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第0727話
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目黒様に囚われた新婚妻 第0730話
時が刻一刻と過ぎていき、空はますます灰色に沈んでいった。気づけば、しとしとと細かな雨が降り始めていた。隼人はそろそろ我慢できず、車を降りて屋敷へと向かおうとした。ちょうどその時、一人の女が傘を差して近づいてきた。――遥だった。彼女のことは覚えていた。以前、彼に道を教えてくれたのが彼女だった。隼人の中で、遥は信じられる人間だという直感があった。遥は隼人の前で足を止め、静かに口を開いた。「目黒さん……どうかお帰りください。千璃さんは、あなたに会いたくないそうです」「どうしても千璃ちゃんに会わなきゃいけない。伝えなきゃならないことがあるんだ」隼人の声は揺るがず、真っ直ぐな眼差しがその想いを物語っていた。「彼女に伝えてくれ。俺はここでずっと待ってる。会ってくれるまで、絶対に帰らない」遥は戸惑いながら眉を寄せた。彼の瞳に浮かぶ、瑠璃への真剣な想いに、胸が締めつけられるような気持ちになった。「目黒さん、本当に千璃さんはあなたに会いたくないんです。……たとえ日が暮れるまでここに立っていても、きっと顔を見せてくれませんよ」「それでも待つよ。日が暮れるまで、いや、それ以上でも構わない」隼人はそう言って、しとしとと降り続く雨の中、じっと屋敷を見つめ続けた。「合ってくれるまで待つよ」遥は、もうこれ以上何を言っても無駄だと悟り、黙って屋敷の中へ戻った。しばらく経ってから、遥はもう一度外を覗いた。そこには、変わらず雨に打たれながら、まっすぐにこちらを見つめている隼人の姿があった。「……もし瞬が、私にこんな風にしてくれたら……たとえ死んでも、後悔なんてしなかったのに」遥はそっと微笑み、視線を下に向け、静かに自分のお腹を見下ろした。そして階段を上がり、二階のリビングへ――そこには、瑠璃が座って絵を描いていた。瞬は書斎でリモート会議中だった。今が、瑠璃と二人きりになれる貴重な時間。遥は、なぜ隼人も瞬も、完璧とも言える男たちがここまで瑠璃に夢中なのか、確かめたかった。彼女が近づくと、ちょうど瑠璃が一枚の絵を描き終えたところだった。紙の上には、小さな天使が描かれていた。その天使の顔を見た瞬間、遥の胸がぎゅっと締めつけられた。それは――陽菜の顔だった。遥は深く息を吸い、笑顔を作って近づいた。「千璃さん……この
目黒様に囚われた新婚妻 第0729話
瑠璃の言葉を聞いているうちに、隼人の目からも涙が静かにこぼれ落ちた。忘れたくても忘れられない過去が、鮮明に脳裏を駆け巡る。血にまみれた記憶、取り返しのつかない過ち、胸を刺すような痛みが彼の心を締めつけていた。「……帰って」瑠璃は冷たくそう言い放ち、静かに背を向けた。「――あの日、陽ちゃんが車に閉じ込められて火事に巻き込まれそうになったとき、あなたが必死にあの子を助けようとしたのは分かってる。でも、それでも……それでも、あなたの油断であの子が命を落とした事実は消せない。隼人、私は……もうあなたを許せない。あなたを見たくもない」隼人は瑠璃の背中を見つめたまま、長い時間その場を動けずにいた。やがて、罪悪感に背を押されるようにして、彼はゆっくりとその場を後にした。冷たい風が吹きつけ、彼の頬を打つ。目からあふれた涙が、そのまま雨粒と混じりながら頬を濡らしていった。