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第9話

Author: かも知らず
配信はまだ続いていたが、誰も止めようとはしなかった。

後ろの隅では、若手4人が身を寄せ合ったまま、誰も口を開かなかった。

俺はもうそちらには目を向けず、中央に座る古参社員たちを見た。

久美子と和彦をはじめ、美香や直樹、それに各部署で長く働いてきた社員たちが並んでいた。

この3日間、彼らはネットには一度も書き込まず、騒ぎに便乗して俺を責めることもなかった。ただ普段どおり仕事をして、時々久美子に俺の様子を聞いていた。

思わず口元が緩んだ。笑ったのは、この3日で初めてだった。

「みんな、これで一つ片づいた」

美香は目を潤ませ、和彦は鼻をすすって、何でもないふりで顔をそらした。

「でも、俺たちの休みはこれからだ」

俺はスーツの内ポケットから、さっきとは別の封筒を取り出した。

「労基署から確認が入った以上、会社行事としての社員旅行はいったん中止にした。そこはもう決めたことだ。ただ、俺が個人的にみんなを旅行に招くなら話は別だ」

封筒から書類を取り出し、テーブルの上に広げた。

「旅行の期間は特別休暇にする。行き先も予定どおりモルディブだ。7日間、ビジネスクラスに水上ヴィラ。補
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  • 社員旅行を潰した新人が泣いた日   第10話

    「社長……お願いします。配信で入った分も全部返します。ちゃんと謝ります。だから、これ以上は……」俺はテーブルに置いてあった書類を手に取り、紗季の前で開いた。「これは警察に提出した告訴状の控えだ」次の書類を見せた。「こっちは法務がまとめた損害額の試算だ。今回の件で会社に出た損害は、今後の影響まで含めて6000万円を超えてる」さらに別の書類を取り出した。「それから、裁判所から届いた呼出状だ。いつ出ることになってるか、自分で見ろ」書類を差し出すと、紗季は震える手で受け取った。「みんなのためだって言ってたよな。だったら、なんで嘘までついてこんな騒ぎにした?おかげで俺だけじゃなく、会社のみんなまで散々振り回された」紗季はうつむいたまま何も言えず、手元の書類に涙を落とした。会議室を出る直前、健太はスクリーンを振り返った。配信のコメントはまだ流れ続けていた。【もうこれ自業自得でしょ】【これクビだけじゃ終わらなくない?】【小川さんも騙されてたとはいえ、あの動画出したのは本人だからな】視聴者はもう、紗季が会議室に入ってきたときの4倍まで増えていた。それでも、2人をかばうコメントはほとんど流れてこなかった。2人は警察官に付き添われ、そのまま会議室を出ていった。廊下は静まり返り、靴音だけが遠ざかっていった。紗季が和彦のそばを通りかかったとき、和彦が声をかけた。「次からは、うまい話を簡単に信じるなよ」紗季は顔を上げず、そのまま歩いていった。扉が閉まり、2人の姿が見えなくなると、会議室に張りつめていた空気もようやく緩んだ。俺はその場を離れ、窓際へ向かった。会社の前には白い貸切バスが1台、エンジンをかけたまま待っていた。運転手はドアの横でスマホを見ていた。1階へ下りると、社員たちはもう荷物を持って集まっていた。大きなスーツケースを引く人もいれば、リュック姿の人もいる。久美子はキャリーケースを引きながら、家族に電話で出発を知らせていた。「お前ら、荷物いつ持ってきたんだ?」「先週ですよ」和彦が笑いながらサングラスを差し出した。「みんな行く気満々で待ってたんです。いつでも出られるように準備してましたよ」俺はそのサングラスをかけ、和彦と一緒に外へ出た。外に出ると、昼の日差しがまぶしかった。さ

