Share

狂った天秤から降りた花嫁
狂った天秤から降りた花嫁
Author: マリモ

第1話

Author: マリモ
「この浴室、ちょっと味気ないよね。もう少し大きなバスタブを入れたらいいのに。疲れたときにゆっくりお風呂に浸かれるし、あたし、お風呂に入るの大好きなんだ」

葵衣は浴室の入り口に立ち、いかにも不満そうな顔をしている。

いらいらして、何か言い返すより先に、京助が迷いもなく答える。

「もちろんいいよ。俺も大きなバスタブのほうが好きだし、ゆったり浸かれるからな」

そして、思い出したように私を見る。

「そうだよな、花凛?」

京助が先に答えを決めてから、私の意見を聞くのは、これで何度目だろうか。

意見が同じなら、みんな満足。意見が食い違えば、多数決。これまでの投票でも、いつだって負けるのは私だった。

……

3日前のことだ。猛烈な台風が吹き荒れる中、私は空港の出口で足止めされていた。一人では帰れそうになく、京助に電話をかけて迎えに来てほしいと頼んだ。

しかし、電話の向こうでは三人が何やら相談している。

「葵衣が今から夜食を食べに行きたいって。2日も前から予約して、やっと取れた店なんだ。悪いけど、タクシーで帰ってくれないか」

その直後、スマホに投票結果が送られてきた。【葵衣と夜食を食べに行く、3票で決定】

その夜、私は空港で一晩を明かすことになった。

……

手を強く握りしめながら言う。

「いいじゃない。葵衣の好きなようにして。でも、結婚はやめるわ」

リビングが、水を打ったように静まり返る。京助は眉をひそめ、不機嫌そうに私を睨みつける。

「こんなことで、結婚をやめるのか?

内装は多数決で決めてきたんだろ。自分の思い通りにならないからって、そんな嫌味を言うなよ」

兄の表情も冷たく強張る。

「葵衣は他人じゃないだろ。姉なんだから、妹のために少しくらい大きなバスタブを入れてやったっていいじゃないか」

部屋を見渡す。目の前に広がっているのは、私が思い描いていた新居とは似ても似つかないものだ。

葵衣が欲しがったウォークインクローゼット、葵衣が気に入った大きな窓、そして今度は、葵衣が欲しがるバスタブまで。誰も気づいていない。ここが、私のための新居だということに。

重苦しい空気を感じ取ったのか、葵衣が甘えるように私の腕をつかむ。

「お姉ちゃん、ごめんね。やっぱりこれだけは我慢するから、怒らないで……」

京助はすぐに葵衣を自分の後ろへかばうように引き寄せる。

「放っておけ。多数決の結果なんだ。負けた腹いせに駄々をこねるなんて、お門違いにも程がある」

兄も頷き、すぐさま内装デザイナーに、あのバスタブを設置するよう指示を出す。そのせいで、残ったスペースには私が注文していた鏡も棚も置けなくなった。

まるで三人が肩を寄せ合っているせいで、私の居場所だけが最初から用意されていなかったみたいだ。

でも、もう無理に入り込むつもりもない。スマホを取り出し、海外研修の案内を開く。参加者の一覧に、自分の名前があることを確認する。そして、上司へメッセージを送る。

【郷田社長、海外研修の件、お受けいたします】

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 狂った天秤から降りた花嫁   第8話

    京助は呆然と私を見つめている。まるで、私の言葉も、今の私の態度も信じられないとでもいうように。でも、ここまで来たら、もうこれ以上話すことはない。京助が我に返った時には、私はすでに背を向けてその場を離れていた。翌日、インターホンが鳴る。宅配便かと思い、すぐにドアを開けるが、そこに立っているのは、兄だ。「花凛、やっと見つけた!」私が反応するより早く、兄は私を強く抱きしめ、声を詰まらせる。「この数ヶ月、本当に辛かった。お前がもう俺を兄だと思ってくれないんじゃないか、本気で怒ってるんじゃないかって……」昔から、兄は私を怒らせるたび、こうして自分から謝りに来た。そして私も、そのたびに彼を許してしまっていたのだ。しかし今回は違う。力いっぱい腕を振りほどき、静かに兄を見つめる。「もう、来ないで」兄は虚を突かれたように固まる。「な……何?」信じられないという目を真正面から見返しながら、はっきりと告げる。「もう二度と、関わらないでって言ったの。あんたなんて、兄じゃない」兄の唇は小刻みに震え、言葉がうまく出てこない。「俺が……あのことを話したからか?あれは本当に、つい口を滑らせただけなんだ。葵衣がそんな計算高い女だとは思わなかった。まさか、あの動画をお前に見せるなんて……あいつは最初から、俺たちの仲を引き裂こうとしてたんだ。だから、あいつの思い通りにさせるわけには……」もう、その言い訳を聞く気にはなれない。兄を追い返そうとした。その時、スーツケースを提げた京助が後ろから歩み寄ってきて、兄の腕をつかみ、私から引き離す。「これ以上花凛を困らせるな。彼女は今混乱してるだけだ。落ち着けば、そのうち帰国するはずだ」次の瞬間、兄は京助を突き飛ばす。「いい加減、善人ぶるのはやめろ!葵衣と裏でコソコソやってたことくらい、とっくにバレてるんだよ。お前は最初から、あいつに下心があったんだろ。あの日、二人きりで寝室にいたのが何よりの証拠だ!」京助は眉をひそめ、慌てて私に言い訳する。「あれは本当に誤解なんだ。俺が他の女を好きになるわけないだろ?信じてくれ」淡々と返す。「私がまだ、そんなことを気にしてるように見える?」兄が京助の顔を殴りつける。「全部お前のせいだ!お前が花凛を傷つけて、海外に追いやったんだ

