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第147話

Author: 雲間探
もちろん、それは冗談だった。

礼二が玲奈に支払いをさせるはずがない。

それに、玲奈をバーに連れてきたことを真田教授に知られたら困るとも思って、カウンターで会計を済ませたあと、玲奈と一緒に店を後にした。

翌日、昼過ぎ。

玲奈は車を運転して真田教授の別荘へ迎えに行った。

車に乗り込んだ真田教授に、玲奈は尋ねた。「先生、今日はどこに行くんですか?」

真田教授は住所を一つ告げた。

三十分後、ふたりはレストランに到着し、玲奈と真田教授が案内された個室へと通された。

扉を開けて中に入ると、すでにふたりの中年男性が座っていた。

どちらもただ者ではない雰囲気をまとっていた。

ふたりは彼たちの到着に気づいて立ち上がり、「ようこそ」と声をかけた。

「徳岡晴見(とくおか はるみ)、田渕義久(たぶち よしひさ)」真田教授は相変わらずの無表情で紹介した。「私の教え子、青木玲奈だ」

玲奈はニュースで彼らの顔を見たことがあった。

ひとりは軍部で非常に高い地位にある人物で、もうひとりは政界の重鎮だった。

だが、そんな彼らも玲奈に対してはとても穏やかで、握手を交わしながら言った。「お噂はかねがね」

玲奈は多少困惑しながらも落ち着いて彼らと握手し、丁寧に答えた。「そんなこと、とんでもありません。こちらこそ光栄です」

晴見と義久は微笑み、玲奈に席を促した。

彼女が座ると、晴見が話し始めた。「君のことは数年前から知っていた。ずっと真田教授に紹介してもらいたかったんだが、みんな忙しくてね。ここ数日、うちのメンバーが君の開発したシステムを研究していて、たまたま今日明日と時間が合ったから、ぜひ一度会って食事でもと思ってね」

ひと通り挨拶を済ませた後、玲奈は彼らと会話を交わした。

システム、チップ、エネルギーについて……

真田教授は傍らで黙々と食事とお茶を口にしていた。会話にはほとんど加わらなかった。

一時間以上が経った頃、晴見が玲奈にお茶を注ぎ、玲奈は慌てて両手で受け取った。

晴見は急須を置き、年季の入った深い眼差しで玲奈を見つめつつも、やわらかな声で言った。「記憶が正しければ、玲奈さんは二十代だったよね?」

玲奈はうなずいた。「はい、二十五です」

「若いね」晴見の問いを聞いて、義久はすぐに意図を察し、口を挟んだ。「彼氏はいるのか?」

玲奈は少し驚いてから答えた
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ぷちトマト
やっぱり 分かる人には分かっちゃうよね
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