巧美もかつてはいつも清潔で明るく、プリンセスのようだった。しかし今は泥だらけで、みっともない姿になっ
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  • 無言の愛   第11話

    どうしていいか分からず、私はただ深くため息をついた。そのとき、そばにいた碧が一歩前に出た。「彼女がもう君たちを好きじゃないのに、なんでまだしつこく縋りつくんですか?それに、彼女にはもう新しい彼氏がいます。これ以上続けても、意味なんてありません」その言葉に、一輝と巧美は同時に碧を睨みつけた。碧は一瞬たじろいだが、唾を飲み込み、背筋を伸ばして言い返した。「なに見てるんです?僕がその彼氏です」一輝は碧を見ながら、大笑いし、目には嘲笑の色が満ちている。「彼女が誰だか分かってるのか?彼女は俺の妻……」言い終える前に、碧の澄んだ声が教室中に響いた。「彼女は青木秋です。青は色の青、木は植物の木、秋は季節の秋です」その眼差しには、緊張と勇気が混じっていた。私はその真っすぐな瞳を見つめて、思わず笑みをこぼした。一輝はその様子を見て、顔色を変えた。まるで私に何かを確かめたいかのように、無理に笑いながら言った。「嘘だろ、秋。全部嘘だって、早く言ってくれ」巧美も信じられないような顔をしている。「ママ、あの人嘘ついてるんでしょ?」私は碧の澄んだ瞳を見つめた。そこには、期待と恐れが同時に宿っている。小さく息を吐くと、私は彼の肩に手を回して、柔らかく言った。「見たでしょ?彼、私がほかの男と話すのが嫌いなの。だから、はやく出っていって」「でも……」一輝が何か言おうとした瞬間、私はそれを遮った。「人を愛するっていうのは、しつこく縋ることじゃないの。相手を自由にしてあげることこそ、愛よ。この言葉、あなたに贈るわ。どうか、いつか本当にあなたを愛してくれる人を見つけて」その言葉を聞いた一輝は苦笑した。自分にもうチャンスがないことを、彼は知っていたからだ。だが、それは他人のせいでもない。一輝は巧美の手を引き、うつろな表情のまま去っていった。碧はうつむき、顔を上げられなかった。目には恐怖が満ちていて、ほとんど私の方を見ることもなく、ただぼんやりと立っている。その姿がなんだかおかしくて、私は思わず笑ってしまった。あんなに勇敢だったのに、今は一言も言えないなんて。「碧……」私が言う前に、碧は目を閉じたまま慌てて口を開いた。「さっきはただ助けたかっただけです。そんなつもりじゃなかったで

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    「あの不倫現場のこと?あれは私の家なんかじゃないわ。あなたは愛してるって口では言っていたけど、不倫していたとき、私のことを忘れたんでしょ?私たちが交わした約束も忘れたんでしょ?それから巧美、一輝の不倫を手伝っていたとき、私があなたの母親だって覚えてる?」私の鋭い視線に射抜かれ、一輝も巧美も、一言も発せなかった。一輝は何度も首を振り、目の奥で涙が滲んでいたが、巧美はすでに涙で顔をぐしゃぐしゃにしていた。だが、そんな光景を見ても、私の心には一片の哀れみも湧かなかった。むしろ、滑稽で仕方なかった。やってはいけないことをすべてやり尽くしたくせに、今さら哀れな顔をして、許してくれと泣きつくなんて、あまりにも馬鹿馬鹿しい。もしそれで許せるなら、私も堂々と不倫していいわけか?ごめんなさいと一言言えば、すべて帳消しになるのか?「違うの、そんなつもりじゃないの、ママ。パパは本当に、本当にママを愛してるの。私もママを愛してる!お願い、パパを一度だけ許してあげて!」私は巧美の手を力いっぱい振り払い、冷たい声で言った。「離して。あなたたち、見ているだけで吐き気がする。最後にもう一度だけ言う。木村一輝、木村巧美、私はあなたたちと何の関係もない!もう終わりよ!」その言葉を聞いた瞬間、一輝と巧美の顔は真っ青になり、力が抜けたように地面へ崩れ落ちた。私は一切の同情を抱かなかった。ここまで騒ぎになってしまっては、授業も続けられない。彼らが私を探し出すかもしれないとは思っていたが、こんなにも早く来るとは予想していなかった。外で見物していた年寄りたちが、私をぐるりと囲み、あれこれとうわさしている。どうやら彼らは、不思議に思っているらしい。こんな平凡な私が、どうして一輝のような立派な男に選ばれ、しかも彼の娘まで産むことになったのか。実は、私自身もわからない。もし一輝が本当に私を深く愛していたのなら、最初から裏切るはずがない。裏切りを選んだくせに、どうして今さら私にすがりつくの?どうして、そんな見せかけの芝居をするの?私は理解できなかったが、心の中ではすでに決めていた。もう二度と彼らの前には現れない。私と彼らの関係は、これで本当に終わりだ。一輝は私の腕を力いっぱい掴んで離さず、歯を食いしばって顔を