  • 狂った天秤から降りた花嫁   第7話

    海外の赴任先で働き始めてから、私の人生は少しずつ良い方向へと動き始めていく。最初は、頭の中で、研修を断るための言い訳を何度も考えていた。京助との関係にひびが入るのではないか、兄を心配させるのではないかと恐れていたからだ。だが今はもう、彼らが仕掛けた悪趣味な多数決ゲームから、自分が理不尽に切り捨てられるのを、怯えながら待つ必要はない。自分の意志で、より明るい未来へ踏み出したのだから。オフィスで書類を整理していると、郷田社長から電話がかかってきた。「君の婚約者から連絡があった。行方を知りたいらしくて、かなり焦っているようだ」卓上カレンダーに目をやると、今日は、もともと結婚式を挙げる予定だった日だ。京助が親族や友人たちを引き連れて、式場の入り口で立ち往生している姿が目に浮かぶ。あるいは、先日のリハーサルの時のように、葵衣を花嫁の代役に立てているかもしれない。どちらにせよ、もう私には関係のないことだ。「今はただ、ここで静かに仕事を続けたいんです」社長は深く追及することなく、理解を示してくれる。「まあ事情はどうあれ、会社として君の滞在先は伏せておく。誰にも知られることはないから、安心しなさい」礼を言って電話を切る。その直後から、スマホには大量のメッセージと着信が雪崩れ込んでくる。京助から、そして兄からだ。百件を超える不在着信。それでも、一度たりとも出る気にはなれない。もう彼らの人生に入り込むつもりはない。葵衣が望む幸せな物語に、私が関わる必要もない。二人の番号を着信拒否にして、そのままスマホから削除する。そして3ヶ月が過ぎる。私は異例の早さで昇進を果たし、かつての人たちや出来事も、少しずつ記憶から薄れていく。会社と自宅を往復するだけの単調な毎日だが、以前よりもずっと充実している。だがそんなある日、仕事帰りの道すがら、見覚えのある人影が再び私の前に姿を現す。京助がゆっくりと近づいてくる。その足取りには、かつての迷いのない力強さはもうない。「花凛、どうして電話にも出ないし、メッセージも返してくれないんだ?俺、必死に探して……やっとここを見つけたんだぞ」彼の声はかすかに震えている。それとは対照的に、私の心は驚くほど静かだ。「何か用?」よそよそしい口調に、京助は一瞬言葉を失う。そして、信じられ

