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第26話

Author: 匿名
私は承諾し、その夜、招待状と引き出物のお菓子を人を通じて彼に送った。

冬翔はキャンディをひとつ取り出し、ゆっくりと口に入れた。

ーー甘いって、こんな感じだったっけ。

結婚式当日、浜城市の会場にはたくさんのゲストが集まっていた。休暇中の教授や研究室の仲間たちまで駆けつけてくれた。

教授は悠斗の肩を軽く叩きながら、にこやかに言った。

「まさか君が篠原とゴールインするとはね、やるじゃないか」

同僚たちも冗談まじりに冷やかしていた。

私は隣に立つ黒いスーツ姿の彼を見つめながら、胸いっぱいに広がる幸せと満たされた気持ちを噛みしめていた。

悠斗と出会って、ようやく隠さずに愛せるってことを知ったんだ。

式が始まり、私は父に手を引かれながら、バージンロードを一歩一歩進んでいった。

父は私の手を、そっと悠斗の手に託した。「娘を、よろしく頼むよ」

悠斗はまっすぐに父を見て、しっかりとうなずいた。

「大丈夫です。命を懸けて、彼女を守ります」

そして、誓いの言葉、指輪の交換、キス。

会場は割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。

誰もがこの新しいふたりの門出を心から祝ってくれていた。

会場の片隅で、冬翔もまた拍手を送っていた。

まばたきもせず、私をじっと見つめながらーーふと、二年前の、あの消えてしまった結婚式の記憶がよみがえる。

あのときの私も、きっと全力で式の準備を進めてたんだろう。

ウェディングプラン、ドレス、披露宴ーー

何度も比べて、やっとひとつずつ決めていったに違いない。

それなのに、すべてをキャンセルする決断をした瞬間、私はどれだけ苦しかったんだろう。

そう思うと、胸が詰まって、ただただ申し訳ない気持ちでいっぱいになる。今、私はちゃんと幸せを見つけた。ーーだから、心から祝福しなくちゃいけないんだ。

冬翔はそっと目を閉じた。目尻を一筋の涙が伝った。

式が終わったあと、私は来賓へのあいさつで忙しく動き回っていた。ようやく夜になって、席について一息つこうとしたところで、日和がちょっと困ったような顔で封筒を差し出してきた。

「……これ、冬翔が渡してくれって。あと、結婚おめでとうだってさ」

そう言って、日和は私の肩をぽんと叩いてその場を離れた。

そのとき、ようやく思い出した。

ーーそういえば昨日、冬翔は結婚式に来るって言ってたのに、今日は
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  • 研究に身を捧げた私に、婚約者は狂ったように後悔した   第6話

    あと5日。私は学校に退職届を提出した。あのとき、冬翔と一緒にいるために、恩師からの「研究室に残ってほしい」という誘いを断り、冬翔のいる浜城市の大学で教員になる道を選んだ。だからこそ、私の退職に同僚たちは驚きを隠せなかった。「えっ、篠原先生、辞めちゃうんですか?」「この前、結婚式の引き菓子もらったばかりですよね?もしかして、結婚して専業主婦になるとか?朝倉先生、羨ましいな」冗談交じりの声が飛ぶ。私は荷物を抱えたまま、ふっと笑った。「違います。結婚式は、中止になりました」家に戻ってドアを開けると、ちょうど一週間ぶりに見る冬翔と夏蓮がリビングのソファに並んで座っていた。冬翔は、私が手に抱えていた荷物に気づき、思わず声をかけてきた。「その荷物、どうしたの?」私は適当に理由をでっち上げた。「もう使わないものばかりだから、持ち帰ってきただけ」冬翔は軽く頷き、部屋を見渡したあと、少し首をかしげた。「たった一週間なのに、なんだか部屋のものがずいぶん減ってる気がする」私は荷物を寝室に運び入れ、淡々と答えた。「不要なゴミを整理しただけだよ」冬翔がまだ何か言いたげだったが、夏蓮が口を挟んできた。「柚希お姉さん、この数日間、冬翔お兄ちゃんが旅行に付き合ってくれて、ほんとに助かりました。ウェディングフォトまで撮らせてくれて、夢が叶いました」「だから、今日は私がお礼にご馳走します。これからもしばらくお世話になると思うので、柚希お姉さん、どうか嫌わないでくださいね?」夏蓮の、どこか勝ち誇ったような視線が痛いほど刺さった。私は、まだ一言も責めていない。妊娠検査の紙を手にしたあの日から今日まで、何も言わず、何も問いたださずに来た。でも、今さら無意味な争いはしたくない。あと五日。五日経てば、私はもう冬翔の前から姿を消す。それまでに、この部屋の整理を終えることの方が大事だった。私が何も答えなかったせいか、夏蓮の目に一瞬で涙が浮かんだ。「冬翔お兄ちゃん……柚希お姉さん、やっぱり怒ってるのかな……結婚の準備もあるのに……でも」その言葉を聞いて、冬翔の眉がすぐに険しくなり、不機嫌そうに私を責めてきた。「夏蓮は純粋に感謝してるだけだろ。なんでそんな顔してんの?ただの食事だぞ、毒でも盛られると思ってんのか?絶対

