LOGIN入籍する前日、私、桜井紬(さくらい つむぎ)はリフォームが終わった家を綺麗に飾りつけていた。 チャットグループで、高峰祐大(たかみね ゆうだい)の幼なじみである天野詩織(あまの しおり)から私は突然メンションされた。 【桜井さん、リフォームする家を間違えてますよ。その家の向かい側が、あなたと祐大が暮らすお家なのに】 私はそのメッセージを見た瞬間、呆然としてしまった。 どういうことか彼女に尋ねるまえに、祐大から電話がかかってきた。 「俺、鍵を間違えたっぽい。あの家は詩織の家だ。時間がある時に、向かい側の家をもう一度君の好みにリフォームしてくれよ。俺が金を出すからさ」 祐大がわざと私を弄んでいると分かり、私は返事をしなかった。 一度購入した家を、自分の好きな内装の部屋にしようと思い、リフォームには2年もの時間を費やした。その設計図は業者と連絡を取り合って、何度も自ら手直しした。それなのに、彼が今になって鍵を間違えたと気づくはずがない。 電話の向こうの雑音がひどく、それに混ざって詩織の声も聞こえてきた。 「私の勝ちよ!ほらね、桜井さんはお金にがめつい人だって言ったじゃん。あなたと喧嘩しようなんて思うわけないわよ。ここぞとばかりに、リフォームを理由にして、あなたからがっぽりお金を取る気よ。祐大、あなたの新車、私のものだからね。 次の賭けは、明日結婚手続きにあなたが遅刻して行って、桜井さんがどんな反応を示すかよ」 この時スマホが震えた。 なんと詩織はグループ内で賭けを始めたのだ。 祐大は彼女をとめようとしないばかりか、私が【怒らない】に2000万円賭けた。 【怒らない】、【結婚を迫る】、【金を要求する】など様々で、他の選択肢に賭ける人もちらほらいた。 ただ【別れを選ぶ】に賭ける人は一人もいなかった。 私は苦笑いし、画面をタップして、同じく2000万円賭けた。 私が選んだのは祐大との【別れ】だった……
View More私は岳の傍まで行き、二人のピリピリした空気を感じ取った。何があったのか尋ねようと口を開いた瞬間、祐大のほうが先に話し始めた。「来たんだね。インタビューは予定を早めて始めてもいいだろうか?みんなスケジュールがきついから」私は異論はなく、頷いた。ビジネス界の大物のスケジュールが分単位で詰まっていることは常識だ。予定を早めて取材をするのも規定の範囲内と言える。それに、そもそも私は今日、仕事のためにここに来たのだから。岳は私のほうへ手をさし伸ばし、軽く私の手の甲を叩いた。「行っておいで、ここで君を待っているから」私は頷いて、取材用のノートを手に、祐大の後ろから貴賓室へと向かった。数歩進むと、彼は突然顔を横に向けて、声を抑えてこう言った。「君の婚約者は度量が大きいんだな。元カレの俺と二人っきりになるのも気にしないのか?」探るような言い方に皮肉を感じ取ったが、私はただ淡々と一言返した。「彼はずっと私の気持ちを大事にして、仕事に理解を示してくれているの。公私混同はしないのよ」私のこの言葉が祐大を黙らせた。彼はぎゅっと拳をつくり、それ以上何も言わなかった。そして黙ったまま、貴賓室のドアを開けた。「高峰社長、それではインタビューを始めましょうか」さっき私が言った公私混同しないという言葉が彼の胸に刺さったのだろうか。祐大は私を困らせてくることはなかった。インタビューを受けている間、彼はずっと集中して受け答えし、本筋から逸脱するような話をすることはなかった。ただ、終わって去る時に、祐大は突然私を呼びとめた。「紬、さっきは俺にたくさん質問しただろう、今度は俺が尋ねてもいいか?」「どうぞ」彼は何度も唾を飲み込み、悔しそうに言った。「どうしてあいつで、俺じゃないんだ?俺のどこがあの男に劣ってる?どうして俺たちじゃダメなんだ?」私は冷たく鼻で笑い、取材用のノートを閉じた。「高峰社長、本気であなたが私を大事に思ってくださっているのなら、そのような質問はしなかったでしょう」そう言い終わると、私は立ち上がってドアを押し開けようとした。「紬、俺たち本当に……少しも可能性は残ってないのか?」私は首を横に振った。「少しもありません。私はもう前を向いて歩いています。あなたも同じように、振
