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第185話

Author: 栄子
蘭は悠人を寝かしつけてから階下に降りた。

誠也はもう帰っていて、リビングのソファには遥が一人ぽつんと座り、かすかに彼女のすすり泣く声が聞こえた。

蘭は眉をひそめ、急いで近づいて行った。

「遥、どうしたの?」蘭は遥の隣に座り、「どうして泣いているの?誠也は?喧嘩でもしたの?」と尋ねた。

遥は首を横に振った。

「喧嘩じゃないなら、どうして泣いているの?」蘭はティッシュを何枚か取り、彼女の涙を拭いて、「一緒に招待状のデザインを選んでいたんでしょう?嬉しいことなのに、どうして泣いているの?」と尋ねた。

「お母さん......」遥は突然蘭に抱きついた。「誠也は、以前ほど私のことを愛してくれていない気がするの」

蘭は驚いた。「まさか。もうすぐ結婚式なのに、考えすぎよ」

「考えすぎなんかじゃない。彼は最近いつも忙しくて、たまに帰ってきても上の空なの」

遥は鼻をすする声を立て、泣き声はやり切れなさと無力感に溢れていた。

しかし、蘭の見えないところでは、遥の目に策略と陰険さが隠されていた。

「お母さん、私は記憶喪失で、たくさんのことを覚えていないの。でも、前に悠人から、あの二宮さんと誠也が5年間も秘密結婚していたって聞いたわ。誠也は私だけを愛しているって言ってくれてるけど、最近、あんなに上の空だと、本当に不安なの......

お母さん、誠也はもしかして、あの二宮さんのことを好きになってしまったのかしら?」

蘭は、胸がドキッと締め付けられた。

どうやら、一番心配していたことが起こってしまったようだ。

男ってみんな、下半身で考える生き物だから。

特に権力と財産を持った男が、心を込めて一人の女性だけを愛し続けるなんて、夢物語だ。

蘭はこれまでの人生で、男を信用したことは一度もなかった。今の裕福な暮らしは、男の口にする愛を信じなかったおかげだと思っている。

あの時、明彦と関係を持ったのは、彼の能力と二宮家の地位が欲しかったから。

もし明彦が死んでいなかったら、二宮家はもっと繁栄して、自分は今頃、桜井直哉(さくらい なおや)の後妻ではなく、明彦の妻になっていたはずよ。

桜井家は今でこそ北城では二宮家よりはるかに地位が高いけど、桜井家の親族は未だに自分を子連れの後妻として見下しているんだ。

特に直哉が脳卒中で倒れてからは、桜井家での自分の立場は日に日に悪
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