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第344話

Author: 雲間探
昼休みに入ったころ、玲奈は礼二に時間を取ってもらい、こう告げた。「この件、矛先をうまくずらす必要がある」

礼二は一瞬黙ったが、すぐに彼女の意図を察し、笑いながら言った。「なるほど。任せて、どう動けばいいか分かってる」

その言葉どおり、間もなくして優里からの電話がかかってきた。

礼二は躊躇なく応答した。

電話の向こうから優里が口を開いた。「湊さん、今朝の件はご存知でしょうか?」

礼二は笑みを浮かべて言った。「大森社長が仰っているのは、あなたのご家族が事実を無視して、うちの会社には能力がない、契約も誠実に履行していないと非難した件のことですね?」

大森優里は言いかけた。「申し訳ありません、湊さん。今回の件は、うちの従妹が……」

だが礼二はそれをさえぎり、静かに言った。「それに大森社長は事情を把握したうえで、うちの社員が会社を擁護した行為を大げさだと仰ったと聞いていますが、それは事実ですか?大森社長、その点について、どう釈明してくださいますか?」

優里が言った。「湊さん、今回のことは確かに私たちの落ち度です。従妹についてはしっかり注意して、今後このようなことがないようにしますので……」

それを聞いた礼二は笑みを深めて言った。「冗談は困りますよ、大森社長。これはあなたの従妹ひとりの問題じゃありません」

「大森社長が一連の事実を知ったうえで、うちの社員の対応を大げさだと評したということは、大森社長自身、うちの会社の能力を疑っているし、業務に対して誠実さが足りないと感じているということです」

「大森社長、あなたの言動はすでにうちの会社に対する名誉毀損に該当します。お互いに協力関係にあるはずなのに、最低限の事実すら尊重できないようでは、申し訳ありませんが、大森社長、私はあなたのような方とはこれ以上一緒に仕事はできません。当社の名誉を傷つけられた以上、損害賠償を請求させていただくとともに、できるだけ早く契約を解消してください」

優里の顔色が変わった。

彼女はこの件を、ずっとただの些細なことだと思っていた。

たとえ礼二が玲奈のために一言あっても、ここまで大きな騒ぎにはならないだろうと高をくくっていた。

まさか礼二が結菜を飛び越えて、自分自身を直接追及してくるとは思っていなかった。

彼女が言いかけた。「湊さん、この件ですが——」

「私はこれから多忙にな
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