LOGIN周囲のひそひそ話が飛び交う中、智昭は生田博士の方へ歩み寄っていった。「生田博士」辰也と清司もそれに続き、生田博士に挨拶をした。生田博士は生返事をすると、ちらりと智昭を睨みつけ、それから玲奈の方に目をやって鼻を鳴らした。「本物の真珠を差し置いて、偽物のガラス玉にしがみつくとはな。まったく、もったいないとは思わんのか?」智昭は玲奈の方を見ようともせず、すっと話題を変えた。「前回、私の方からお話ししたプロジェクトの件ですが、あちらでしたら、生田博士もきっとご興味を持たれるかと」生田博士は一瞬黙り込んだ。確かに興味はある。それに、藤田社長が自分と玲奈さんの件について話したくなさそうにしている以上、わざわざ突っ込んでやる気もなかった。そもそも、若い連中の恋愛事情など、自分には関係のないことだ。ただ、玲奈さんがあれほど優秀なのに、藤田社長の目には留まらなかったことが、悔しくてもったいなく思えただけである。生田博士はこれ以上玲奈と智昭の話題を蒸し返すのをやめ、彼は智昭とプロジェクトの件について話し始めた。その会話に辰也と清司は加われなかったため、2人は生田博士に軽く会釈をしてその場を離れた。清司は玲奈の方に目をやりながら、さっきの智昭の話を反らそうとする反応を思い出して少し考え込み、ぽつりとこぼした。「玲奈は本当にどこをとっても完璧だよな。もしあの薬を盛った件が本当に玲奈の仕業じゃないなら、文句なしのいい女だし、智昭とお似合いだろ……」優里なんかよりずっといい。遠山家の連中の人間性には、どうにも我慢がならなかった。それに、優里の生い立ちを知れば知るほど、そもそも智昭に近づいたのは最初から何か下心があったんじゃないかとさえ思えてくる。それでも智昭は優里が好きだった。優里と玲奈の間のドロドロした因縁を知りながらも、自分や辰也には一切話をせず、藤田家の長老たちからの反対も、ここ数年ずっと無視し続けている。智昭の優里に対する執着はそこまで徹底していた。だからこそ、今の清司が優里に幻滅していようが嫌っていようが、生田博士のパーティーの後ですら、智昭の前で自分が優里の悪口を一度たりとも口にしたことはなかった。ただ、自分が智昭の前で言わないからといって、心配していないわけではない。それを聞いた辰也は足を止め、何も言
連休最終日の夜、玲奈と礼二はあるパーティーに招かれていた。車の中で、礼二が切り出した。「今日のパーティー、智昭も来るみたいだよ」「うん、知ってる」「生田博士のパーティー以来、こういう場所で智昭と顔を合わせるのは初めてだろ。今夜はちょっとした騒ぎになりそうだな」「そうね」所詮、玲奈と智昭の関係に興味津々な人たちが、ジロジロ見てくる程度のことだ。玲奈にとってはどうでもいいことだった。玲奈と礼二は会場に着いて、主催者と挨拶を交わしていると、生田博士が姿を見せた。まさか生田博士まで来ているとは思わず、2人は少し驚いた。パーティーの日の件以来、生田博士にきちんと謝る機会を作れないままになっていた。生田博士だとわかると、玲奈と礼二は周りの人たちとの会話を切り上げ、生田博士の方へと歩み寄った。「生田博士」生田博士は2人に気づくと、うなずいた。「おや、君たちも来ていたのか」「はい」玲奈が先に口を開いた。「あの節は、本当に申し訳ありませんでした。改めてお詫びのお食事でもとお誘いしたかったのですが、秘書の方から出張中だと伺って、なかなかタイミングが合わず……」「いいんだ」生田博士は手を振った。「もう済んだことだ」そこまで言うと、生田博士は少し口元を歪めた。「それに、あの件ならもう別の人からすでに正式に謝罪を受けたから、君たちが気に病む必要はない」そう言いながら、生田博士は不機嫌そうに会場の入り口付近へ視線を向けた。「別の人から正式に謝罪を受けた」という言葉で、玲奈も礼二もそれが智昭のことだとピンと来ていた。生田博士の視線を追って入り口の方を見ると、案の定、智昭の姿があった。彼は、辰也と清司と一緒に来ていた。3人の登場に、周囲の視線が一斉に集まる。「前まで藤田社長がこういう場所に来るときって、だいたい例の大森さんって女性を連れてたのに、今日は男3人だけなんだ。まだほとぼりが冷めるのを待ってるのかな?」「大森テックと藤田総研があんなことになったのに、藤田社長は未だに助け船を出してないし、もう別れたんじゃないの?」「単に大森家が招待状をもらえなかっただけでしょ。藤田社長のコネがなきゃ、あの家柄じゃこのパーティーに来られるわけないし。でもさ、藤田社長は相変わらず島村社長たちと一緒で、青木社長は湊社長と一緒ってこ
