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第6話

Author: 二ノ舞
その後の一日中、染花は大人しく掃除をしていた。

鷹真は彼女に一瞥もくれず、ずっと柚葉のそばにいた。

夜になり、彼は優しく牛乳を差し出した。「柚葉、傷がようやく癒えてきたところだし、これを飲んでよく眠ってね」

柚葉はすぐに気づいた。彼女はこっそり牛乳を捨て、飲んだふりをした。

案の定、その夜彼女が「熟睡している」のを確認すると、鷹真は彼女の額にキスをしてそっと起き上がり、ドアを開けた。

「ねぇ、ホントに夏見さんの目の前でイチャイチャしていいの?」

染花の嬉しそうな声が聞こえた。

「バカだな、俺がお前に約束して破ったこと、ある?」

柚葉のまつげがピクリと震えた。目を開け、窓の反射に映る光景を見ると――鷹真は染花を壁に押しつけ、少しずつキスを深め、やがて彼女と一つになっていった……

手のひらを強く握り締め、爪が食い込み痛みを感じても、心はもう何の痛みも覚えなかった。

彼には、もう悲しむ価値はないから。

翌朝早く、鷹真は出勤し、柚葉は部屋にこもってデザインの作業に集中した。

染花に会いたくなくて、朝食も昼食もメイドが部屋まで運んできた。

夜になってまたノックの音がした。ドアの外に立っていたのは、染花だった。

彼女はトレイを手に、挑発的で得意げな口調で言った。

「夏見、この前ホテルの会議室で、外にいるあんたの姿、見えてたわよ。あんなにプライドの高かったあんたが、片手を失ってから、すっかり意気消沈になったみたいね?よく我慢できたわ。

ま、無理もないか。今のあんたはただの役立たず。鷹真に養ってもらってる身じゃ、何も言えないわよね」

染花の姿を見るだけで、吐き気を催すほどの嫌悪感が湧き上がった。柚葉は冷たく問い返した。「……結局、何が言いたいの?」

「言いたいのはね、どれだけあんたが我慢しようと意味ないわ、鷹真は私のものになるってこと。私は少しずつあんたを追い詰めて、逃げ場がなくなるまで追い込んで、消えてもらうわ。鷹真は、私だけのものよ!」

柚葉は拳を握りしめたが、結局その頬を打つのはやめた。

こんな女を殴っても、自分の手が汚れるだけ。彼女にされたこと、傷つけられた心。その代償は別の方法で、倍にして返す。

もう関わりたくないと、ドアを閉めようとしたその時、聞き覚えのある足音が廊下に響いた。

すると、染花は瞬時に可憐な顔を作り、後ろに倒れ込んだ。

トレイのご飯とスープが彼女の体にぶちまけられ、彼女は腫れた手を持ち上げ、涙声で言った。「夏見さん、まだ私に怒っているのはわかってます。夏見さんが気が済むなら、何度押されても我慢します……」

鷹真の目に、一瞬だけ心配の色がよぎった。

柚葉は冷めた視線で言った。「私は押していない。これは彼女の自作自演よ」

染花はさらに大げさに泣き始めた。「そうですよね……そう言うことで、夏見さんの気が晴れるなら、私が勝手に転んだってことで構いません……」

鷹真の顔色が変わったが、やがて感情を抑えて視線を外し、柚葉を見た。「柚葉、君の言うことを信じるよ。君たちの関係がこれ以上悪くなるのも良くないし、今すぐ彼女を追い出す」

「えっ?」染花は驚きに顔を上げ、涙を浮かべたまま呆然とした。

だが鷹真は冷たい声で言った。「もう何も言うな。荷物をまとめてすぐ出ていけ」

しばらく固まった後、染花は唇を噛みしめながら、こらえるようにして答えた。「……はい、すぐに出ます」

「さあ柚葉、他人のことで気を悪くしないで。今日は早く帰ってきたのは、君を連れてディナーに行きたかったからなんだ」

そう言って鷹真は、柚葉の手を引いてドレッシングルームへ。彼は自ら彼女のドレスとジュエリーを選び始めた。

「まずは着替えてて。俺はあの女を追い出してくるから」

その言葉だけを聞けば、まるで冷酷で決断力のある男のように思えた。だが柚葉は、指輪に仕込まれた受信機から、別の会話を聞いていた。鷹真は、まるで違う声音で、甘く染花を慰めていた。

「染花、今日は辛かったね。柚葉に突き飛ばされて、俺も胸が痛んだよ。でも、これは俺が仕組んだ一手なんだ。お前を追い出すことで、彼女がもう文句を言わなくなるから。これでお前は自由の身よ」

「えっ?どういうこと?」

「今日は一旦別荘に戻って。それから、お前がどこへ行っても構わない。別荘に着いたら、無事を知らせるメッセージを送ってね」

染花は感極まったようにすすり泣いた。「あなたって……本当に優しい……」

鷹真は低く笑った。「俺がお前に優しくしないで、誰にするんだ?お前は俺の妻だろ?」
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