  • 社員旅行を潰した新人が泣いた日   第9話

    配信はまだ続いていたが、誰も止めようとはしなかった。後ろの隅では、若手4人が身を寄せ合ったまま、誰も口を開かなかった。俺はもうそちらには目を向けず、中央に座る古参社員たちを見た。久美子と和彦をはじめ、美香や直樹、それに各部署で長く働いてきた社員たちが並んでいた。この3日間、彼らはネットには一度も書き込まず、騒ぎに便乗して俺を責めることもなかった。ただ普段どおり仕事をして、時々久美子に俺の様子を聞いていた。思わず口元が緩んだ。笑ったのは、この3日で初めてだった。「みんな、これで一つ片づいた」美香は目を潤ませ、和彦は鼻をすすって、何でもないふりで顔をそらした。「でも、俺たちの休みはこれからだ」俺はスーツの内ポケットから、さっきとは別の封筒を取り出した。「労基署から確認が入った以上、会社行事としての社員旅行はいったん中止にした。そこはもう決めたことだ。ただ、俺が個人的にみんなを旅行に招くなら話は別だ」封筒から書類を取り出し、テーブルの上に広げた。「旅行の期間は特別休暇にする。行き先も予定どおりモルディブだ。7日間、ビジネスクラスに水上ヴィラ。補助金も予定していた額より16万円増やして俺が出す。家族も一緒でいい。ホテルには昨夜もう一度確認を取ったし、航空券の変更も済んでる」久美子が驚いた顔で俺を見た。「社長……いつの間に、ここまで?」「この3日間、俺が何もしてなかったとでも思ったか?」久美子の目から涙がこぼれた。「ニュージーランドのときも、それ以前の旅行のときも、ずっと一緒に会社を支えてくれたのはみんなだ。せっかく楽しみにしてたんだ。ここで金を惜しむつもりはない」和彦もとうとうこらえきれず、嬉しそうに笑った。「ただし――」俺はみんなを見回した。「今回参加するのは、今回の騒ぎに関わっていなかった社員と、その家族だけだ」そう言って、俺は後ろの数人を一度だけ見た。その言葉が最後の追い打ちになったのか、紗季の表情がまた強張った。涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、目の前で喜び合う社員たちを、ただ黙って見つめていた。古参社員たちは次々と席を立ち、あちこちで歓声が上がった。美香も直樹のそばで嬉しそうに声を上げ、和彦はもう妻に電話をかけていて、その大声は会議室の外まで聞こえそうだった。

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    「俺を追及したいなら、好きにしてください。でも、あの取引の代金はもう入ってきませんよ。俺からの置き土産ってことで」その一言で、会議室が静まり返った。久美子の顔も険しくなり、近くで誰かが息を呑む音まで聞こえた。配信のコメントも、ほんの一瞬だけ途切れた。【こいつ開き直りすぎだろ】【6000万の取引横取りしといて、よくそんなこと言えるな】俺はしばらく健太を見つめたあと、ふっと笑った。健太は一瞬、面食らったような顔をした。「……何がおかしいんですか?」「和彦、最後の資料を出してくれ」和彦がパソコンを操作すると、スクリーンに映ったのは、健太がさっき6000万円を超える取引だと言っていた相手の信用調査資料だった。4月下旬から支払いが滞り、先週には債権者から仮差押えも申し立てられていた。代表ともすでに連絡がつかなくなっていた。さらに別の資料には、姿を消す3日前、会社の口座から大半の資金が動かされていた記録もあった。健太の顔から、さっきまでの余裕が消えた。「もう分かっただろ。仕入先への未払いは14億円以上。それなのに逃げる直前まで、払う気もないままあちこちへ発注して、商品だけ受け取ってた」俺はそのまま続けた。「お前が持ち出した見積データと顧客情報は、2週間前に俺がわざと目につくところへ置いておいた。その資料を青嶺商事に持ち込んで、見返りでももらうつもりだったんだろ?」健太は何も答えなかった。「だが、お前が持っていったのは、もうまともに代金を払える状態じゃない取引先の情報だ。青嶺商事はお前が渡した価格をもとに、その取引先と話をまとめて、商品まで納めた」俺は少し間を置いて、健太を見た。「商品はもう納めてる。でも、代金は入ってこない。青嶺商事がどれだけ損するか分かるか?そのとき、向こうが真っ先に誰のところへ来ると思う?」健太は力が抜けたように椅子へへたり込み、その勢いで椅子が後ろへ滑って壁にぶつかった。「じゃあ……あの資料、最初から偽物だったんですか?」「偽物じゃない。見積もりの数字は全部本物だ」俺はスクリーンに映った資料へ目を向けた。「ただ、その取引先はもう代金を払える状態じゃなかった。それだけだ」会議室では誰も声を出せないままだったが、配信のコメント欄にはすぐに新しい書き込みが流れ始めた。

