LOGIN彼は再び軽く頭を傾け、かすかな笑みを唇に浮かべると、同僚たちを伴って会議室を後にした。 私はその場に立ち尽くしたまま、両手を黒檀のテーブルに押しつけていた。 そうしなければ、指先が震えていることを誰かに見抜かれてしまいそうだったからだ。 白檀と革の香りは、彼が去ったあとも、室内の空気に薄く残っていた。 アーニャが、好奇心と心配が入り混じった表情で近づいてきた。 「会議は順調に進みましたか、ヴァンス社長? なんだか、少し……」 「何も問題ないわ」 私は彼女の言葉を遮った。 自分でも予想していなかったほど、鋭く、冷たい声だった。 「要求の多い会議だっただけよ。今後の進展については、随時報告してちょうだい」 それだけ告げると、私はオリオン会議室を後にした。 誰もいない廊下に、ピンヒールが床を打つ音が銃声のように響き渡った。 一歩進むたびに、身体を動かすことそのものが努力を必要とした。 私の身体は、私を裏切っていた。 一つひとつの細胞が、スーツの下に隠された彼の存在を認識し、私がどれほど否定しようとも、彼を知っているという事実を突きつけてきた。 私の内側では、権力を握る女と、白昼堂々と自分の立場を思い知らされた所有物とのあいだで、意識が引き裂かれていた。 私は自分のオフィスへ戻ると、扉の鍵をかけた。 そしてようやく、背中を冷たいガラス窓に預けることができた。 その瞬間、恐怖と怒り、そして抑えきれない興奮が混ざり合った長い震えが、足先から頭のてっぺんまで全身を駆け抜けた。 彼は、ただ私の私生活に入り込んでいたのではなかった。 彼は、私の世界そのものに
そして、彼の番が来た。 カエルが私の前へ歩み寄り、手を差し出した。 私は礼儀として求められる、力の抜けた自然な握手を装いながら、自分の手を彼の手の中へ差し入れた。 指が触れた瞬間、熱が走った。 それは即座に広がり、圧倒的な強さで私の意識を侵食した。 彼の握り方は、決して強引なものではなかった。 それなのに、そこには明確な所有の意思が感じられた。 彼は私の手を振らなかった。 ただ、握ったまま離さなかったのだ。 そして、彼の親指が、私の人差し指の関節を一度、ゆっくりとなぞった。 意図的な接触だった。 誰にも気づかれないほど小さな動きでありながら、私にはその意味が痛いほど理解できた。 ここで、お前に触れている。 この人々の目の前で。 そして、お前には何もできない。 その無言のメッセージが、私の身体を駆け抜けた。 制御不能な震えが全身を襲いかけたが、私は必死に息を止め、それを押し殺した。 顔を上げると、緑色の瞳と視線がぶつかった。 そこに浮かんでいたのは、私があまりにもよく知っている、野性的で、原始的な満足の光だった。 自分の所有物が、周囲の人間たちの前で完璧に役割を演じているのを見届けた者の、あの所有者特有の眼差しだった。 「非常に……刺激的な協業となりましたね、ヴァンスさん」 彼は、私たち二人にしか聞こえないほど低い声で囁いた。 「この先、どこへ向かうことになるのか、楽しみにしています」 ようやく彼が私の手を解放したあとも、彼の肌が触れていた感覚は消えなか
空気が変わった。 目には見えない何かが室内に満ち、周囲の空気が重みを増していくようだった。 肩甲骨のあいだを、熱の波がゆっくりと走り抜けた。そこは、暗闇の中で彼の指先が幾度も模様を描いた場所だった。 私はほとんど気づかれないほど微かに身体をこわばらせ、手にしたペンを強く握りしめた。 彼が席へ戻ってくると、白檀と革の香りが私の鼻腔を満たした。控えめでありながら、決して間違えようのない香りだった。 それは、窓の鎧戸が閉ざされたあの部屋の香りだった。 服従の記憶と結びついた香り。 私の腹の奥が、きつく締めつけられた。 そこには恐怖があった。 そして、その恐怖と分かちがたく絡み合い、私自身の理性を脅かすほどの、純粋な興奮があった。 二つの感情が身体の内側でぶつかり合い、私が必死に維持している仮面を、今にも内側から砕こうとしていた。 彼は数字について話していた。 それなのに、彼の言葉の一つひとつには、別の意味が潜んでいるように感じられた。 「短期的には、ある程度の主導権を手放すことを受け入れなければならない場合もあります。その代わり、長期的には、はるかに大きな利益を手にすることができる。そうは思いませんか、ヴァンスさん?」 私は彼を見た。 彼は何事もなかったかのように、事業計画について説明を続けていた。 その後、別の条項について議論していたとき、彼は再び私の目をまっすぐに見つめながら、静かな声で言った。 「重要なのは規律です。自分で定めた規則に、絶対的に従うこと。それこそが、人を非常に遠くまで到達させるための条件なのです」 その言葉が私の耳に届いた瞬間、背筋に冷たいものが走った。
