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第574話

Author: 栄子
音々は綾の耳元で言った。「もう行きますね。子供たちと仲良く暮らしてください。また来年のお彼岸に、誠也に会いに来ます」

綾は頷いた。「ご縁があれば、また会えるでしょう」

音々は綾から離れ、運転席に座る輝の方を向いて、明るく手を振った。「岡崎さん、さようなら!」

輝は彼女を見て、少し迷った後、言った。「お元気で」

音々は微笑んで、自分の車へと歩いて行った。

綾は視線を戻し、車のドアを開けて乗り込んだ。

雨はまだ降っている。今日でお別れだけど、これからはみんな、幸せに暮らせたらいいなと一行はそれぞれ願っていた。

......

夏が過ぎ、秋が来て、そして冬が訪れた。

北城に、今年の初雪が降った。

この雪とともに、正月も間もなくやってくる。

ニュースの天気予報では、今年の北城の雪は4年前の雪に匹敵すると言っていた。

正月を直前にして、北城の駅や空港は人でごった返していた。

この街は、相変わらず賑やかだ。

綾は朝早くから、自ら車を運転して空港に向かった。お迎えに行くためだ。

初と輝は、それぞれ実家に帰って家族と過ごすことになっていた。

輝は一昨日出発した。彼の祖父と両親は、彼もいい年なんだからと今年の正月を利用して、彼にお見合いをさせようと考えているらしい。もちろん、輝本人はそのことを知らない。

出発前、輝は子供たちとたっぷり遊んで、星城市に一緒に帰るよう、お年玉で釣ろうとした。

しかし、綾がここにいるので、子供たちは輝が好きでも、綾を置いて星城市へ行こうとしなかった。

綾が空港へ行くのは、文子と史也を迎えに行くためだ。

彼らはここ数年、毎年綾たちと一緒に年を越していたのだ。

その前の週に、澄子と高橋、そして仁も北城に来ていた。

仁と澄子は一緒になった。今回、澄子が北城に戻ってきたのは、綾と一緒に年を越すためと、仁と結婚するためだ。

澄子の戸籍謄本は北城にあるので、結婚するには一度戻ってくる必要があった。

綾は結婚について、特に反対はしていなかった。逆に母親が良き伴侶を見つけられたことを喜ばしいことだと思った。

しかし、娘として母親の結婚相手を見極める責任もある。

仁は穏やかで、澄子にとても優しく、献身的に接している。雲水舎に一週間滞在したが、雲たちも仁をとても高く評価していた。

綾は個人的に高橋にも話を聞いた。高橋によると
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