智昭が自分たちを助けに表へ出られない理由に思い当たると、徹の脳裏には玲奈の顔が浮かんでいた。徹は今でも玲奈のことを覚えている。ただ、彼は玲奈と智昭がまさか夫婦だとは思いもしなかったし、玲奈と大森家との間に、これほどの因縁があったとは思いもよらなかった……大森家と遠山家はそれぞれ複雑な思惑を抱いていたが、優里には彼らに構っている余裕などなかった。智昭の方から相変わらず返信がないのを確認すると、優里はしばらく沈黙した後、スマホを取り出し、清司と辰也の2人へ挨拶のメッセージを送った。メッセージが届くと、辰也はすぐに気づいた。ここ最近で、優里から連絡が来たのはこれが初めてだった。玲奈と優里の間にある恩怨を考えれば、2人が今生で和解することなど万に一つもない。だからこそ、たとえ将来的に智昭と優里が結婚したとしても、自分が優里と友人になることなどあり得ないのだ……そう思い至った辰也は、メッセージを目にしながらも返信をしなかった。一方、退屈を持て余していた清司は、優里から届いたメッセージを見て、少し呆気にとられた。清司は届いた文面を見ても、心から嬉しいと思えたわけではない。しかし……智昭の顔が頭をよぎると、彼は少し眉をひそめつつも礼儀として挨拶を返した。清司からの返信が届いたのを確認するやいなや、優里は間髪を入れずに彼へ電話をかけた。着信画面を見た清司は応答ボタンを押したが、彼が口を開くより早く、優里の方が先に声をかけてきた。「せっかくの祝日なのに、出かけてないの?」「うん」清司はそう言って溜め息をついた。「お前たちも出かけないのに、俺ひとりでどこへ遊びに行けってんだ?」その言葉を聞いた優里は目を細め、微笑を浮かべた。「明日や明後日も出かけないの?」「まだ決めてないな」そう尋ねられて清司は興味を示し、聞き返した。「どうした?お前と智昭で何か予定でも立ててんのか?」「特にないよ」清司はあまり信じられない様子だ。「2人ともないの?本当かよ?」「本当よ、嘘ついてどうするの」清司はまた溜め息をついた。「そっか……」優里はふっと笑った。「電話したのはね、あなたが退屈してないか心配で、少し喋ろうと思っただけ。私、これからまだ用事があるから、切るね。また今度連絡するわ」「おう、じゃあな」電話を切ると、優里の
今日は祝日で、青木家の人たちは午後に静香のお見舞いに病院へ行くことになっていた。玲奈は何本か電話で話したあと、時間になると家族と一緒に病院へ向かった。静香の容態は以前とほとんど変わらず、青木家の人たちは相変わらず、病室の入口に立って、遠くから静香を見守ることしかできなかった。静香を見舞い、彼女のために持ってきた贈り物を病院のスタッフに渡すと、青木家のみんなは家へ帰った。彼らが家に着くと、家政婦が玲奈に、また誰かが贈り物を届けに来たと伝えた。玲奈はテーブルの上にいくつかの贈り物が並んでいるのを見た。しかも、包装を見るだけで、普通の箱ではないことが分かった。玲奈は「誰からの贈り物なの?」と聞いた。「茜ちゃんのお父様からです」玲奈は一瞬呆然とした。青木おばあさんも一瞬呆気に取られたが、すぐに眉をひそめた。玲奈は何も言わず、そのまま歩み寄って箱を開け、中を覗いた。智昭が贈ってきたものには、美味しそうな秋のお菓子詰め合わせだけでなく、高価なアクセサリー類までも入っていた。智昭の贈り物は、かなり豪勢なものだったと言える。そして、箱には1枚のカードも添えられていた。玲奈はカードを脇に置き、スマホを手に取って、智昭にメッセージを送った。【贈り物、受け取ったわ。お礼のつもり?】玲奈が言っているのは、智昭と優里のことが大きな騒ぎになったとき、すぐには離婚について智昭に話を持ち出さなかったことだった。玲奈がメッセージを送ると、しばらくして智昭から返信が届いた。【そうだ】玲奈はメッセージを見ると、すぐに返信した。【お礼の品なら、ありがたくいただくわ】とはいえ、玲奈がこのところ智昭に離婚を切り出さなかったのは、あくまで両家の付き合いを考えてのことだった。その後、玲奈はさらにメッセージを送った。【1か月後、また一緒に市役所へ行って、手続きをしよう】今回も、智昭はすぐに返信した。【わかった】玲奈は智昭からのメッセージを見ると、スマホを置いた。一方、智昭のほうからも、それ以上メッセージが送られてくることはなかった。青木おばあさんが玲奈に尋ねた。「向こうはなんて言ってた?急にこんなにたくさんのものを贈ってきたから、何かあったんじゃないかしら?」「何もないわ。もう全部、話はついてるから」青木おばあさ
