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第2話

作者: かも知らず
椅子に座り直すと、スマホがまた震えた。

画面を見ると、紗季がまた動画を投稿していた。

カメラの前の紗季は目を赤くし、震える声で話していた。

「みんな、応援してくれてありがとう。私はただ、普通に働きたいだけなんです。こんなおかしな会社のやり方で、これ以上つらい思いをする人を増やしたくありません」

俺はスマホを置き、机の上ですっかり冷めたコーヒーに手を伸ばした。

直後、ドアの向こうから、また誰かが机を叩いたような大きな音がした。

久美子はドアのそばに立ち、何か言いたそうに俺を見ていた。

俺は久美子に目を向けた。

「小川の入社時の書類も出しておいてくれ」

……

翌日、紗季は会社を休んだ。

病欠の連絡と一緒に出された診断書には、急性胃腸炎と書かれていた。

ところが動画アプリを開いてみると、紗季は自宅のベッドに座ってライブ配信の真っ最中だった。後ろの壁には「職場改革」と大きく書かれた横断幕まで掛けられていた。

「みんな聞いて。私、本当のことを言ったら会社に目をつけられちゃって……今日は怖くて、会社に行けなかったの」

ノーメイクで薄手の白いTシャツ姿の紗季は、もともと細身なこともあって、いかにも弱々しく見えた。

視聴者はすでに2万人を超え、紗季を心配するコメントがひっきりなしに流れ、投げ銭も次々と飛んでいた。

「私、まだインターンなんだよ。給料だって決して高くないの。でも後悔はしてない。雇われてる側だからって……」

そこで紗季はわざと声を詰まらせ、手の甲で目元をぬぐった。

「こんな扱いをされていいわけじゃないから」

声を詰まらせるタイミングも、その仕草も、あまりに出来すぎていた。

俺は紗季にメッセージを送った。

【小川、入社してまだ1か月だ。これまで会社がどんな社員旅行をしてきたか、まだ知らないだろう】

【今ならまだ引き返せる。ここでやめれば、これ以上大事にはならない】

既読はついたが、返事はなかった。

ところが30分後、紗季の配信を覗くと、さっき送ったメッセージをそのまま読み上げていた。

紗季は俺とのやり取りのスクショまで配信画面に出した。

「みんな、これ見て。社長本人からこんなメッセージが来たの。

『今ならまだ引き返せる』って……要するに、黙れってことでしょ?こんなの脅しと同じじゃない?」

その瞬間、コメント欄が一気に荒れた。

【え、これ普通にアウトじゃない?】

【怖すぎる……やり取りは全部残しといたほうがいいよ】

【スクショ取っといた。何かあったとき証拠にできると思う】

投げ銭の額も、見るたびに増えていた。

午後になると、久美子と和彦がそろって俺のところへやってきた。二人とも浮かない顔をしていた。

和彦が先に口を開いた。

「社長、もう黙ってるだけじゃまずいですよ。ネットじゃ話がどんどん大きくなって、今度は裏金だの賄賂だのって言い出す連中まで出てきてます」

久美子も頷いた。

「和彦とも話したんですけど、一度、会社の公式サイトでこれまでの経緯をきちんと説明したほうがいいと思います。

去年、自治体からいただいた優良事業所の表彰状と、納税証明書も一緒に載せましょう」

少し考えてから、俺もそうすることにした。

ところが、会社の説明を掲載してから2時間もしないうちに、紗季はその内容を配信で取り上げていた。

しかも、まるでこちらが必死になるのを面白がっているような笑い方だった。

「みんな見て。今度は『うちは表彰された会社です』って、表彰状まで持ち出してきたよ。

でも、こういう表彰だって、どういう基準で選ばれたのかなんて私たちにはわからないよね。裏でお金が動いてても、外からじゃわからないし」

それを聞いた途端、コメントの流れがまた変わった。

【急に表彰歴まで出してくるの、逆に怪しくない?】

【その表彰、どういう基準で選ばれたのかも調べてほしい】

【本当に何もないなら、ここまで必死にアピールする必要なくない?】

向かいに座っていた久美子は表情をこわばらせ、手にしたペンをぎゅっと握っていた。

「ここまで好き勝手言えるなんて……信じられません」

俺はそこで配信を閉じた。

和彦がこちらに寄ってきて、声を落とした。

「社長、あの子、最初から狙ってやってますよ。言葉の選び方も、人を煽るやり方も慣れすぎてる。まだ社会人経験も浅いインターンが、一人でここまでやれるとは思えません」

その可能性なら、俺もとっくに考えていた。

今まで動かなかったのは、こちらが気づいていると悟らせたくなかっただけだ。

「もう少しだけ好きにさせておけ。こっちも、このまま黙って終わるつもりはない」

久美子はまだ不安そうだったが、俺が慌てていないのを見ると、それ以上は何も言わなかった。

俺はパソコンを開き、紗季が入社初日に提出した人事書類を確認した。

緊急連絡先の欄に書かれていたのは家族ではなく、鈴木健太(すずき けんた)という名前だった。