エララ会議が始まった。そこから繰り広げられたのは、数字と予測と契約条項が交錯する、緻密な駆け引きだった。私は説明し、論じ、反論し、相手の主張の隙を突いて反撃した。自分の仕事ぶりは完璧だった。非の打ちどころなど、どこにもなかった。私の頭脳は恐ろしいほどの速度で機能し、次々と提示されるデータを処理しながら、相手が何を反論してくるのかを先回りして予測し、必要な数字を即座に引き出していた。けれど、その一方で、私の内側では別の現実が進行していた。彼が、テーブルの反対側に座っている。彼は私の話に耳を傾け、必要な場面で口を開き、まるで外科医がメスを扱うかのような正確さで質問を投げかけてきた。その指摘は鋭く、論理的で、反論するためにはこちらも相応の知性を要求されるものだった。彼はまさに、恐るべき能力を備えた経営者という役割を完璧に演じていた。けれど、彼の視線だけは、決して私から離れなかった。その目は私の顔をなぞり、首筋へと移り、低い位置でまとめた髪からこぼれ落ちた数本の後れ毛を捉え、さらに黒いジャケットの輪郭や、きっちりと留められたブラウスの襟元へと滑っていく。それは、決してビジネスの場で向けられる視線ではなかった。それは、収集者の眼差しだった。私が鎧の下に隠しているものを、すでに見たことがあり、触れたことがあり、そして自分のものとして扱ったことさえある男だけが向ける、あの視線だった。複雑なグラフを説明していたとき、私はスクリーン上の一点を指し示すために手を上げた。その瞬間、ジャケットの袖口がわずかにずれ、手首の肌が一センチほど露わになった。彼の視線が、そのわずかな肌の露出に釘づけになった。その目に宿る熱はあまりにも強烈で、まるで実際に彼の指先が肌に触れたかのように、私の皮膚がちりちりと疼き始めた。一瞬だけ、声が詰まった。ほんの一瞬だった。けれど、私はそのわずかな乱れさえ許さないように、腕を下ろし、何事
暗い緑色の瞳。私が彼を見つけたその瞬間には、すでに彼の視線も私を捉えていた。衝撃は身体的なものだった。みぞおちに拳を叩き込まれたかのように、呼吸が止まった。身体の奥深くで何かが悲鳴を上げ、縮こまり、過去の記憶を一斉に呼び覚ます。目を覆っていたベルベットの感触、肌の上を滑ったシルクの感触、暗闇の中で耳元に響いた彼の声。そのすべてが、容赦なく私の意識へと押し寄せてきた。腰の上に残された刻印が、突然、鈍い痛みを伴って疼いた。まるで彼の存在そのものに反応しているかのように。それでも、私の顔は微動だにしなかった。まつげひとつ揺らさず、私は冷たい磁器の仮面を保ち続けた。一秒、二秒、あるいは永遠とも思える時間、私は彼の視線を受け止めた。その眼差しには、どこまでも冷淡で、極地の氷を思わせる距離感だけを込めた。目の前にいるのが、これまで一度も会ったことのない見知らぬ男であるかのように。認識などない。親しみもない。感情など、何ひとつ存在しない。そこにあるのは、商談相手の能力と価値を見極める、経営者としての冷静な評価だけだった。私はテーブルを回り込み、彼の正面にある上座へと歩いていった。そして、三メートルほどの距離を隔てて腰を下ろす。その距離は、果てしなく遠いようにも思えたし、耐えがたいほど近いようにも感じられた。「皆様、おはようございます。エララ・ヴァンスです」私の声は中立的で、権威に満ちていた。これまで何百回もの会議を始める際に使ってきた、あの声だった。彼の隣に座る、神経質そうな五十代の男性が自己紹介をし、続いてもう一人の男性が名乗った。そして、最後に彼の番が来た。彼は微笑まなかった。ただ、ほんのわずかに頭を傾けただけだった。静まり返った会議室に響いた彼の声は、私があまりにもよく知っている低く滑らかな響きを保ちながら、そこから私的な親密さだけを取り除いたようなものだった。完璧な英語の発音が、彼の言葉に一層の冷静さを