  • 研究に身を捧げた私に、婚約者は狂ったように後悔した   第7話

    冬翔が夏蓮を車に乗せたばかりで、最後の言葉を耳にした。私は、彼が前の言葉を聞いていなかったことに気付き、適当に理由をつけた。「私の友達、少し後に出発するんだ」冬翔は頷き、それ以上は何も尋ねなかった。あと4日、冬翔は夏蓮とのウェディングフォトを持ってきた。片手にスマホで夏蓮とビデオ通話をし、もう一方の手に写真立てを持ってカメラに見せながら、優しさが溢れる表情をしていた。「夏蓮、私たちの結婚式の写真が仕上がったよ。写真を取りに行った時、スタッフもすごく良い写真だと言ってたよ」その言葉を聞いた瞬間、私はちょうど水を取りに出たところだった。冬翔の目に一瞬、少し気まずそうな表情が浮かび、私に何か言おうとしている様子だった。私はその写真に一瞥をくれ、真剣にコメントした。「確かに、綺麗だね」私は最初、高額な料金でこのカメラマンを雇ったのは、冬翔と私の最も愛し合っている瞬間を残すためだった。その時、完成した写真を見たら、きっと今までに感じたことのない幸福を感じるだろうと思っていた。スーツを着た冬翔は、私が想像していた通り、とても格好良かった。唯一の違いは、彼の隣にいる新婦が私ではないことだった。しかし、私の心の中では、それによって何も揺らぐことはなかった。夏蓮が妊娠していると知ったあの日から、冬翔への気持ちは完全に収められていた。冬翔は、逆にぽかんとした。ふと、彼は気づいた。最近、私とちゃんと話していないことに。夏蓮との旅行中、一度も私からメッセージが来なかったことにも。それが少し気になった。ビデオの中で夏蓮がまだ喋り続けているのを見ながら、冬翔はその不安な思いを振り払うように頭を振った。私は結婚準備で忙しくて疲れているのだろうと思うことにした。結婚式の前々日、私は薬をもらいに病院に行くつもりだった。しかし、思いがけず、ちょうど産婦人科の検診を終えたばかりの冬翔と夏蓮に出会った。冬翔の目に珍しく慌てた様子が見え、何かを言おうとしたが、夏蓮が先に話し始めた。彼女は私の前に歩み寄り、私の手を握って膝をつこうとした。声が震えていた。「柚希お姉さん、私は冬翔お兄ちゃんと子供を作ることに、まだあなたが同意していないことはわかっているけれど、もう待てません。医者が言うには、あと一年が限度だそうです。