瑠璃は墓前に立ち尽くし、その足音が遠ざかるのを静かに聞いていた。赤く腫れた瞳で墓碑に刻まれた名前を見つめ、喉の奥に込み上げた涙を飲み込んだ。――陽菜。ママは……ママはちゃんとママになれなかった。あなたが「ママ」って呼んでくれて、ママを求めてくれたあの時、ママはそこにいなかった。ごめんね、陽菜……瑠璃は秋の冷たい風に身をさらしながら、胸の裂けるような痛みを抱えたまま、そこに立ち尽くしていた。……その後。隼人の脳裏から、瑠璃が墓地で告げたあの言葉と、彼女の冷ややかなまなざしが、どうしても消えなかった。すべてがまるで、彼女が生き返って戻ってきたあの始まりの日に、逆戻りしたかのようだった。つい最近まで、二人の関係はようやく少しずつ、和らいできていたのに。すべてが――一気に、氷のように冷えきった。隼人は顔を洗い、乱れた感情をどうにか落ち着けて、再びスイーツショップの監視映像を確認し始めた。彼はずっと信じていた。これは偶然の事故なんかじゃない。――計画されたことなら、必ずどこかに穴がある。そして、ついに――彼は見つけた。ガラスの冷蔵ケースに、店外の様子が微かに映り込んでいた。そこに映っていたのは、一人の女の姿。ちょうど店の外から中を覗き込み、陽ちゃんに手を振っているように見えた。――そして、陽ちゃんはその手招きに応じて店の外へ走って行った
目黒様に囚われた新婚妻 第0728話
彼女はそっと手を下腹に添えた。温和で愛らしい小顔に、満足げな微笑みが浮かぶ。遥が部屋を出たあと、瞬は長年大切にしていた七色の貝殻を手に取った。「千璃……」彼は静かに、瑠璃の名を口にした。脳裏に浮かぶのは、あの海辺で出会った、無邪気で生き生きとした彼女の笑顔。絶望と孤独に染まっていた彼の人生に、初めて差し込んだ光だった。「もう二度と、君を隼人のもとには戻さない。千璃、君は俺のものだ」貝殻を握る指先に、淡い情念の波が揺れていた。あの日、乗馬に誘ったのは、ただの気分転換ではなかった。瞬の本当の狙いは、瑠璃を外界から遮断すること――その間に計画を実行するためだった。彼女に薬を盛ったことは、どうせいずれバレる。だから、自ら認めるしかなかった。瑠璃がF国へ戻る気をなくしていることも、隼人に再び心を向け始めていることも、すべて彼は察していた。だからこそ――陽ちゃんの「事故」を利用するしかなかった。瑠璃と隼人の関係に、致命的な溝を作るために。だが、まさかあの彼女が、自ら「F国へ帰る」と口にするとは……あのとき、計画を止めることはもうできなかった。だから彼女には、肉を裂かれるような痛みを味わわせることになった。だが今思えば、それでよかったのかもしれない。たとえ彼女が戻ってこなくても――少なくとも、隼人との関係は完全に崩れた。もう、彼女はあの男を許すことはない。愛する娘を奪った男を、二度と。……一方その頃。隼人は部屋に閉じこもり、何度も同じ監視映像を見返していた。スイーツショップでの、あの一瞬を。彼は、この件は間違いなく瞬の仕業だと疑っていた。陽ちゃんが瞬の実の娘ではないからこそ、あんな非道なことができたのだ。すべての監視カメラが、どうしても「陽ちゃんの姿」を映していなかったのは、誰かが意図的に仕組んだことだ。瞬にしか、こんなことはできない。理由は一つ。陽ちゃんが瞬の実の娘ではなかったから。何度も何度も、再生ボタンを押しては巻き戻し――画面に映る、跳ね回るように元気な娘の姿を見るたび、隼人の目は潤んでいった。娘は、一度も彼のことを「パパ」と呼ばないまま――この世を去った。しかも、彼女の最後の顔すら見ることが叶わず、灰になってしまった。ヒマワリの花束を手に、彼は静かに墓地を訪れた。墓碑には
