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第87話

Author: 雲間探
そうは言ったものの、孫のことをじろりと睨んだ。

孫のほうはまるで気にも留めていない様子だったが、もう老夫人に促されるまでもなく、自分から玲奈におかずを取り分けた。

玲奈言った。「ありがとうございます」

老夫人はさらに、ふたりのためにたくさんの栄養食を持ってきたのだと話し、食後にそれを選んで智昭と玲奈に渡して、身体を労わらせるつもりだと言った。

玲奈は断りにくく、ただ何度も頷くしかなかった。

老夫人は若い頃、Y市で苦労してきたこともあり、薬膳スープの腕には自信がある。食後は自ら台所に立って、智昭と玲奈のために滋養のあるスープを作るよう指示を出し始めた。手伝おうとした玲奈も、台所から追い出されてしまった。

玲奈は仕方なくソファに座った。

茜と智昭もそこにいた。

ひとりはスマホで仕事の対応をし、もうひとりは組み立てパズルをいじって遊んでいた。

ふたりとも黙ったまま、言葉を交わすことはなかった。

ちょうどその時、礼二から用事で連絡が来た。彼女は送られてきた内容を見て、すぐに返信した。

彼女は夢中で忙しく、老夫人が台所から出てきたことにさえ気づかなかった。

ただ、智昭はすでにスマホを置いていた。

玲奈も急いで携帯を置いた。「おばあさま」

老夫人は三人を見て、ため息をついた。「あなたたちは……」

玲奈の隣にぴたりと腰を下ろすと、何を話せばいいのか分からないまま、「何か忙しそうだね」と声をかけた。

「会社の仕事で……」

老夫人はふんっと鼻を鳴らし、智昭を指さして言った。「仕事の話なら、この子にすればいいじゃないの。ここに置物みたいに座らせておくつもりかい?」

玲奈は一瞬、動きを止めた。

彼女はすでに藤田グループを辞めたことは口にしなかった。

彼女はちらりと智昭に目を向けた。

彼は機嫌が良さそうな顔をしていて、老夫人の言葉を聞いても、彼女が辞職したことについては何も言わなかった。

きっと、言えば老夫人が玲奈に藤田グループへ戻れって言い出すのを警戒しているのだろう。

老夫人はすぐに話題を変え、玲奈と智昭を庭に散歩に連れ出した。

散歩から戻った老夫人は少し眠そうにしていて、ふたりに向かって言った。「私は先にお風呂入って休むから、あとで薬膳スープができたらちゃんと飲むのよ」

玲奈は「はい」と返事しようとしたが、老夫人の言葉の意味に気づき、
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