  • 研究に身を捧げた私に、婚約者は狂ったように後悔した   第8話

    彼が何も考えずに私を責めるのを聞いて、思わず笑ってしまった。「私が謝るの?監視カメラを自分で見て、それでも謝る必要があるか考えてみて」冬翔が監視カメラも見ずに、私が夏蓮を階段から突き落とそうとしたって決めつけてることに驚いた。「夏蓮は病人であり、妊婦だ。そんな彼女が自分の体を傷つけるようなことをするわけがないだろう?」夏蓮の目に一瞬、慌てたような表情が浮かんだ。「もういいわ、冬翔お兄ちゃん。柚希お姉さんが怒っているのも当然よ、私たち、行こう?」しかし、冬翔は譲らなかった。「ダメだ。彼女は今日、必ず君に謝らせる」私は一歩も引かなかった。やってもいないことを認めるつもりはなかった。夏蓮は、これ以上冬翔が監視カメラを確認しようとしたら、自分の不利になってしまうと気づき、手でお腹を押さえながら体調が悪いふりをした。冬翔の怒った顔はすぐに心配そうな顔に変わり、慌てて夏蓮を抱えて医者を探しに走っていった。私は二人の背中を見送りながら、心の中で抑えきれない苦さが広がっていくのを感じた。二十年の付き合い、五年の時を共に過ごしてきたのに、冬翔は私に対して一度も信頼を寄せてくれなかった。幸いにも、私は今、目を覚まし、タイミングよく距離を取ることができた。その日、冬翔は帰ってこなかった。今、彼は夏蓮の世話をしているに違いないと思う。夏蓮は今、体調が良くないから。最後の日、私は荷物を整理して実験室に送り、ひとつのスーツケースだけを残した。夜になり、冬翔が帰ってきた。彼の顔にはまだ怒りが浮かんでいた。「夏蓮はまだ病院に寝ている。彼女は病人だし、今お腹の中の子供も安定していないんだ。もし本当に故意じゃないとしても、少しは大人になって彼女を譲ってやれないのか?そんなに細かく計算しなくてもいいだろう?」大人になれ、だと?私はもう十分に大人になったと思ってる。本来私のものだったウェディングドレスとカメラマンを夏蓮に譲り、もうすぐ私の夫になるべき人を夏蓮と子供を作らせた。今度は、冬翔の隣の席も夏蓮に譲らないといけない。冬翔は、視線をカレンダーに向けて大きな赤丸を見つけた。その表情が少し和らいだ。「もう、明日結婚するんだし、もう君とは喧嘩しないよ」「結婚式が終わったら、夏蓮に謝りに行こう。その後、俺た

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    予想していた痛みは、思ったよりも早く現れなかった。私は慌てて振り返ると、冬翔がその背後に立っているのが見えた。彼はお腹を押さえていて、見る見るうちに顔色が悪くなっていった。手で押さえているところからは、どんどん血が流れ出していた。冬翔が今にも倒れそうになるのを見て、私は急いで彼を支えながら、もう一方の手でとっさに119番へ電話をかけた。冬翔の意識はぼんやりしていて、激しい痛みが全身を支配していた。まさか、こんなにも痛いなんて。あの時、私もきっと同じような痛みを感じたんだろう。なんとか目を開けた冬翔は、私の焦った顔を見て、ふっと微笑んだ。でもすぐに、お腹の傷がまた痛みだして、彼は苦しそうに顔をゆがめた。私はとにかく血を止めることしか考えられなかった。傷口に手を当てながら、必死に叫んだ。「頑張って、冬翔、眠っちゃだめ」「すぐお医者さん来るから、絶対に耐えて」冬翔が意識を失いかけたそのとき、遠くから救急車のサイレンが聞こえてきた。救急隊はすぐに彼を運び出し、血を止めながら病院に連絡し、緊急手術の準備を始めた。冬翔は私の方を見ながら、私が動揺しているのを感じたのか、そのまま意識を失ってしまった。三時間にも及ぶ手術のあと、冬翔の容体は安定した。医師は言った。「あの一撃は命に関わるほどではなかったけれど、かなり深く刺さっていたから、出血がひどかった」と。私はほっとして、どっと力が抜けてその場に座り込んだ。病室に目をやると、まだ意識を取り戻していない冬翔の顔が見えた。胸の中は複雑で、どうしていいかわからなかった。まさか、冬翔が私を守ろうとして命をかけるなんて思わなかった。もしかして、ずっと私のことを追いかけてたの?昨日、あんなにはっきり言ったのに、どうして彼は……心の中にはたくさんの疑問が渦巻いていたけど、冬翔がまだ目を覚まさないので、その思いをそっとしまい込んだ。冬翔の両親も病院に駆けつけてきた。彼らは、元気だった冬翔が今こうしてベッドに横たわっている姿を見て、涙をこらえきれなかった。あのとき私が結婚式の日に突然姿を消したことが、冬翔がずっと立ち直れなかった理由のひとつになっていた。そして、たった数日しか経っていない今、またこんなことが起きれば、私に対して怒りが湧くのも無理は

