「一体どういうつもりなのかしらねぇ...」 そう言いながら、柊は破壊された馬の模型の部品を、まじまじと見つめていた。 「...どういうつもりって...?」 「だってこれ...どう見ても不自然だと思わない、荒木くん?」 そう言いながら彼女はその馬の模型から、僕の方へと視線を移す。 そして僕は、その彼女の力が込められた瞳に耐えかねて、対照的に彼女から、その馬の模型へと視線を移す。 そしてその馬の模型の部品には、何かの大きな爪痕がくっきりと残っていて、それでいてもう直すことは出来ないくらいにボロボロにされていて、そしてそのすぐ近くには、奇妙な張り紙が貼られていたのだ。 「別に...不自然と言えば全てが不自然としか言い様が無い光景だが...」 その僕の言動に、柊はタメ息を吐いて、言葉を返す。 「はぁ...呆れた...荒木くん、あなたはきっと探偵には向いていないかもしれないわ...」 「別に探偵になった覚えは無いし、向いてなくて結構なんだけど...」 そう言いながらも、僕はさっきの柊木と同じように、まじまじとその馬の模型を観察する。 しかしそうやってよく観察してみると、なんとなく、その不自然がわかった気がした。 ボロボロに壊されているのは、馬の模型のある一部の部品だけで、それ以外の部分は何も破損しているところはなく、それどころか倒されて出来た傷すらも、見受けられなかったのだ。 結局何が言いたいかと言うと、僕もそれを見て不自然というか、違和感を覚えたのは確かだった。 その違和感が柊の言う不自然と同じかは、正直わからないけれど… そんな風に考えながら観察する僕を見て、今度は後ろから、花影が近付いて声を掛ける。 「あの、この張り紙ってなんなんですかね...?」 そう言いながら、彼女は壊れたその馬の模型の部品に貼られていた貼り紙を手にとって、それを僕と柊の両方に見えるように、渡して来た。 そしてその渡された紙には、何かを意味しているのだろうか、何かを知らせているのだろうか、そんな感じの『絵』というか『記号』的な何かが、描かれていたのだ。 それを見て、僕はそれをそのまま形容するようにして声に出してみた。 もしかしたら声に出せば、何かわかるかもと、淡い期待をしながら。 「これ...なんだろう...真ん中に大きな円が描かれていて、右端が少し黒
そして画面に映し出される名前を確認して、その名前が花影であることを確認して、彼女は淡々とした口調で電話に出た。 「もしもし沙織?こっちはこれから向かうところなんだけど、なに、どうかしたの?」 疑問形の言葉の後、彼女はそこからは口を挟まず電話口から聞こえているのであろう、花影の言葉に耳を傾けて、そして最後に、これもまた淡々とした口調で言った。「そう、わかったわ。じゃあ後で落ち合いましょう」 そしてその言葉を最後に、柊は電話を切って、そして隣にいる僕の方に視線を移したのだ。 なので僕は、それに対して何も言われているわけではないけれど、その彼女の視線に応答するようにして、言葉を探した。 「さっきの電話、花影だろ?何かあったのか?」 「...わからないわ、でも何故か、事務所の方には行かずに7号館の201教室に来て欲しいとのことよ」 「7号館の201教室って...たしか今日、事前訪問するサークルが使っている教室だったような...」 そう言いながら、僕は昨日、あらかじめ花影からLINEで貰っていた、訪問するサークルが書かれた資料を、携帯の画面に映す。 そしてそこには、ART(アート) という名前の、文化祭では画集販売と絵画展示を行う予定のサークルが活動しているということが、その資料には書かれていたのだ。 その資料を2人で見ながらそのことを確認すると、先に口を開いたのは意外にも、柊の方だったのだ。 「もしかしたら…何かあったのかしら…」 その彼女の性格とか人格からは似合わない、そんな言葉に少しだけ驚きながら、僕は応答する。 「いや…そんな大それたことでも無いだろ…ただ単に、仕事の効率化を図るために、僕等を現地集合させたいだけじゃないのか…?」 そう僕が言うと、彼女は少しだけ考える様にして、そして静かに言葉を紡ぐ。 「…そうよね、きっとそうだわ…それなら早く行きましょう」 そう言いながら、彼女は僕を連れて、足早