本人との関係の欄には、「友人」と書かれていた。

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最新章節

  • 社員旅行を潰した新人が泣いた日   第10話

    「社長……お願いします。配信で入った分も全部返します。ちゃんと謝ります。だから、これ以上は……」俺はテーブルに置いてあった書類を手に取り、紗季の前で開いた。「これは警察に提出した告訴状の控えだ」次の書類を見せた。「こっちは法務がまとめた損害額の試算だ。今回の件で会社に出た損害は、今後の影響まで含めて6000万円を超えてる」さらに別の書類を取り出した。「それから、裁判所から届いた呼出状だ。いつ出ることになってるか、自分で見ろ」書類を差し出すと、紗季は震える手で受け取った。「みんなのためだって言ってたよな。だったら、なんで嘘までついてこんな騒ぎにした?おかげで俺だけじゃなく、会社のみんなまで散々振り回された」紗季はうつむいたまま何も言えず、手元の書類に涙を落とした。会議室を出る直前、健太はスクリーンを振り返った。配信のコメントはまだ流れ続けていた。【もうこれ自業自得でしょ】【これクビだけじゃ終わらなくない?】【小川さんも騙されてたとはいえ、あの動画出したのは本人だからな】視聴者はもう、紗季が会議室に入ってきたときの4倍まで増えていた。それでも、2人をかばうコメントはほとんど流れてこなかった。2人は警察官に付き添われ、そのまま会議室を出ていった。廊下は静まり返り、靴音だけが遠ざかっていった。紗季が和彦のそばを通りかかったとき、和彦が声をかけた。「次からは、うまい話を簡単に信じるなよ」紗季は顔を上げず、そのまま歩いていった。扉が閉まり、2人の姿が見えなくなると、会議室に張りつめていた空気もようやく緩んだ。俺はその場を離れ、窓際へ向かった。会社の前には白い貸切バスが1台、エンジンをかけたまま待っていた。運転手はドアの横でスマホを見ていた。1階へ下りると、社員たちはもう荷物を持って集まっていた。大きなスーツケースを引く人もいれば、リュック姿の人もいる。久美子はキャリーケースを引きながら、家族に電話で出発を知らせていた。「お前ら、荷物いつ持ってきたんだ?」「先週ですよ」和彦が笑いながらサングラスを差し出した。「みんな行く気満々で待ってたんです。いつでも出られるように準備してましたよ」俺はそのサングラスをかけ、和彦と一緒に外へ出た。外に出ると、昼の日差しがまぶしかった。さ

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  • 社員旅行を潰した新人が泣いた日   第5話

    コメント欄の流れが、一瞬止まった。次の瞬間、堰を切ったようにコメントが一気に流れ出した。【え、ちょっと待って。モルディブで水上ヴィラ、しかもビジネスクラスってマジ?】【一人40万円も出るの?それで「強制参加させられた」って言ってたの?】【いや、これ普通に福利厚生よすぎでしょ。むしろ行きたいんだけど】【これ見たら、さすがに印象変わるわ。労基に通報するような話だったの?】コメントはますます速く流れ、さっきまで紗季を応援していた人たちまで、次々と疑問をぶつけ始めた。カメラがテーブルの上を映すと、並べられた契約書の原本は、金額も日付も社印もはっきり確認できた。紗季は目に見えて動揺した。最初は信じられないという顔をしていたが、すぐに焦りがにじみ、最後には顔からすっかり血の気が引いた。「そ、そんなの……ありえない」その声には、もうさっきまでの余裕がなかった。「こんなの、私を騙すために用意したんでしょ――」俺は銀行振込の承認書を一枚手に取った。「契約書も支払いの記録も、全部偽造だって言うのか?明日、労基署が確認に来ても、同じことを言えるのか?」紗季は何か言いかけたが、そのまま黙り込んだ。コメント欄には、今度は紗季を責める声が次々と流れ始めた。【え、会社の人たち、この子のせいでモルディブ行けなくなったってこと?】【同僚だったらそりゃ怒るでしょ。楽しみにしてた人もいたはずだし】【机叩いてたの、強制参加に怒ってたんじゃなくて、旅行が中止になったからだったのか。そりゃキレるわ】【3日間ずっと社長叩いてたけど、完全に話が逆だったじゃん。こっちが乗せられてたのか】紗季の手が震え始めた。慌ててテーブルの上のスマホに手を伸ばしたが、指がうまく動かず、何度やっても配信を切れなかった。そのとき、後ろで椅子を引く音がして、健太が立ち上がった。心配そうな顔を作り、なだめるように両手を前に出しながらこちらへ歩いてきて、そのまま紗季と俺の間に入った。「社長、ちょっと落ち着きましょう」そう言いながら、健太は配信カメラにちらりと目を向け、自分が映っているのを確認してから俺に向き直った。「ちょっとした行き違いですよ。小川さんはまだ入ったばかりで、これまでの社員旅行がどんなものか知らなかったんです。せっかくの

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