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    私が答える前に、冬翔の表情がすぐに強く変わった。「説明できるんだ、あの時は夏蓮が俺の命を救ってくれたと思ってたんだ。俺には何の気持ちもなかったし、俺と夏蓮の間には何もなかった」「君が去った後、君が去った後、気づいたんだ。実は」冬翔は涙がこぼれそうになりながら、しばらく言葉を詰まらせていた。やっと心を落ち着けた彼は、続けて言った。「六年前のお正月の夜、助けてくれたのは君だったんだ、ずっと間違えてた」冬翔は涙で赤くなった目で私を見つめ、その目には後悔、罪悪感、焦り、そして隠れた期待が込められていた。彼は、私が真実を知ったら、彼を許して、二人が再び仲良くなることを期待していた。残念ながら、彼の思惑は外れた。冬翔が言っていた命の恩人が、六年前のお正月の夜のことだと知った時、私は確かに驚いた。あの時、冬翔が初めて夏蓮を私に紹介した時、いつ彼を助けたのかなんて言っていなかった。そしてその年、私は病院から目を覚ました後、その夜のことを冬翔の前で話したくなかった。これが誤解の始まりだったのだ。今でも、過去をすっかり忘れていた私は、運命のいたずらに驚かされる。冬翔は私が何も言わないのを見て、慎重に言葉を続けた。「柚希、あの時の子供、夏蓮に生ませなかったんだ、もう堕ろしたんだ。今、俺は間違えてたって気づいた。俺たちは戻れるのか?」冬翔の言葉が私の思考を現実に引き戻した。私は迷わず首を振った。「無理だよ」冬翔の顔は一瞬で青ざめ、目を伏せた。その決然とした言葉が、彼の中にわずかに残っていた希望を完全に砕いてしまった。彼は二年間私を待ち続けていたが、この結末が待っていたとは思っていなかった。彼は、私が永遠に彼を愛し続けると信じていたのだ。冬翔は震える声で私を見つめ、聞いた。「どうして?俺は君が好きだよ」冬翔の執拗な態度を見て、私は昔、彼と付き合っていた時の自分を思い出した。確かに、彼は私にプレゼントをくれることはなかった。他の男の子たちのように、私との関係を大切にしてくれることはなかった。「愛してる」とも言ったことはなかった。それでも、当時の私は固く信じていた。冬翔の心には私がいるはずだと。そうでなければ、どうして私と付き合うなんて言ってくれたのか。それは、ただ彼の性格が冷たかった

  • 研究に身を捧げた私に、婚約者は狂ったように後悔した   第21話

    両親も、困った顔をして横に座っていた。二年前、私は結婚式をキャンセルする決断をしたけれど、その本当の理由は伝えていなかった。研究を続けたいと言っただけだった。そのため、両親には、結婚式をキャンセルした責任は自分たちにあると思われていた。彼らはずっと、冬翔が私に対してあまり深い気持ちを持っていないと思っていたけれど、それでもやっぱり、冬翔には申し訳なく感じていた。この二年間、私が家に帰ってこなかったにもかかわらず、冬翔は定期的に家の下を通っていた。上の階に来て私の家に寄ることはなかったけれど、両親は彼が私を探しに来ていることをなんとなく感じ取っていた。特に半年くらい前から、ほぼ二日に一度は通っていた。両親は、何度も彼に来ないようにと説得していた。結局、私が結婚式をキャンセルしたとき、私は非常に決意を固めていたからだ。そして、今は私が研究室にいるので、家に帰ってくることはない。彼が家の下で待っていても、意味がない。それでも、この二年間、冬翔の執着を見守ってきた父と母は、彼に対する冷たい印象が少しだけ改善された。実際、両親は、もし私が帰ったらもう一度説得しようと思っていたこともあった。結局、私と冬翔は五年間も一緒にいたから、結婚式の日も近いはずだと思っていた。だけど、私が帰ってきたと聞いたとき、私にはもう婚約者がいることを知り、今回結婚式を挙げる予定だとも分かった。ふたりは心の中で複雑な思いを抱え、冬翔に対して申し訳ない気持ちを感じていた。午後、冬翔が家を訪れたとき、両親は、彼が私が帰ってきたことをもう知っていることを理解していた。両親は、今こそすべてをはっきりさせてもらおうと考えていた。これで冬翔も諦めるだろうと。冬翔は私が帰ってきたのを見て、目を輝かせて、すぐに立ち上がった。しかし、私は頭が痛くなった。まさか、冬翔が家まで追いかけてくるなんて思ってもみなかった。前に、彼は年長者と関わるのが嫌いだと言っていたのに、今になって家まで来て、何をしたいんだろう?両親は私を脇に引き寄せ、この二年間のことを簡単に話してくれた。二年間、冬翔がずっと私を探していたということを聞いて、私は信じられなかった。もし両親が話していなかったら、私はきっと信じなかっただろう。私の中では、冬翔はもう私のことが好

