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第13話

Author: ザクロ姫
もし自分が、家庭のためにダンスの道を諦めなければ。

もし自分が、こんな足にならなければ。

今頃、舞台に立つのは真奈美ではなく、自分だったはずなのに。

椿は、鼻で笑いながら嫌味っぽく言った。「彼女は強がって言ってるだけよ。あなたには敵わないんだから、気にすることないからね」

「うん!真奈美おばさんはダンスが一番上手だもん」浩は無邪気に言った。「僕のママはただの主婦だから、ダンスしてるところなんて見たことないよ」

浩はぱちぱちと瞬きをしながら翔平に尋ねた。「おじいさん、ママもダンス上手だったの?」

「ただのまぐれさ。若さと運だけで賞を取っちゃったけど、どうってことないさ」翔平は浩の頭を撫でながら言った。

それを聞いて杏奈は、爪が食い込むほど強く拳を握りしめた。

ダンスのために、どれだけたくさんのトゥシューズを履きつぶしたことか。

血が滲むほど、足の指の皮が何度も剥けた。

みんなその努力を見てきたはずなのに。それなのに、ただ運がよかっただけだなんて。

必死の努力で掴んだ成功を、そんな軽々と一言で片付けられてしまった。

杏奈は冷たく顔を上げた。この家族の本性が見えた気がした。

「本当に運が良かったなら、こんな足にはなってないよ」しばらくして、彼女はふっと笑った。そして淡々とした口調で、竜也に視線を向けた。「そう思わない、竜也?」

竜也の目に、一瞬気まずそうな色が浮かんだ。彼は固く唇を引き結び、その横顔はこわばっていた。

竜也は眉をひそめ、不満げに言った。「杏奈、神経質になりすぎだ。真奈美はお前にアドバイスが欲しかっただけだろう。あんなことになるなんて、誰も予想してなかったんだ」

その偽善的な態度に、杏奈は笑いそうになるのを必死でこらえた。

この久保家という場所は、どこもかしこも薄汚いのだ。ここにいると、吐き気がしてくる。

そう思うと、彼女はテーブルに手をついて立ち上がった。「ご馳走様」

椿はさっと顔色を変え、怒鳴りつけた。「何その態度、ずいぶん偉くなったじゃないの?親にたてつくなんて。今まで久保家に育ててもらった恩を忘れたの!」

真奈美も続いた。「お姉さん、そんなにひねくれないでよ。みんなで楽しくすればいいじゃない。どうしてそんなにトゲのある言い方するの?昔から全然変わってない!前にわざと私を水に突き落としたことだって、お母さんには言
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