もちろん、その名前は知っていた。実態がほとんど表に出ない、驚異的な実績を誇る投資ファンドで、どこを拠点としているのかさえ明確ではない、正体のつかめない組織だった。私たちは何か月ものあいだ、遠隔で交渉を続けてきた。それなのに、私は一度として、その企業と彼を結びつけて考えたことがなかった。これまで、その名前を目にしても、彼の存在が脳裏をよぎることは一度もなかったのだ。カエル・ソレン。それが彼の本当の名前ではなかった可能性もある。あるいは、最初からそうだったのかもしれない。私にはわからなかった。私は彼について何も知らなかったのだから。ただひとつ、最も重要なことを除いては。私が黙り込んだことに気づいたアーニャが、心配そうに顔を上げた。「ヴァンス社長? 何かございましたか?」私は横隔膜の緊張を無理やり解き、できる限り気づかれないように息を吸い込んだ。口を開いたとき、自分の声がいつもより少し低くなっていることに気づいたが、それでも揺らぎはなかった。あまりにも安定しすぎていたかもしれない。「問題ないわ。クロノスが直接出席するなんて、予想外ね。歓迎の手順に不備がないよう、徹底して確認しておいて。飲み物はコーヒーと水だけでいいわ。それから、受付まで迎えに行く必要はないと伝えてちょうだい。自分たちで会議室まで来てもらえばいい」そう告げると、私は踵を返し、自分のオフィスへ向かった。胸の奥では、心臓が戦場に送り込まれた兵士のような速度で鼓動を刻んでいた。カエル。彼がここに来る。私のビルに、私の会議室に、そして私が築き上げてきた世界の中心に、彼が足を踏み入れるのだ。スーツを身にまとい、名前と役職を持ち、何も知らない人間たちの前で別の顔を演じながら。そして私もまた、同じように演じなければならない。オリオン会議室は、ガラスと鋼鉄と冷たい光で構成された立方体のような空間だった。黒檀の長いテーブルは艶やかに磨き上げられ、その周囲には黒い革張りの椅子が十二脚並び、壁には大型スクリーンが埋め込まれている。室内の空気はいつも
セリア空そのものが私の恥辱を洗い流そうとしているかのように、雨が小さなアパルトマンの窓を叩きつけている。私は手の中でくしゃくしゃになった手紙を握りしめる。厚く贅沢な紙は、肌を焼くようだ。言葉が目の前で踊る。招待状というより、判決文だ。「ルロワ嬢。明日、20時にブリュムの館へお越しください。負債の清算条件について話し合います。遅れないように。K」K。カシアン。父の破産が墓石のように私たちの上に崩れ落ちるまで、聞いたこともない名前だった。私が交換の通貨になるまでは。心臓が肋骨にぶつかって乱れたリズムを刻む。狂気だ。あそこに一人で行くなんて、狼の口に自ら飛び込むようなものだ。でも、債権者た
彼は目に届かない笑みを浮かべる。「全てだ。何もしないかもしれない。私の望むままに。お前の体、お前の時間、お前の服従。全てが私のものになる。お前にもう意思はない。名前もない。ここでは、お前は私が決めたものに過ぎない」彼は手を伸ばし、指の背で私の頬をかすめる。その感触は驚くほど温かく、私を震え上がらせる電撃だ。後ずさりしたいが、足は床に釘付けになっている。「怖いのだな」彼は、ほとんど満足げに断言する。「それでいい。恐怖は服従の始まりだ」「私は服従しません」私は嘘をつく。声は震えている。彼は笑う。低く、皮肉な響き。「お前はする。選択の余地がないからだ。そして、お前の奥底で、自分自身の一
「はい」「ついて来い。カシアン様がお待ちだ」「様」。その言葉が、アーチ型の天井を持つ広大な玄関ホールに響く。空気は冷たく、磨かれた木と、奇妙で重く魅惑的な花の香りがする。私の足音が大理石に響く。壁に脅迫的な影を刻む数少ない壁の灯りに照らされた、果てしなく続く廊下を彼の後について行く。彼は両開きの扉の前で立ち止まる。「彼は中だ。なぜここにいるのか、忘れるな」彼は音もなく身を引く。私は扉の前に一人残される。大きく息を吸う。溺れる前の、最後の酸素だ。扉を押す。部屋は書斎だが、暗き王の謁見の間のようだ。床から天井までの書物、巨大な暖炉でパチパチと燃える火、そして彼だ。暖炉の炎を背に、革張
カシアン自室のドアが、完全な静寂のうちに閉まる。蝶番のきしみ一つなく、丁寧に調整された木材の柔らかな摩擦音だけが響く。私はしばらく廊下に立ち尽くし、冷たいドアノブに指をかけたまま動けずにいた。狩りの興奮がようやく引き始め、代わりに別の種類の緊張が押し寄せる。より鈍く、より深い緊張が。階段を下り、凍てつくような玄関ホールを横切る。私の足音は石造りの床に何の反響も呼び起こさない。書斎に入り、ウィスキーを注ぐ。琥珀色の液体は、その味すら感じさせぬまま、苦く喉を過ぎる。壁面スクリーンは四分割されている。三つは空虚な映像を映し出す。庭園、周辺境界、ガレージ。四つ目だけが、灯りを点している。私が見