  • 研究に身を捧げた私に、婚約者は狂ったように後悔した   第20話

    私はそのことばを聞いて、思わず笑いそうになった。何が「うそ」なの?わざわざ彼を怒らせるために、私が役者でも雇ったって言いたいの?そんなこと、どうだっていい。彼が何を思おうと、私には関係ない。でも、心のどこかでほんの少しだけ、疑問が浮かんだ。前に付き合っていたころ、冬翔はいつもどこか冷たかった。私がどんなに想っても、全然変わらなかった。あのとき、本気で思った。彼の心って、石みたいなんじゃないかって。どれだけあたためても、全然ぬくもりが返ってこなかった。そしてーー夏蓮があらわれた。あのとき初めて知った。冬翔にも、誰かにやさしくできる心があるんだって。だから、私は身を引いた。ふたりを応援する道を選んだ。なのに今、この態度はなに?まるで、私に未練があるかのような目。たしかに、夏蓮は病気で亡くなった。でも、だからって私に近づいてくるなんて、おかしいよね。「ごめんね、悠斗は私の正式な婚約者なの」「結婚式は今月の十八日。もう十日しかないの」ひとことひとことが、まるで雷のように冬翔の耳に響いた。彼の目はあっという間に赤くなって、現実を受け入れられない様子だった。好きな女の子が、ほかの男と結婚するなんて、簡単には飲み込めなかった。でも、私はもう感情を引きずるつもりなんてなかった。どうして、関係ないひとりのせいで、今日のたのしい歓迎会が台なしにされなきゃいけないの?私はみんなを呼んで、別の場所にうつることにした。その場を通りすぎようとしたとき、冬翔は無意識に手を伸ばして、私の服のすそをつかんだ。だけど、もうそこに何の感情もなかった私は、ためらうことなくその手をふりはらって、悠斗の手をしっかり握り、その場を後にした。冬翔は、一人、ぼんやりと立ち尽くしたまま、私たちの背中を見つめることしかできなかった。車に乗ったあと、悠斗はすぐに私を抱いていた手を離して、腕を組み、少し距離を取ってそっぽを向いた。私は吹き出してしまった。ああ、嫉妬してるんだなって、すぐに分かった。そういえば、誰かが自分のためにやきもちを焼いてくれるなんて、初めてのことかもしれない。昔、冬翔と付き合い始めたころ、彼の態度はずっと変わらなかった。だから、やきもちを焼かせれば少しは気にしてもらえるんじゃないかと思った。わざと男友だちと

