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第6話

Author: ごはんまん
そう言うと、彼は綾奈を抱いたまま振り向きもせずに立ち去った。

稚菜は放心したようにその冷酷な背中を見つめていた。しばらくしてようやく気を取り直して涙を拭い、バッグを掴んで立ち去ろうとした。

恭太の脅し文句など、まったく気にしていなかった。彼のことをよく知っているつもりだったからだ。彼は元々、人をいたぶるような悪趣味な真似を嫌う性格のはずだった。

だがボディガードに無理やり椅子へ押さえつけられた時、ようやく稚菜は悟った。今回、恭太は本気なのだと。

「放してッ!私に手を出したら、あなたたち二度とこの街を歩けなくしてやるから!」

ボディガードは気まずそうな顔をしながらも、手を止めることはなかった。

「奥様、これは安井様のご命令です。私どもはただ従うだけですので」

振りほどけないまま、稚菜は思い切りボディガードの手に噛みついた。

「恭太が人を殺せって言ったら、それも従うつもり?あの言葉はただの腹立ち紛れよ、放して!」

その言葉が終わるや否や、ボディガードのスマホから恭太の冷たい声が響いた。

「誰が腹立ち紛れだと言った?稚菜、今回は本当にやりすぎだ。綾奈はまだ手術室で胃洗浄を受けている。これはお前が受けるべき罰だ」

その有無を言わせない口調に、稚菜は一瞬言葉を失った。抵抗することさえ忘れてしまう。

まさか恭太が、綾奈のために自分の原則すら破り、本当に毒を飲ませようとするとは思ってもみなかった。

あれほど説明したのに、どうして信じてくれないのか!

稚菜の瞳は真っ赤に染まり、まつ毛が激しく震えた。心が粉々に引き裂かれていくようだった。

「……恭太、もし本当にそんなことをしたら、一生あなたを恨むから」

画面の向こうの恭太の身体がわずかに強張り、すぐに眉をひそめた。

「間違いを犯したなら罰を受ける。これは感情の問題じゃない。お前が自分の過ちに気づけば、俺がお前のためを思ってやったことだと分かるはずだ。やれ」

その平然とした口調が、氷の刃のように稚菜の胸に深く突き刺さった。

彼はただそこに立って彼女を見ている。まるで、まったく無関係な赤の他人を見るかのように。

その瞬間、稚菜の心は完全に冷え切った。

「恭太……ふざけないでッ!」

だがその叫びは何の効力も持たない。ボディガードが彼女の顎を掴み、毒を仕込んだケーキを無理やり口の中へ押し込んだ。

どんなに歯を食いしばっても、毒は喉の奥まで染み込み、内臓を焼かれるような激痛が腹の奥へ広がっていく。

最初の一口を飲み下す前に、また別の毒入りケーキが押し込まれた。ついには稚菜の口の中は血の味でいっぱいになり、顔には苦痛で涙がとめどなく流れ落ちる。

胃の中が焼け焦げるような激しい痛みに、身体を丸めたくなったが、ボディガードにきつく押さえつけられ、それすら叶わなかった。

「やめて……」

激しい生存本能が稚菜に火事場の馬鹿力を与え、ついにはボディガードの拘束を振りほどく。

ボディガードは戸惑いながらスマホの画面を見やった。恭太の強張った顔には、痛ましそうな表情が浮かんでいる。

「稚菜、今回のことは……」

恭太が口を開こうとしたその時、スマホの向こうからか細い呼びかけが聞こえた。

「恭太……」

彼はすぐさまスマホを置き、その場を後にした。ボディガードは少し躊躇したものの、結局最後の一切れのケーキを稚菜の口へと押し込んだ。

ケーキの上に振りかけられた粉を見た瞬間、稚菜は息を呑んだ。

「やめて!それはだめ、それは……」

言い終わらぬうちに、ボディガードはすでに彼女の顎を掴み、無理やり食べさせていた。

毒が喉を通った瞬間、稚菜の全身が激しく痙攣し始めた。身を切り裂くような痛みが体中から噴き出し、彼女はもう堪えきれず、悲痛な絶叫を上げた。

まるで五体を引き裂かれるかのような感覚に、内臓まで砕け散っていくようだった。

ボディガードは最後のケーキに何が入っていたのか知らなかったが、彼女自身にははっきりと分かっていた。

それは、彼女が扱う薬品の中でも、特に厳重に管理していた危険な薬品だった。

研究室の施錠された保管庫に入れていたはずなのに、どうして……

激しい痛みに思考すらままならず、彼女はか細く呟くのが精一杯だった。

「救急車……呼んで……」

稚菜が血を吐き始めたのを見て、ようやくボディガードも慌て出し、スマホに向かって叫んだ。

「安井様!安井様!」

十数回叫んで、ようやく恭太が画面に戻ってきた。ボディガードは藁にもすがる思いで急いで訴える。

「安井様、奥様が……」

恭太は苛立たしげに遮った。

「適当に処理しておけ。俺はまだ用がある」

その無関心な一言は、劇薬よりも深く稚菜の心を抉った。

彼女の脳裏には、前世の光景が次々とよぎり始めた。恭太にまつわるあの記憶の数々が、今はまるで夢だったかのように霞んでいく。

彼女を庇って銃弾を受けたあの狂気を宿した男も、雨の中で制服を彼女にかけてくれたあの少年も、まるで最初から存在しなかったかのようだった。

視界が次第に霞み、聴覚も消えていく。

だが彼女は、死そのものに対してはもう何の恐れも抱いていなかった。ただひとつ、ささやかな願いだけが残った。

来世では、二度と彼に出会わずに済みますように。

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