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王子様系御曹司の独占欲に火をつけてしまったようです
王子様系御曹司の独占欲に火をつけてしまったようです
Author: 灰猫さんきち

01:3年目の結婚記念日

last update Huling Na-update: 2025-09-22 07:50:31

 とろりとした黄金色のシロップが、こんがりと焼けたフレンチトーストの上を滑り落ちていく。

 湯気の向こう、夫の圭介(けいすけ)はスマホの画面に釘付けだった。

 今日は結婚3年目の記念日になる。

 私こと相沢夏帆(あいざわ・かほ)は、いつもより少しだけ早く起きて、夫の好物を用意していた。

 それなのに、ダイニングテーブルに漂う空気はひどく冷めている。

「圭介、できたよ」

「ん、サンキュ」

 彼は画面から一瞬たりとも目を離さない。

 圭介の指は大切なものに触れるみたいに、なめらかに液晶の上を滑っていく。

 その仕草が、私の胸をちくりと刺した。

「今夜、楽しみだね。予約したレストラン、人気のお店だから」

「あぁ、そうだな」

 気のない返事。

 スマホの画面を見つめていた彼の口元が、ふ、と緩んだ。

 私にはもう、ずっと向けられていない種類の笑みだった。

(いつからだろう)

 圭介が、私を見て笑ってくれなくなったのは。3年は夫婦の時間を冷ますのに、十分な期間だった。

 スマホの画面の向こうには、一体誰がいるんだろう。

 問い詰める勇気なんて、今の私にはなかった。

「――というわけで、このコンペはうちが勝ち取りました!」

 所長の弾んだ声が、事務所に響く。同僚たちの間から、わっと歓声が上がった。

 この事務所は「Atelier Bloom(アトリエ・ブルーム)」という名前で、インテリアデザインを手掛けている。

 私は所属するデザイナー、兼、コーディネーターだ。

「やりましたね、夏帆さん!」

 同僚の一人が満面の笑みで手を差し出してくる。私はその手を取って、握手をした。

 私も、もちろん嬉しかった。

 この数ヶ月、必死で取り組んできた大型案件だったから。

 でも心のどこかが、素直に喜ぶことを拒んでいた。

 その少し前、デスクの上で震えたスマホに表示されたのは、圭介からの短いメッセージ。

『ごめん、急な仕事が入った。今夜のディナー、キャンセルで』

(仕事なら、仕方ないよね……)

 たったそれだけ。

 記念日だっていうのに、私の名前すら呼ぼうとしない。

 胸の奥が、ずきりと痛む。大丈夫。大丈夫よ。

 自分に何度も言い聞かせながら、キーボードを叩く手に力を込めた。

 コンペの件で興奮する同僚たちの声が、今はどこか遠かった。

 仕事を終えて、事務所を出る。

 街はきらきらと輝いていて、幸せそうな人たちで溢れている。

 それが、ひどく疎ましかった。

 冬の寒さはまだまだ続く。町行く人々はコートを着込んで、白い息を吐いている。

 気づけば、私の足は予約していたレストランへと向かっていた。

 馬鹿みたいだとは分かってる。

 でも、万が一。

 ほんの万が一でも、彼がサプライズで――あるいは「仕事」にきりをつけて、来てくれているかもしれない。

 そんな最後の望みにすがりたかった。

 レストランまであと少し。

 その時、通りの向こう側に見慣れた後ろ姿を見つけた。

 圭介だ。

 心臓がドクンと大きく跳ねる。

 やっぱり来てくれたんだ!

 駆け寄ろうとして、私はその場で凍り付いた。

 彼の隣には、知らない女がいた。かなり若い。まだ20歳そこそこだろう。

 華奢な肩を抱き寄せられ、圭介の顔を見上げている。

 二人は楽しそうに笑い合って――そして、唇を重ねた。実に自然で手慣れた動作だった。

(あの人は誰? いつからこんなことに……?)

 時間が止まったみたいだった。

 頭が真っ白になって、何も考えられない。

 ただ目の前の光景だけが、スローモーションのように焼き付いていく。

 建物の陰に隠れて、その場に座り込みそうになるのを必死でこらえた。

 全身の血の気が、さーっと引いていく。

 心臓が、氷の塊になったみたいに冷たかった。

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