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    物資が乏しく、交通も不便な彼らに比べれば、私たちの生活はすでに恵まれている。それなのに、何を不満に思う必要があるのだろう。そう考える間もなく、碧の声が再び耳元で響いた。「安心してください。どんな危険や問題があっても、僕が先生を守ります」私が彼の方を見ると、その瞳には揺るぎない決意が宿っている。その様子に、私は思わず微笑み、彼の頭を優しく撫でた。もしかすると、ここに留まるという選択も悪くないのかもしれない。少なくとも、この土地の人々は誠実で、私を欺くことはない。ところがある日、私が授業をしていると、思いがけない二つの影が私の前に現れた。「ママ!」「秋、やっぱりここにいたんだな」久しぶりに見る一輝と巧美の姿は、今まで見たこともないほどみすぼらしかった。昔の一輝は王子のように気品があり、何事にも余裕を見せていた。だが今の彼は、髪を肩に無造作に垂らし、目に赤い血管が浮かんでいる。しかも、目の周りにはくっきりとしたクマがあり、かすかに見えた。巧美もかつてはいつも清潔で明るく、プリンセスのようだった。しかし今は泥だらけで、みっともない姿になっていた。私は彼らと話す気などなかったが、二人は私のそばに駆け寄ってきた。一輝は必死に私を抱きしめ、何もかも構わずに嗚咽した。「どうして俺を置いて行ったんだ。俺の気持ちを知っていたはずだ。秋、俺は本当にお前を愛している。心から愛している。お前がいなければ生きていけない」「ママ、なんで巧美をいらないの?ママ!」教室の子どもたちは驚いてこちらを見つめた。碧は動揺した表情を浮かべ、どうしていいか分からない様子だ。それを見ると、私はうんざりして眉をひそめ、一輝と巧美を力強く突き放した。「木村さん、言動を慎んでください。私たちはもう何の関係もないわ。他の人に誤解されるよ」一輝は信じられないように目を見開き、それから無理に笑って言った。「やめてくれよ、秋。お前は俺に三年間もアプローチしていた。そして、俺たちは七年間も一緒に暮らしてた。もう十年も一緒に生きてきた。俺にとって、お前は大事な人だ。お前もそうだろ!俺の過ちに怒っているのは分かってる。本当に悪かった」そう言って、彼は情深い眼差しを向けた。「昔、お前が俺を三年追った。だから今度は俺が十