目黒様に囚われた新婚妻 第0727話
隼人は慌ててスマートフォンを取り出し、フォルダから親子鑑定書の電子版を開いた。「千璃ちゃん、見てくれ。これが俺と陽ちゃんの親子鑑定の結果だ。彼女は、間違いなく俺たちの娘なんだ」そう言いながら、スマホの画面を瑠璃の目の前に差し出し、懸命に訴えた。瑠璃は一瞥したが、その視界はすぐに涙で霞んでしまった。「千璃ちゃん……見えたか？」隼人は慎重に問いかけた。しかし言い終わる前に――瑠璃は手を振り上げ、隼人の手を強く押しのけた。スマホが「パシャン」という音を立てて濡れた地面に落ち、画面は粉々に割れた。その音は、隼人の心をも同じように粉砕した。瑠璃は冷ややかな目で彼を見つめた。「もうあなたの顔なんて、見たくない」その一言を言い残し、彼女は振り返り、迷いなくその場を去っていった。隼人は呆然とその場に立ち尽くしたまま、彼女の冷たい背中を見送る。涙が、止めようもなく頬を伝って流れ落ちた。雨に濡れながら、彼は地面からスマホを拾い上げた。画面はひび割れていたが、そこに映るのは、最近陽ちゃんと一緒に撮った写真だった。あの無邪気で、無垢な笑顔――それが、隼人の瞳を刺した。「陽菜……」ごめん、陽菜。お前を守ってやれなかった、父さんを許してくれ。そうつぶやくと、彼の視界に黒い影が近づいてくるのが見えた。隼人が顔を上げると、雨の帳の向こうから瞬が歩いてきた。「隼人、まだここに来る資格があると思ってるのか？」瞬は冷たく言い放った。「確かに陽菜は人さらいに連れて行かれたが、間接的に娘を死なせた犯人が誰か、よく考えろ」「少しでも人間の心が残っているなら、千璃の前に二度と現れるな。お前を見るだけで、彼女はお前を殺したくなるかもしれない」隼人は一歩前へ出て、鋭い目で瞬を見つめた。「瞬、お前だって本当は知ってるはずだ。陽菜が誰の娘なのか。俺は必ず、陽菜を死に追いやった本当の犯人を見つけ出す。覚えておけ」そう言い残し、隼人は雨の中を背を向けて去っていった。その背中を無言で見つめながら、瞬は静かに傘の柄を握る手に力を込めた。その後、警察での手続きを終えた瞬は、瑠璃を碓氷家へ送り届けた。今の瑠璃には、何かを語る気力も残っていない。彼も無理に追及することなく、一人で郊外の別荘へと戻った。書斎には、
目黒様に囚われた新婚妻 第0726話
瞬が口を開こうとしたその瞬間、瑠璃が彼の背後から勢いよく歩み寄ってきた。隼人が彼女を見つめる。「千璃ちゃん……」――パチン！瑠璃の手のひらが、鋭く隼人の頬を打った。顔が横に跳ね、痛みが鋭く心の奥まで突き刺さった。涙に濡れた瑠璃の瞳は怒りに満ち、唇をきつく噛みしめていた。「たとえ、あなたが陽ちゃんを傷つけようとしたつもりがなかったとしても、彼女があなたの手の中で消えたのは事実。どんな言い訳をしようと、あなたの責任は逃れられない！」その声は苦しく、そして深く沈んでいた。「隼人……どうして、どうして私にあなたを憎ませようとするの！」そう言い捨てると、瑠璃はくるりと背を向けた。瞬がすぐに彼女の後を追った。隼人は――結局、陽ちゃんの最期の顔すら見られなかった。小さな遺体は静かに車に乗せられ、その場を後にした。辺りに残されたのは、まるで音を失ったような静寂。隼人一人が、呆然と立ち尽くしていた。――あの時、彼女を守れなかった。そして今、また同じ過ちを繰り返した。隼人は自分の油断をどうしても許せなかった。