海外へ行ってから、私は祐大とは、ずっとつかず離れずの距離を保っていた。彼は1ヵ月か2ヵ月おきに、メッセージを送ってくる。【最近こっちは寒くなってきたんだ。君のほうも寒い日は多めに着るようにね】と、メッセージを送ってくることもあれば、私たちが結婚して暮らす予定だったあの新居の写真を送ってくることもあった。彼も多く語ることはなく、写真を送ってくるだけだった。まるで以前交わした約束を今でも一人で守っているかのようだった。彼からメッセージが届くと、私は数日から半月ほど経って、短く返事をしていた。【どうも】【元気よ】【あなたもね】祐大もそんな短いメッセージにしつこく何かを返すことはなく、二人海を隔てた薄い関係が続いた。経済新聞には、いつも高峰グループの情報が載っていた。ある時、彼は新聞の一面を飾ったり、ある時は彼がインダストリーサミットに出席した際の写真が掲載されたりもした。以前の彼はインタビューを受ける時にはいつも、無意識に偉そうな雰囲気を醸し出していた。ここ2年でその雰囲気はだいぶ消えていた。前回見たインタビュー動画では、司会者が経営管理の核心について尋ねていた。祐大は数秒ほど沈黙してから口を開いた。「大事にすることです。規則を重んじ、一人一人を尊重するんです」スマホ画面をタップする指を一瞬止め、お勧めで上がってくるニュースを閉じ、引き続き自分のインタビュー構成案を書いた。2年間の課程を終え、私は指導教授に紹介してもらったこの国で最も有名な経済関連メディアに就職した。そして本格的にデプスインタビューを行うジャーナリストとして活動を開始し、主に金融・経済分野を専門とした。専門性に加え、業界の暗黙のルールに果敢に挑む鋭い質問を駆使したことで、私はたちまち業界内で頭角を現した。来週の業務予定には、太字で書かれた重要な仕事がある。【高峰グループCEO・高峰祐大氏の特別インタビュー】私は画面に映るその名前を見て、パソコンを閉じた。そのインタビューは、今回のレセプションが終わってから2時間、時間が取ってある。しかし、私は少し用があって、遅れてしまった。会場に到着した時には、レセプションはすでに後半だった。シャンパンタワーがシャンデリアの光をキラキラと反射する中、私は大勢の中に祐大を見つけた
祐大は私の言葉を聞くと、背中を丸めて立ち上がり、外へ出ようとした。「祐大!」私は突然彼を呼びとめた。その瞬間、暗く落ち込んだ彼の瞳が輝いた。「家の鍵を返してくれる?2ヵ月したらこの部屋は退去するから」その言葉に彼は落ち込んだ様子で頭を重たく下げ、ポケットから鍵を取り出して、玄関にあるシューズボックスの上に置いた。それから玄関のドアが穏やかに閉まった。カチャっという音とともに、部屋の中は静かになった。彼とは6年付き合い、結婚する手前までいった。やはり、私は涙を堪えきれなかった。それでもすぐに涙を拭った。とてもつらかったが、絶対に後悔したりしない。別れてから3ヵ月、家の中はうっすらと埃が積もり、長期間置かれていた日用品の多くもなんとなくカビっぽい。必要なものは一気に全て買い替えた。翌日の朝、私は付近のスーパーへ買い物に行った。