若桐との戯れを楽しんだ後、帰り道の途中、花影からLINEで、明日から始まるサークルの事前訪問についての資料が送られてきた。 そして文章では、『明日からよろしくお願いしますm(__)m』と書かれていたのだ。 その文章と砕けた顔文字のおかげで、少しばかり気が楽になったのも確かだが、本当に自分がこういう、言うなれば学校行事というモノに関わることになるとは… なんだかそれが、とても不思議な感覚を覚えたのだ。 そして次の日、僕はいつもの様にいつも通りに、大学での授業を熟し、その全てが終わった後、僕は柊と落ち合った。 そして僕たちは、文化祭が開催されるまで委員の事務所が置かれている空き教室に向かっていたのだ。 そんな時に、歩いている道中に、彼女は口を開いた。 「荒木くん、今日はとてもご機嫌ね、まるで前日に女子中学生くらいの女の子と一緒にパンケーキを食べたみたいにご機嫌じゃない」 「なぜ知ってる!?…ってかそれ、ものすごく具体的でわかりやすいレアケースなご機嫌ではないか!!」 「あら、図星だったの…ごめんない変態さん」 そう言いながら、彼女はわざとらしく、心底申し訳無さそうな顔をしていた。 「その言葉、出来ればもうちょい冗談めかして言ってくれない?今の柊の表情だとガチになっちゃから…」 「えっ…だって荒木くんって、本気のロリコン野郎でしょ?私達と行ったあの旅行で、アリもしない女の子の話題を熱心に熱弁するくらい、ガチなヤツでしょ?」 「その話は前もしたよね!?異人の女の子だったって話をして了承していたよね!?」 「あら…そんなこと話したかしら…?」 「頼むから思い出してくれぇぇ!!!」 そう僕が言うと、一拍置いて柊も何かを言い掛けようとして、口をまた開こうとした。 しかしそこで、柊の携帯が、鳴ったのだ。
「なぁ若桐…さっきのはどういうつもりだったんだ…?」 僕は目の前で例のパンケーキを頬張っている、その姿には似合わない様な着物姿の童女を見て、彼女に問うた。 しかし肝心の彼女は、まるでなにもわからないような素振りをして、僕に問い返して来たのだ。 「何がですか?」 「いや...だから、なんで大声でそのパンケーキを頼むことが、僕達のこの世界が小説では無いっていうことを確かめることになるのかって、聞いてるんだ。」 「あぁ、言いましたね、そんな与太話」 「与太話!!??」 「えぇ、そうですよ。そりゃそうでしょう、まさか荒木さんはあんな御話を本当に信じて、この私達の世界が本当に小説なのではないかって、本気で不安になられたのですか?」 「おまえ...初めて出会った頃はもっとなんかそんな捻くれて居なかったじゃないか!」 「そう言われましても...まぁ、人は変わるモノなので...」 「幽霊がそれを言うのか...」 「幽霊といえども、元は普通の人間です。でもそうですね...」 そう言いながら、彼女は話しながらも食べ続けて居たパンケーキの、最後の一切れとクリームを食べ終えて、彼女はそこで言葉を切った。 「こんなに美味しいモノを頂いたので、せめてさっきの与太話の真意くらいは説明しましょうか」 そして口元のクリームを拭きながら、彼女は話し始めたのだ。 「まぁ、説明すると言っても、実はそんなに難しい話ではないんです。単に『モノの見方が肝心』と言うだけの話で...先程私が大声で注文をしたとき、おそらく読者である方達...いいえ、もっと言い方を変えましょうか、そうですね...ここは簡単に、『第三者』とでも言いましょう。その方達には、私が奇想天外なことをしたように見えたかもしれません。当たり前です。なぜなら私は、『なんなら確かめてみますか?』とその話を促した後に、いきなり大声で、メニューを叫んだのですから。」 「あぁ、まぁその通りだな...ってかその言い方だと、その当事者であるところの僕は、それをまるで驚くはずが無いと言っているように思えるのだが...」 そう僕が言うと、若桐はコクリッと頷いて、言葉を続けた。 「えぇ、そうですよ。本来なら荒木さんは、私と会って、二人でこのお店に入っているのだから、当事者であるというか、私の相手である筈の第二者にならなければいけな