拳を木に叩きつけ、痛みに呻きながら涙を流し、力なく地面にひざまずいた。「陽菜……」……陽ちゃんの死により、瑠璃が瞬とF国へ帰るという計画は白紙になった。喪失の痛みに耐えきれず、瑠璃は数日間、ベッドに伏せていた。陽ちゃんの葬儀などの手配は、すべて瞬が引き受けていた。あの天使のように笑う、精霊のような娘を思い出すたび、胸が押し潰されそうになった。だが、不思議なことに、彼女はもう涙を流すことができなかった。ただ――君秋に「陽ちゃんはどこに行ったの？」と訊かれたその時だけは、堪えていた涙が一気に溢れた。半月ほどが過ぎた頃、警察から連絡が入った。陽ちゃんをさらった人間が捕まったという。犯人は、おもちゃを餌に陽ちゃんを誘い出し、言葉巧みに外へ連れ出したらしい。だが、陽ちゃんが泣き続け、「ママに会いたい」と言い続けたため、犯人は怒りに任せて、彼女を殺してしまったのだという。隼人は警察からの連絡を受け、署へと足を運んだ。犯人は土下座しながら、「わざとじゃなかったんです」と繰り返していた。だが隼人は怒ることもなく、冷静なままその場を後にした。警察署の出口に立ったとき――前方から、傘を差しな
目黒様に囚われた新婚妻 第0725話
その言葉を耳にした瞬間、瑠璃の胸に鋭い鈍痛が走った。目の前が真っ暗になり、体の力が抜けてその場に崩れ落ちそうになった。「千璃ちゃん！」隼人が慌てて、意識を失いかけた彼女を抱きとめた。彼の心も、瑠璃と同じように激しく締めつけられていた。呼吸すらままならないほどの痛みだった。彼の大切な娘――彼と瑠璃の宝物が……まさか、死んだなんて？瑠璃を抱きしめながら、隼人はまるで五感すべてを失ったかのように、全身から熱が引いていった。「警官さん……い、今、なんて？」夏美が信じられないというように、しがみつくように尋ねた。「私の孫娘が……あの子が、本当に……」警官は申し訳なさそうに、それでも断言するようにうなずいた。「はい。小さな女の子は、すでに死亡が確認されています」「そんな！」夏美と賢は受け入れられず、悲痛な声を上げた。その報せに、常に冷静で優雅だった瞬の表情にも、初めて動揺が浮かんだ。「本当に確認したんですか！？俺の娘が、そんな簡単に死ぬはずがない！」隼人は瞬に視線を向けた。こんな時に、陽ちゃんの実の父親が誰なのかを争うつもりはなかった。今はただ、陽ちゃんの「現実」を知ることだけが、彼にとって最も重要だった。瑠璃が少しずつ意識を取り戻すと、一同は警官に案内されて郊外へと向かった。枯れた草地の上に、簡易担架が置かれ、そこに――陽ちゃんが横たわっていた。まるで眠っているように、静かで、穏やかな表情をしていた。瑠璃の目には涙が溜まり、視界が滲む。彼女は一歩、また一歩と近づいていった。けれど、担架に近づく寸前で、足がふらつき、膝から崩れ落ちた。隼人が素早く駆け寄り、彼女を支えた。「千璃ちゃん……千璃ちゃん、大丈夫、泣かないで。怖がらないで。俺が行く、俺が確認するから」彼は声を震わせながら、彼女を励まそうとした。だが、その瞬間、瞬が隼人を突き飛ばした。「隼人、お前の偽善はもううんざりだ！千璃ちゃんは俺の女だ！陽ちゃんは俺と千璃ちゃんの子だ！もし本当に陽ちゃんが死んだなら、お前が殺したようなものだ！」瞬は怒りのあまり、隼人に罪をなすりつけた。彼は瑠璃のぐったりした体を抱きかかえ、担架の方へ歩いていった。陽ちゃんのそばまで来たとき、瑠璃の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。彼女は瞬の腕
