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第146話

Author: 雲間探
電話を切った玲奈は、再び仕事モードに切り替えた。

夜の九時を過ぎた頃には、知識のシャワーを浴びたおかげで、玲奈の気分もだいぶ落ち着いていた。

そんな時、礼二から電話がかかってきた。

「ちょっと出かけない?」

三十分後、玲奈はバーに到着した。

礼二は店の外まで迎えに出て、「何か飲む?」と聞いた。

玲奈は少し迷ってから「少しだけ」と答えた。

礼二は彼女の顔を覗き込んで、また訊いた。「気分、落ちてる?」

「今はだいぶマシ」

礼二はそれ以上は何も聞かず、青色の中度カクテルを一杯注文してくれた。

玲奈はそれを手に取り、一口ずつゆっくり飲みながら、礼二とその友人たちの会話に耳を傾けていた。

彼女も、そして礼二も気づいていなかった。上のカウンター席から誰かが彼らを見ていたことに。

宗介が言った。「なるほど、湊礼二と一緒だったか」

彼の隣にいた男もその視線の先を追い、玲奈の姿を見て一瞬動きを止めた。

宗介はそれを見逃さず、にやっと笑って言った。「タイプ?」

その男は答えずに、「知り合いか?」と逆に聞いた。

「うん」彼が言った。「前に話しただろ?最初は淳一が気に入ってたけど、すぐに飽きたっていうあの子」

男は玲奈をじっと見つめた。この店は比較的落ち着いたバーではあるが、玲奈の清らかで凛とした雰囲気は、カラフルな照明と騒がしい音楽の中でも逆に際立っていた。まるで、誤ってこの世界に迷い込んでしまったかのように。

礼二が玲奈に聞いた。「踊る?」

玲奈はダンスなんてしたことがなかったけれど、ちょっと試してみたくなった。「うん」

二人はフロアに入り、礼二のリードで音楽に合わせて体を揺らす。一分ほどで、玲奈も少しずつ慣れてきて、気持ちよく体を揺らせるようになっていた。

少しお酒も回って、ほろ酔いの玲奈の頬はほんのり赤く染まり、潤んだ瞳とともに、普段よりどこか色っぽい艶を帯びていた……

その姿を見て、宗介は思わず「チッ」と舌打ちして呟いた。「大森さんみたいに征服欲を煽るってわけじゃないけど、この青木さんって、清楚だけど色っぽくて、マジでエロ可愛いな!あれはヤバいな!」

隣の男は返事をせず、黙ったまま見ていた。

そのとき、玲奈のスマホが震えた。

彼女は踊りながらも画面を確認し、表示された名前を見た瞬間、ぴたりと動きを止めた。

様子がおかしいと気づい
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