「なぁ、若桐...」 「なんですか?」 瞳を輝かせながら、しかしその視線はお店のメニュー表に注がれて、僕には一切目もくれず、若桐は応答する。 「いや...ご満悦の表情でメニューを見ているところ悪いんだけど、僕あまりこういうお店は来ていなくて...その...勝手が分からなくて困っているんだけ...」 そう言いながら、自分でもわかる程に変な緊張をしながら、最初に運ばれてきたお冷に口を付けていると、目の前に座る彼女は、僕の方を一切見ないでこう言った。 「大丈夫ですよ、荒木さん。なにも心配は入りません。あなたはただ、久しぶりにたまたま道で再会した友人に、パンケーキを御馳走すればいいのです」 「えっ...ちょっとまって...話の内容がもはや誰も追いつけない様な、光の速さで進んでいるように思うのは僕だけかな?」 「そうです、あなただけです」 「すげーなお前、言い切ったよ...」 そう僕が言うと、若桐はメニューを閉じて、今度はちゃんと僕を見て、こう言った。 「まったく、荒木さんは私達のあの感動的な夏の思い出を忘れてしまったのですか?読者の皆さんはちゃんと付いて来てくれていますよ?」 「ちょっとまって読者ってなに!?まさかこの世界は小説か何かなのか!?」 「何を言っているんですか?まさか今さら気が付いたのですか!?私はもうとっくに、荒木さんと出会った時から、ちゃんと気がついていましたよ?」 「うそつけ!!そんな筈があるか!!」 「いいえ、荒木さん。これは事実です。なんなら確かめてみますか?」 「確かめる…って、そんなもん一体どうやって確かめるんだよ…」 「簡単です。」 そう言いながら若桐は、徐に、それでいて大袈裟に、店員さんを呼ぶために手を挙げて、そしてその呼んだ店員さんが僕達が居るテーブルに来る前に、彼女は声高らかにこう言ったのだ。 「デラックスパンプキンパンケーキ!!!!!!」 その値段、一皿二千五百円の代物である。
着なれた着物を着こなして、まるで童話に出てくるような、不思議な綺麗さを持っていた少女。 あの夏休みの熱海旅行で遭遇してしまった、想い人の思いによって重さを与えられてしまった、旅人の異人となってしまっていた幽霊の少女。 そして今でも、その後遺症のせいなのか、成仏出来ずに様々な所を旅する浮遊霊的な何かになってしまった... そのせいで、彼女は僕以外からは、認識されることはない。 そこに彼女が居たとしても、そういう風には誰も見ない。 そんな存在に、そんな概念に、彼女は成ってしまったのだ。 しかし... しかしそれでも、そんな、怖くない筈がない自分の状況でも、彼女は外を見たいと思いを馳せて、遠路に花を掛けるのだ。 高貴で高尚な、桐の花を... 時刻はお昼を過ぎた十五時頃 目的の物は早々に買い終えて、そんなに時間を使わずに帰るつもりだったのに、どうやらそういうわけにはいかなくなってしまったみたいだ。 なぜなら今、僕はその浮遊霊的な彼女を連れて、普段なら確実にスルーしているであろうパンケーキのお店に、来ているからだ。 いや...この場合、連れて来られたのはむしろ僕の方なのだろう。 僕と一緒に居なければ、誰からも認知されることがない幽霊的彼女は、とりあえず今は、事ここに至っては、普通の客として周りから認知される。 それはあの時の最後もそうだった。 だから彼女は、あのときも僕と一緒に、電車に乗ることが出来たのだ。 だからなのだろう… だから彼女は、僕と会ったことをいいことに、今日まで彼女がずっと入りたいと思っていたお店に、僕と共に入ったのだろう。 そして今まさに、目の前に座る彼女は瞳を輝かせ、そのお店のメニュー表を見ているのだ。 そんな彼女に、僕は少しだけ戸惑いながら、声を掛けた。