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    「社長、私たちは何も知らなかったんです。鈴木さんから、小川さんは会社にひどい扱いを受けてるって聞いて……ただ、助けようと思っただけで――」「助けるって、何をするつもりだった?」「その……ちゃんと会社に対応してもらおうと……」「入社して3か月だったな。会社が契約してるジム、使ったことあるか?」彼は一瞬言葉に詰まってから、「あります」と答えた。「利用料は?」「かかってません」「昼食代も会社持ちだよな?」「……はい」「この前の決算賞与、いくら出た?」彼は黙った。隣にいた女性社員が、小さな声で「……16万円です」と答えた。「入って3か月のお前たちにも、16万円出してる。それでも、小川が会社にひどい扱いを受けてるって話を、そのまま信じたのか?」若手たちは、誰も口を開かなかった。そのとき、紗季が和彦の手を振りほどき、よろめきながら会議テーブルの前まで駆け寄った。「社長、私が悪かったです」その勢いのまま床に膝をつき、鈍い音がした。「社員旅行があんなに豪華だなんて、本当に知らなかったんです。鈴木さんからは、休みの日に何もない山奥まで連れていかれるって聞いてて……配信でもらったお金も、全部返すから……お願いです。もう許してください」コメント欄には、紗季に同情する声も出始めた。【この子も利用されてたんじゃない?もう十分でしょ】だが、それ以上に厳しいコメントが続いた。【いや、デマ流したときは散々好き勝手やってたじゃん】【何も確認せずに動画上げたのは自分でしょ。利用されてたからって、それで済む話じゃないでしょ】和彦がポケットに手を入れたまま歩み寄り、膝をついた紗季を見下ろしたあと、周りの若手たちにも目を向けた。「今さら泣いたって遅いだろ。会社をここまでめちゃくちゃにしといて、さっきまであれだけ堂々としてたじゃないか」和彦は黙って座っていた古参社員たちを見回し、営業部の藤井美香(ふじい みか)に声をかけた。「藤井さん、一昨年のニュージーランドのこと、こいつらに話してやってくださいよ」美香は立ち上がった。目元はまだ赤かったが、声は落ち着いていた。「一昨年の社員旅行はニュージーランドでした。みんなでスカイダイビングもして、一人80万円くらいかかりましたけど、費用は全部会社が出してくれま