今となっては、藤田おばあさんも、玲奈と智昭がもう元の関係に戻ることはないのだと分かっていた。それを聞いた藤田おばあさんは顔を曇らせ、冷ややかな声で言った。「玲奈がこのところ自分から離婚を切り出していないのは、これまでの両家の付き合いを考えてのことだわ。この恩は、ちゃんと覚えておきなさい!もし今後、正式に離婚することになったとしても、玲奈には礼を尽くしなさい。彼女に渡すべきものは、きちんと渡すんだよ!」「分かっている」智昭の返事を聞くと、藤田おばあさんは「フン!」と鼻を鳴らした。藤田おばあさんと智昭が本当に険悪な雰囲気になってきたのを見て、政宗は話題を変え、智昭と玲奈のことについてはそれ以上話さなかった。昼になり、清司から智昭に電話がかかってきた。「今夜は何か予定あるか?」「実家でおばあさんと一緒に過ごすんだ」「一日中実家にいるつもりなのか?出かけないのか?」「ああ」「……」清司は黙ってしまった。まじかよ?優里とは、何の予定もないのか?もちろん、その後に続く言葉を、清司は口には出さなかった。「分かった。じゃあ1人で時間を潰すよ」「うん」電話を切ると、智昭は戻って、再び政宗との会話に加わった。一方で。玲奈もまた、ずっと電話対応に追われていた。翔太も玲奈にこれからの予定を尋ねていた。玲奈は、「今夜は出かけるつもりはないわ。実家で家族と一緒に過ごすつもり」と答えた。翔太は、玲奈が本当のことを言っているのと同時に、自分の誘いを断っているのだと分かった。「分かった。じゃあ……家族と楽しんで」「ありがとう、そっちも楽しんでね」電話を切ると、玲奈はリビングに所狭しと並べられた贈り物の箱に目をやり、眉間を揉んだ。辰也、翔太、瑛二から贈られてきたものも、そこに並んでいた。それだけでなく、淳一からも贈り物が届いていた。美智は反対側に積まれているいくつかの贈り物を指差して言った。「これは茜ちゃんが執事に頼んで届けてくれたものよ。茜ちゃんがわざわざ特注したんだって」玲奈は一瞬驚き、そばへ行って確認すると、確かにどの箱にも茜の名前が記されていた。だが、茜はこのことを玲奈には一言も話していなかった。とはいえ、それが茜からの返礼なのだろうと、玲奈にも分かっていた。美智は玲奈を見て言っ
執事は言った。「お菓子の注文なら簡単ですよ。誰に贈るために注文するんですか?どんな種類がいいですか?」茜はすぐに言った。「ママに贈りたいの!でもどれにしようかな……」茜は、玲奈がどんな味が好きなのか、どうやら知らないようだった。「奥様に贈るために注文するんですね!」玲奈に贈ると聞いた執事は、とても嬉しそうだった。「奥様の好みなら分かりますよ。あとでいくつか写真を送ってもらいますから、茜ちゃんが選びますか?」茜は頷いた。「うん、ありがとう!」執事はすぐに手配に向かった。洋風のケーキから秋の和菓子まで、お菓子の種類が多かったため、執事は青木家のほかの人たちの好みも考えて、いくつか違う味を注文してもいいと言った。茜はもっともだと思い、どの種類もいいと思ったので、全部1箱ずつ注文したいと言った。すると執事は慌てて止めた。「これは多すぎます。奥様と青木家の皆様だけではこんなに食べきれませんから、5、6箱くらいで十分ですよ」「……わかったよ」茜は一通り選び終え、タブレットを執事に返して、振り返って2階へ上がろうとしたところ、階段のところに立っている智昭の姿が目に入った。智昭がそこにどれほど長く立っていたのかは分からない。茜が振り返ったところで、智昭はようやく口を開いた。「お菓子を注文してるのか?俺の分はないのか?」茜はそのまま智昭の横を通り過ぎた。「ない」智昭は振り返って茜の後ろ姿を見ながら言った。「そんなに露骨にえこひいきするのか?」茜はもう智昭のことを相手にせず、そのまま2階へ上がって自分の部屋に戻った。翌日、茜は起きて間もなく、玲奈が届けてくれた栗の焼き菓子と、ウサギをモチーフにした置物を受け取った。智昭がちょうど階下へ降りてきたところ、茜が抱えている贈り物の箱が目に入った。茜はすぐにその箱を抱えたまま2階へ上がっていった。智昭はその様子を見ていたが、特に何も聞かなかった。朝食を済ませると、智昭は茜と一緒に実家へ向かった。実家には、美穂や政宗、そして休暇で帰ってきている悠真もいた。智昭と茜が戻ってきたのを見て、しかも2人だけだと分かると、茜が気づかない隙に、藤田おばあさんは智昭を見て言った。「あんたと玲奈は、まだ離婚していないんでしょう?今日は祝日なんだから、青木家に行って玲奈を迎えてきて、茜ちゃんと一緒に過ごすくらいできないの?」