  • 狂った天秤から降りた花嫁   第6話

    次の瞬間、京助の手からスマホが滑り落ちる。床に落ちたスマホのスピーカーからは、秘書の声がなおも響き続けている。「花凛さまは海外で永住権まで申請するつもりのようです。もう帰国されるつもりはないのかもしれません」奏人は思わず目を見開く。「帰ってこない、だと?」そのまま葵衣の腕を掴み上げる。「お前、花凛が芝居をしてるって言ったよな?それなのに、どういうことだ?」両親も、あまりの衝撃に気を失いかける。「今すぐ花凛を連れ戻してきなさい!花凛を追い詰めて、戻れないようなことにしたら、絶対に許さないぞ!」京助は胸に飾っていたブートニアをむしり取り、すぐさま式場を飛び出そうとする。葵衣が彼の腕にすがりつき、ポロポロと涙をこぼす。「お願い、あたしを置いていかないで……みんな、あたしが花嫁だと思ってるのに、ここで置いていかれたら、大恥をかいちゃうわ……」京助は初めて、葵衣の手を乱暴に振りほどき、こらえきれない怒りをぶつけるように怒鳴りつける。「結婚式なんかを気にしてる場合か!花凛が本当にいなくなったなら、それどころじゃないだろ!」そう言い捨てると、振り返りもせず会場を飛び出していく。葵衣は後を追おうとしたところで、奏人に腕を掴まれる。「お前は嘘をついたのか?花凛がそんなこと言うはずないと思ってたんだ!俺が戻ってきたら、全部話してもらうからな」奏人は葵衣をキッと睨みつけると、そのまま背を向ける。ウェディングドレス姿の葵衣だけが、式場に取り残される。客たちは好き勝手に噂し始める。「まさか、花嫁じゃなかったなんて。偽物だったのね」「お姉さんの結婚式を乗っ取ったあげくに、ドレスまで勝手に着るなんて、よくそんな厚かましいことできるわよね」「ほら、顔が真っ青になってる。ふふっ」その言葉が耳に入るたび、葵衣の顔が強張る。やがて我慢できなくなったようにベールを乱暴に引き剥がし、足を踏み鳴らす。「うるさい、うるさいよ」……一方、花凛の勤める会社へ駆け込んだ京助は、血相を変えて怒鳴っている。「責任者はどこだ!花凛はどこへ行ったんだ!」騒ぎを聞きつけて人事部長が現れ、落ち着いた口調で答える。「社員との契約上、お答えすることはできません」京助は拳を強く握りしめる。どうしようもない無力感が、押し寄せてくる。遅

  • 狂った天秤から降りた花嫁   第5話

    電話の向こうから、淡々と告げられる。「最上は海外研修への参加を決めた。これから5年間は帰国しない予定だ」「……は?」京助の顔が強張る。電話の向こうは続ける。「これは最上自身が決めたことだ。これからのキャリアを考えても、いい判断だと思う」激しい耳鳴りがして、京助には、もう電話の内容がほとんど頭に入ってこない。「でも……今日は、俺たちの結婚式……」奏人も、信じられないといった様子だ。「花凛は昔から俺のそばにいたんだ。そんなあいつが、一人で海外に行くなんて……」呆然とする二人の様子を見て、葵衣は狡猾な笑みを浮かべ、驚いたふりをして口を開く。「やっぱり……さっき、お姉ちゃんから電話があったの。自分が姿を見せなければ、今日の結婚式は絶対にできないって。そうなったら、みんながあたしを恨むことになる。そうして、お姉ちゃんは堂々とあたしを家から追い出せるって」そう話すうちに、葵衣の声はどんどん弱々しくなる。鼻をすすり、今にも泣き出しそうな顔を見せる。その言葉を聞いて、疑念がよぎる。「花凛が、本当にそう言ったのか?」葵衣はスマホを取り出し、着信履歴の画面を見せる。「ついさっきだよ。お姉ちゃんからかかってきたの……」表示された着信履歴を目にした瞬間、京助は思わず奥歯を噛みしめる。「いつから、あいつはこんなふうになったんだ……まるで別人じゃないか」奏人も眉をひそめながら言う。「本当に家を出ていく覚悟を決めたのかと思ったのに、まさか、全部あいつの自作自演だったってことか?」そうこうしている間にも、客が次々と式場に到着し始める。誰もが、葵衣こそが今日の花嫁なのだと思い込んでいる。そこで京助は、誰もが驚く提案を口にする。「あいつは、自分がいなければ結婚式を挙げられないと思ってるんだろ?だったら、葵衣が代わりに花嫁になればいい。そのとき、後悔するのが誰なのか、見てみようじゃないか」周囲の人々は戸惑い、顔を見合わせる。しばらくして、京助が手をあげる。「今回も、多数決で決めよう。葵衣が花凛の代わりに花嫁になることに賛成の人は、手を上げてくれ」結局、その場にいた全員が、葵衣を「代役の花嫁」とすることに賛成していた。葵衣は口元に浮かぶ笑みを隠しきれないまま、ずっと夢見ていたあのウェディングドレスに身を包む