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    2ページ目に映ったのは、データの持ち出し履歴だった。大口取引先3社の最低提示価格を含む見積書や契約関連のデータで、会社の営業に関わる重要な情報ばかりだった。ファイルは合わせて47MBあり、すべて健太のアカウントから書き出されたあと、そのまま社外のメールアドレスへ送られていた。「送信先のドメインを見てみろ。青嶺商事のものだ」俺は画面を指した。3ページ目には、健太と紗季のメッセージのやり取りが映し出された。日付は、紗季があの動画を投稿する2日前だった。【紗季ちゃん、俺が言ったとおりに撮ればいいよ。言うことはこっちで考えてあるから】【心配しなくていいって。こういう会社の社員旅行なんて、休みの日に何もない山奥へ連れていかれるようなもんだから。俺、もう4年もいるんだぞ?】【動画は絶対伸びるって。うまくいけば案件だって来るようになるし。そのときは俺がきっかけ作ったこと、忘れるなよ】最後のメッセージまで映し出されると、会議室はしんと静まり返った。スクリーンを見ていた40人余りの視線が、そのまま健太へ集まった。健太は唾を飲み込み、少し間を置いてから口を開いた。「いや……違います。別に、そんなつもりじゃ……」「じゃあ、どういうつもりだった?」「いや、それは……冗談で言っただけで――」俺は久美子から別の資料を受け取り、何枚かめくった。「だったら、こっちは?」資料を開いたまま健太に見せた。「先月だけで2回、青嶺商事の営業部長と会ってるよな。しかも、そのときの写真を自分で載せてる。向かいに座ってる男の上着には青嶺商事のロゴまで入ってるけど……何を話してたんだ?」健太は黙り込んだ。その横で、紗季は画面に映ったメッセージを見たまま、しばらく動かなかった。やがてゆっくり健太のほうを向いた。「……私に嘘ついてたの?」声が震えていた。「社員旅行なんて何もない山奥に連れていかれるだけで、こんな会社ろくなところじゃない、動画を出せばみんなのためになるって……そう言ったよね?」言葉を重ねるうちに、紗季の口調も次第に強くなっていった。「全部、最初から嘘だったの?」健太は紗季の勢いに押されるように、一歩下がった。「おい、ちょっと待て。話せば――」「ふざけないで!」紗季は椅子から立ち上がるなり健太につかみ

  • 社員旅行を潰した新人が泣いた日   第5話

    コメント欄の流れが、一瞬止まった。次の瞬間、堰を切ったようにコメントが一気に流れ出した。【え、ちょっと待って。モルディブで水上ヴィラ、しかもビジネスクラスってマジ?】【一人40万円も出るの?それで「強制参加させられた」って言ってたの?】【いや、これ普通に福利厚生よすぎでしょ。むしろ行きたいんだけど】【これ見たら、さすがに印象変わるわ。労基に通報するような話だったの?】コメントはますます速く流れ、さっきまで紗季を応援していた人たちまで、次々と疑問をぶつけ始めた。カメラがテーブルの上を映すと、並べられた契約書の原本は、金額も日付も社印もはっきり確認できた。紗季は目に見えて動揺した。最初は信じられないという顔をしていたが、すぐに焦りがにじみ、最後には顔からすっかり血の気が引いた。「そ、そんなの……ありえない」その声には、もうさっきまでの余裕がなかった。「こんなの、私を騙すために用意したんでしょ――」俺は銀行振込の承認書を一枚手に取った。「契約書も支払いの記録も、全部偽造だって言うのか?明日、労基署が確認に来ても、同じことを言えるのか?」紗季は何か言いかけたが、そのまま黙り込んだ。コメント欄には、今度は紗季を責める声が次々と流れ始めた。【え、会社の人たち、この子のせいでモルディブ行けなくなったってこと?】【同僚だったらそりゃ怒るでしょ。楽しみにしてた人もいたはずだし】【机叩いてたの、強制参加に怒ってたんじゃなくて、旅行が中止になったからだったのか。そりゃキレるわ】【3日間ずっと社長叩いてたけど、完全に話が逆だったじゃん。こっちが乗せられてたのか】紗季の手が震え始めた。慌ててテーブルの上のスマホに手を伸ばしたが、指がうまく動かず、何度やっても配信を切れなかった。そのとき、後ろで椅子を引く音がして、健太が立ち上がった。心配そうな顔を作り、なだめるように両手を前に出しながらこちらへ歩いてきて、そのまま紗季と俺の間に入った。「社長、ちょっと落ち着きましょう」そう言いながら、健太は配信カメラにちらりと目を向け、自分が映っているのを確認してから俺に向き直った。「ちょっとした行き違いですよ。小川さんはまだ入ったばかりで、これまでの社員旅行がどんなものか知らなかったんです。せっかくの

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