レジを出たところで、詩織に出くわした。互いに客としてここにいたのではない。詩織はスーパーの店員の制服を着用し、レジに立って、ある客のカゴの中にある商品をバーコードスキャナでスキャンしていた。視線が合った瞬間、私たちはともに一瞬驚いた。すると彼女はすぐに顔を下に向け、バーコードスキャナを持って私のカゴの中にある商品をスキャンし始めた。彼女はずっと顔をあげることはなかった。私も黙っていた。そして暫くしてから、詩織は顔をあげて、目を真っ赤にさせて私を睨みつけてきた。悔しそうな声に、トゲトゲしさが混ざっている。「いい気分でしょうね?あなたが去ってから、すぐにうちは大変なことになったわ。あなたはいいわね。約束通り帰ってきたのでしょう?祐大が私を助けてくれないのはまだしも、毎日毎日あなたを追いかけ回してさ。口には出さないけど、心の中ではスッキリして、ざまあって思ってるんでしょうね」私は無表情で、淡々と言った。「別にいい気味だなんて思ってないけど。私は彼とは完全に別れた。あなたの家についてだけど、ビジネスの世界には勝ち負けが存在するって、それは当然のことでしょ」私は視線を詩織に向けた。彼女が着ている服の袖は毛玉ができ、スニーカーには泥がついている。また、髪は手入れがされておらず、枝毛もできてパサパサだった。「以前あなたが使ってきた姑息な手段、私にと
私と祐大はソファの両端にそれぞれ座った。私たちの距離はローテーブルの半分ほどの長さしかなかった。祐大が先に口を開いた。「ごめん、あの時は君で賭けをするべきじゃなかった。それに、君の事を俺が勝手に決めるべきでもなかった」私は首を横に振った。「いいよ、私だってあなたに謝らなきゃ。何があったとしても、人を叩くなんて間違ってた。頬……まだ痛む?」祐大はまだ涙が滲んだ瞳で、私を見つめた。「そんなのとっくに痛くないさ。紬、離れてからまだたった3ヵ月だっていうのに、俺たち、なんでこんなによそよそしくなったんだ?天野さんの家を買ったんだ。見に行ったよ。部屋中君が綺麗に飾りつけてくれたんだね。カーペットも君が選んでくれたんだ。リフォームの設計図だって、君が何度も満足できるまで手直ししてくれた。本当にすまなかった。君があんなに心血を注いで努力してくれたのに、からかうような真似をして。俺たちの関係まで賭けにしたのも間違ってた」私は淡々と笑った。「いいよ、もう過ぎたことだし」祐大は、その言葉に刺激を受けたように勢いよく顔をあげて、焦った声で言った。「もう過ぎたことってどういう意味だ?俺たち、こんなんで終わるわけにいかない!紬、俺が間違ってた!俺が君を大事にしてなかったって、あの言葉の意味はもう理解したよ。すぐに、もとの会社に復帰できるように手配するから。今後二度と君の仕事に口を挟んだりしない。それから、あのグループの誰にも、俺たちの関係を賭けたり、金にがめついとか言わせないから」私はため息をついて、彼に視線を向けた。ただ、とても残念に思う。「祐大、もう遅いの。私はもうあなた達からどう見られるかなんて、どうでもよくなった。実際、私は昔から誰から自分をどう言われようと気にしてなかった。だから、以前彼らが何度も私をからかって楽しんでも、本気で気にしたりしてなかったの。私はただあなたの態度を気にしていただけ。何度もあなたに言ったけど、まったく相手にしてくれなかったじゃない。そして、あなたがやっと理解した時には、私はすでにあなたから離れることに決めてしまった」その言葉に顔を真っ青にした彼を見つめ、私ははっきりと伝えた。「高峰祐大さん、私、本気であなたと別れるつもりよ」彼はその瞬間言葉に詰まり、まだ何か言い