  • 研究に身を捧げた私に、婚約者は狂ったように後悔した   第19話

    冬翔は個室の扉の前に立ち、鏡に映る今日の服装を整えながら、少しだけ気持ちを落ち着かせていた。本当は、ただごはんを食べに来ただけだった。まさか私に会うことになるなんて、思ってもみなかった。でも、私がこの場所にいるってわかってしまった以上、次に会える日まで待つなんて、できなかった。あわてて服を整えて、個室の前まで来た。扉を開ける直前、私がどんな反応をするか、少しだけ想像してみた。もしかしたら、まだ怒っていて、許してくれないかもしれない。それとも、もう全部を忘れて、ただの知り合いとして接してくれるかもしれない。でも、どんな形であっても、今の私の気持ちがどうであれ、冬翔はそれを受け止めるつもりだった。何よりも、もう一度私に会えるだけで、十分だった。そして、自分の想いを伝えれば、私もまた彼のことを好きになってくれる。そんな自信があった。ただ、思いもしなかったのはーー私にはもう恋人がいて、しかも近いうちに結婚するということだった。「婚約者」って言葉が耳に入った瞬間、まるで冷たい水を浴びせられたみたいに、全身が凍りついた。心臓を大きな手でぎゅっと握られたような感覚に襲われて、息もできなくなった。彼は、私が冗談を言っているんじゃないかって、どこかで期待していた。悠斗はただの後輩なんだって、そう言ってくれるんじゃないかって。でも、それはなかった。個室の中では、私の友達たちがどんどん盛り上がって話していて、話題は花嫁の付き添いのことから、子どもの名付け親のことにまで広がっていった。もう我慢できなかった!そう思った瞬間、冬翔は勢いよくドアを押し開けた。彼の視線は、すぐさま私と悠斗がつないでいた手に釘付けになった。二人のあいだにただよう、そのはっきりとした親しさが、彼の息を止めた。でも、私は冬翔がそれを見て、何を思ったかなんて、まったく気にしていなかった。彼は、私たちが二年前に別れたことを知っている。私にとって冬翔は、せいぜい「知ってるようで知らない人」でしかなかった。本来なら楽しいはずだった今日の歓迎会は、冬翔が現れたことで一瞬にして台なしになった。しかも、私にとっては何の意味もない、唐突な言葉を投げかけてきた。二年前、別れを切り出したのは彼のほうだったはず。だったら、今になって一体何を言

  • 研究に身を捧げた私に、婚約者は狂ったように後悔した   第18話

    二年後、浜城市空港。私はキャリーケースを引きながら、周囲の変化を観察していた。まさか初回の実験研究が二年もかかるとは思ってもみなかった。でも、最終的な成果は完璧だった。先生は私たちに丸々二ヶ月の休暇をくれて、やっと私は再び浜城市の地を踏むことができた。一瞬、感慨深さがこみ上げる。この街を離れてから、もう二年になる。でも、違うのはーー隣にいる悠斗の楽しげな姿が目に入った瞬間、私の視線は優しくなった。違うのは、二年前は一人でここを離れた。二年後は、二人で帰ってきた。そして今回の帰還には、もう一つ重要な目的がある。悠斗は腕時計を見下ろし、私の手首を掴んで小走りに急かす。「柚希さん、早くしないと遅れるよ」私が浜城市に戻ってくるという話を聞いた日和は、即座に歓迎パーティーを開くと言い出した。二年ぶりの再会に、仲間たちと盛り上がりたいとのことだった。私も彼女たちが恋しかったから、すぐにOKを出して、パーティーは私と悠斗が到着する当日に設定された。私たちがレストランの入口に着いた時、ちょうど約束の時間だった。悠斗に手を引かれ、慌ただしく駆け込む。階段を登っている途中、どこかで見覚えのあるシルエットが視界の端に映ったような気がした。でも、あまりにも急いでいたせいで見間違いだと思い、気にせず個室を探した。一方その頃ーー冬翔は胸を押さえ、瞳を潤ませながら、震えるような喜びの中にいた。二年ーー彼はこの二年間ずっと、私の姿を待ち続けていた。誰にも分からない。あの空っぽの部屋で、どれだけ孤独な夜を彼が一人で過ごしたか。最初の頃は、毎晩眠れなかった。ようやく朦朧とした意識で眠りに落ちても、目覚めた途端、最初に口にしたのは「柚希」という名前だった。でも、返ってくるのはただの静寂だけ。もう朝食を用意してくれる人もいないし、帰宅を待ってくれる人もいない。部屋の隅々を探しても、私に関するものは何一つ残っていなかった。かつてお揃いで買ったルームウェアさえ、すでに姿を消していた。彼の唯一の慰めは、枕元に置いた一冊のカレンダー。 それには、私が書いた【別れる】という言葉があった。だが、彼にとってそれは私が残した唯一の痕跡だった。しかも、彼はずっと信じていた。自分が認めなければ、二人はまだ別れて

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