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第7話

Author: 時庭夕夏
「……えっ?」

遥香の表情が、わずかに強張った。

「いつまで俺を騙し続けるつもりかって聞いてんだよ!」

玲司は冷えきった声音で続ける。

「雨音がお前のパスポートを奪ったなんて話、そんな事実は一度もない。それなのに、お前は最初から最後まで出鱈目ばかりだ。それとも……俺と少しでも長く一緒にいたいがために、今度は弟まで巻き込んで、俺を騙すつもりか?」

冷ややかな笑みを浮かべながら、玲司はそう言い放った。

「……玲司!」

遥香の目元は、完全に赤く染まっていた。

彼は、本気ですべてが自分の自作自演だと思っているのだろうか。

自分は、一人の男のためなら、血を分けた弟の命さえ平気で利用する女――彼の目には、そう映っているというのか。

「なんだ?両親が死んだ今、今度は実の弟まで見逃す気はないってことか?」

玲司は小さく鼻で笑った。

「時々、お前のことが本当に分からなくなる。どうして、よりにもよって俺なんだ?」

そうよ。

どうして、よりによってこの男を選んでしまったのだろう。

どうして、家族をめちゃくちゃにしたこの男を、心から愛してしまったのだろう。

遥香は、ふっと言葉を失った。

腕の中で、智哉の呼吸はみるみる弱くなっていく。

その体から流れ出る血は、遥香の手を濡らし、なおも量を増していた。

雨音は、いつの間にか姿を消していた。

気づけば、そばにいるのは後始末をしている玲司と、その部下たちだけ。

「……もしもし?ああ、何人か寄越してくれ。こっちで……怪我人が出た」

玲司の低い声が、静まり返った教会の廃墟に響いた。

だが、その声は遥香を完全に素通りし、彼女の存在など最初からなかったかのようだった。

……

智哉は、亡くなった。

皮肉なことに、銃弾は急所を外れていた。

医師の説明では、病院への搬送が遅れたことによる失血死だという。

その日一日、遥香はまるで生ける屍のようだった。

何も考えられず、感情の起伏もなく、ただ時間だけが空虚に流れていった。

これで、本当に一人きりだ。

彼女には、もう身内は一人も残っていなかった。

「高坂智哉さんのご家族の方……高坂智哉さんのご家族の方はいらっしゃいますか?」

英語とF国語が交互に響き、不意に遥香の耳に届いた。

はっとして振り返った遥香に告げられたのは、全身の血が引くような現実だった。

「……なんですって?」

声が震える。

「智哉の遺体は……もう、火葬された、ですって?」

「はい、高坂さん。こちらは、ご依頼どおり火葬を終えた後のお骨になります」

差し出されたのは、小さな骨壷だった。

遥香は呆然と、それを受け取る。

驚くほど軽いその重さに、しばらく言葉を失ったまま、ただ見つめることしかできなかった。

「お姉さん?」不意に、笑いを含んだ女の声がした。

「智哉のこと、見逃してあげて通報しなかったでしょ?だから今、パスポートも返してあげる。私のお願い、ちゃんと聞いてくれるよね?弟を連れて、とっとと国に帰りなさいよ」

突然現れた雨音に、遥香の体はびくりと震え、ようやく現実に引き戻された。

目の前には、鮮やかな赤いドレスをまとった雨音が立っている。

「……勝手に智哉を火葬したの、あなたなの?」遥香は声を震わせた。「雨音、あなたに……そんなことをする権利が、どこにあるの……!」

「だって、お姉さんが言ったじゃない。私も、あの子のお姉さんだって」

雨音は肩をすくめ、涼しい顔で言った。

「……雨音、死ぬべきだったのは、あんたよ!智哉に、命で償いなさい!」

遥香の全身が、怒りで震え出した。智哉が引きずられ、盾にされた末に死んだのだと思うと、怒りが理性を焼き尽くしていく。

「あなたごときに、何ができるっていうの?」

不敵に笑うその女に、遥香が飛びかかろうとした、その瞬間だった。

雨音が、ふっと手を上げる。

次の瞬間、遥香の意識は急速に遠のき、そのまま、深い闇の中へと沈んでいった。
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