  • 狂った天秤から降りた花嫁   第4話

    寝室では、葵衣が露出の多いキャミソール姿で立っていて、京助も下半身にバスタオルを巻いただけの格好で、葵衣に手を伸ばしている。あまりにも現実離れした光景に、頭が真っ白になる。「二人とも……何してるの?」京助は弾かれたように手を引っ込め、明らかに動揺している。「誤解するなよ。葵衣が着替えに来たんだ。ゴキブリが出たっていうから、手伝ってただけだ。俺もちょうどシャワーを浴びてたところだったから、とりあえずバスタオルだけ巻いて飛び出してきたんだ」そんな白々しい言い訳を聞いても、もう何の意味もない。京助の横を通り過ぎ、黙々と荷物をまとめ始める。すると、京助が私の手首をつかむ。その目には、苛立ちが浮かんでいる。「いちいち大げさなんだよ!お前、考え方が歪みすぎだろ!」京助の怒鳴り声を聞きつけ、階下にいた客たちまで駆け上がってくる。その場の空気が一気に気まずくなる。京助は慌てて葵衣の服を整え、彼女を自分の腕の中へかばうように抱き寄せる。そして私を指差した。「ただの家政婦が勝手に入ってくるな。次にこんなことをしたら、クビにするぞ!」全員の冷ややかな視線が私に突き刺さる。「やっぱり家政婦だったのね」「さっきはリハーサルを邪魔しただけじゃなくて、今度は雇い主の寝室にまで勝手に入るなんて……本当に気味が悪いわ」私はその場に立ち尽くす。突き刺さる視線に、まるで自分のすべてをさらけ出されたような気がする。兄は慌てて荷物をまとめ、私の腕を引いて階下へ連れていく。「しばらく外で頭を冷やしてこい。この騒ぎが収まったら戻ってくればいい。葵衣は気が弱いんだ。姉夫婦の寝室であんな格好をしていたなんて知られたら、きっと耐えられなくなる」私は無様に床へ突き飛ばされ、投げ出されたスーツケースは、衝撃で無残に壊れてしまった。……5年前、京助がこの一軒家を購入した時のことだ。彼は私の両目を手で覆いながら、この家に連れてきてくれた。「ジャーン!ここがこれから俺たちが暮らす家だ。どう?気に入った?」嬉しくて涙がこぼれ、私は京助の胸に飛び込んだ。ここでずっと一緒に暮らそうと約束した。まさか5年後の今日、この家から追い出されることになるなんて。自嘲気味に笑い、立ち上がろうとする。そのとき、スマホに葵衣から動画が届く。画面の中では、

  • 狂った天秤から降りた花嫁   第3話

    翌朝早く、階下から聞こえてくる賑やかな笑い声で、私は目を覚ます。寝ぼけ眼をこすりながら階段を降りる。するとそこには大勢の客が集まり、葵衣があのマーメイドラインのウェディングドレスを身にまとい、京助の腕に手を添えて立っている。ボサボサの髪にパジャマ姿の私を見て、客たちはヒソヒソと品定めするように囁き合う。「あの女、誰?なんで新郎新婦の家にいるの?」「まさか、ストーカーとかじゃないわよね?」「家政婦だったりして!あはは!」京助が慌てて私のところへやって来ると、声を落として言う。「自分の結婚式のリハーサルだっていうのに、こんな時間まで寝てるなんて。葵衣が代わってくれて助かったよ。葵衣はお前のことを気遣って、式場を使わずにわざわざこの家でリハーサルをすることにしてくれたんだ。とりあえず、今日は葵衣に花嫁気分を味わわせてやろう。どうせ本番の式には、お前にも出てもらうんだから」一体どんな立場で出席させるというのか。愛人?それともストーカー?問い詰めるより早く、京助は続ける。「さっきみんなで多数決をとって、全員が賛成したことだから」京助や兄だけでなく、実の両親まで、葵衣に票を入れていた。葵衣は私に向かって、無邪気そうに何度か瞬きをしてみせる。「あたし、花嫁さんの気分をちょっと味わってみたかっただけなの。お姉ちゃんの結婚式のリハーサルを取っちゃっても、怒ってないよね?」自嘲気味に鼻で笑う。「怒ってないわ。なんなら、新郎ごと持っていってくれても構わないわ」京助の表情が一瞬で険しくなる。「俺に当てつけたいなら、そう言えばいい。葵衣に八つ当たりするなよ」兄が私の腕を掴み、まるで人目に触れさせたくないものでも隠すように、部屋の隅へ乱暴に引っ張っていく。「父さんたちも来てるんだぞ。お前、いつからこんなに聞き分けのない人間になったんだ?葵衣は身寄りのない子だ。ようやく、みんなに大切にされる喜びを味わえているんだぞ。葵衣の願いを叶えてやれば、父さんと母さんも喜ぶだろうが」両親が葵衣を家に迎えたあの日。みんなが私に言った。葵衣が来ても、私への愛情が減ることはない、と。それなのに今では、葵衣こそが家族の中心で、私は部外者なのだ。本物の花嫁である私は部屋の隅に追いやられ、京助と葵衣が皆の前で結婚指輪を交換するのをただ見

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status