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    日々が過ぎるにつれ、私は彼とともにここを隅々まで歩き回った。時折、以前の友人から手紙が届くことがあった。彼らによると、私が去って以来、一輝と巧美はまるで正気を失ったかのようだったという。彼らは毎日のように私の所在を尋ね、何度も政府機関に押しかけたが、結局、何も解決しなかった。一輝は思乃を振り切り、さらに彼女の腹の子も中絶した。そして、町中の人々の前で私に謝罪した。彼は浮気はすべきではなかったと言った。また、私の愛を当てにして無遠慮に振る舞うべきではなかったとも言った。巧美は毎日泣きながら、もう二度と飴を食べず、私の言うことを聞くべきだと後悔した。その時から、町中の人々の彼らへの印象は一変した。一輝はクールな社長から、クズ男になった。巧美も恩知らずとして嫌われる存在となった。さらに一輝の会社も影響を受け、株価は大幅に下落した。しかし一輝は気にせず、町中の広告板を買い占めてまで、私に謝罪しようとした。彼は、私を取り戻せるなら、何でもすると言った。私は一輝がなぜこんなことをするのか理解できなかった。彼が私を裏切ったくせに、なぜ愛しているふりをするのか。親友たちは、一輝と会って話をしてみたらどうかと勧めた。しかし私はすでに彼に明確に伝えていた。彼に裏切られたら、私は徹底的に関係を断ち切り、彼の世界から消える。複雑な思考を振り払い、私は目の前の美しい湖を見つめる。心のもやもやをそのまま、手元の石を湖に投げ込むと、水面に波紋が広がった。「機嫌が悪そうですね。もしよければ、話してくれませんか?」耳元で泉のように澄んだ声が聞こえた。私は一瞬驚き、振り向くと、碧の顔に微笑みが浮かび、私を見つめている。彼の深い茶色の瞳を見つめ、私は少し呆然とした。恋とは関係なく、ただ湖のように澄んだその美しい瞳に、私は心を奪われた。私に見つめられて少し恥ずかしそうに、彼は視線をそらした。その様子を見ると、私は自分が少し失礼だったことを悟り、慌てて笑顔で謝った。謝ろうとした瞬間、彼は私の隣に腰を下ろした。とても近く、彼のほのかな香りが漂ってくる。「ここは聖なる湖です。年配者によれば、心から願い事をすれば、どんなことでも叶えてくれるそうです。この湖は僕たちの信仰であり、希望でもあります」彼は

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    やがてここはまるで監獄のようになった。校長によれば、私は過去七年間で唯一、自らここを選んだ人間だ。その話を聞き、私はふと胸に一抹の罪悪感を覚えた。なぜなら、私は単純にここで教育支援をするために来たのではなく、ただ、一輝と巧美から十分に離れられる場所を探していたからだ。私は校長に従って学校に来たが、ここが思っていた以上に厳しい状況であることに驚いた。黒板は木の杭で固定された巨大な石だ。石の上に文字を書くため、その横には多くの炭が置かれている。教室は、木造のぼろぼろの小屋に設けられている。ボロボロの服を着た数人の子どもたちがその中に座っている。講壇の前では、老人がよろよろと立ち、全力を尽くしても黒板にうっすらとしか跡が残らなかった。「子どもたちの両親は毎日忙しい。昼間、子どもたちはここに預けられて勉強している。夜になったら、両親が子どもを連れて帰る。あなたたちが教育支援を選んだのは、キャリアのためだと知っている。しかしここでやり続けることは、とても困難だ」ここを学校と言うよりも、むしろ保育所に近い。私は諦めようかとも思ったが、ほんの一瞬でここに留まる決意をした。子どもたちの怯えた視線を受けながら、私はゆっくりと黒板の前へ歩み寄った。そして、炭を手に取り、石の黒板に自分の名前を書いた。「先生は青木秋(あおき あき)です。青は色の青、木は植物の木、秋は季節の秋です。これから私は、皆の先生です。さて、先生の名前、誰が教えてくれます?」私は励ます気持ちを込めて、子どもたちの方を見つめた。学ぶこと自体は難しくない。だが、彼らの目に映る怯えや、何度も拒絶され続けた後の自己卑下を消すことは難しい。誰も口を開かなかったが、私は焦らず、微笑みながら見つめ続けた。しばらくすると、汚れた服を着ている子どもが手を挙げ、小さな声で言った。「先生は青木秋です。青は色の青、木は植物の木、秋は季節の秋です」彼はそう言いながら、石に私の名前を書いてみた。「その通りです。よくできました。知っている人はまだいませんか?」最初の子の後に、他の子どもたちも次々に声を出した。「先生は青木秋です。青は色の青、木は植物の木、秋は季節の秋です」子どもたちが競うように答えるのを見て、私は微笑み頷いた。し

  • 無言の愛   第6話

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