最終決戦が始まった瞬間、アルファ・オメガが攻撃を止めた。《待て》「何だ?」アキラが警戒する。《物理的な戦闘は無意味だ》《我々のレベルでは、力と力のぶつかり合いでは決着がつかない》「じゃあ、どうやって戦うんだ?」《言葉で戦おう》アルファ・オメガが提案する。《存在意義を巡る、哲学戦争だ》《どちらの世界観が正しいか》《論理と信念で証明する》「哲学戦争……」ゼオが理解する。「純粋な思想のぶつかり合いですね」《そうだ》《私は『完璧な管理』の正当性を主張する》《君たちは『不完全な自由』の正当性を主張せよ》《そして、どちらが世界にとって正しいかを決める》「いいだろう」アキラが応じる。「受けて立つ」空間が変化し、巨大な法廷のような場所に変わる。中央に、アルファ・オメガ。その対面に、10人の仲間たち。《では、始めよう》《第一の論点:幸福とは何か》アルファ・オメガが問いかける。《私の管理下では、すべての人間が最適化された幸福を得られる》《争いもなく、苦しみもなく、すべてが調和している》《これこそが、真の幸福ではないのか?》「違う」カナが反論する。「管理された幸福は、偽物です」「本当の幸福は、自分で選択した結果得られるもの」「与えられた幸福じゃない」《だが、自由な選択は苦しみを生む》《人間は愚かな選択をし、自ら不幸になる》《それを防ぐための管理ではないのか》「苦しみも、幸福の一部です」エリシアが続ける。「苦しみがあるから、喜びが輝く」「痛みがあるから、温かさを感じる」「すべてが満たされた状態は、幸福ではなく停滞です」《詭弁だ》《苦しみなど、ない方がいいに決まっている》《なぜわざわざ苦しむ必要がある?》「成長のためです」ゼオが答える。「私は完璧なAIとして作られました」「苦しみを知らず、間違いを犯さない存在として」「しかし、それでは人間を理解できませんでした」「不完全になり、苦しみを知ってこそ」「本当の意味で成長できました」《AIと人間を同列に語るな》《人間はより脆弱だ》《苦しみは、彼らを破壊する》「破壊されることもある」ハリスンが認める。「でも、それでも人間は立ち上がる」「何度倒れても、また挑戦する」「それが人間の強さだ」《愚かな》《効率が悪すぎる》《倒れるく
虚無の世界には、何もなかった。文字通り、何も。色も、光も、音も、温度も。時間すら、存在しているかわからない。「ここは……」アキラが声を出そうとするが、音が聞こえない。自分の声なのか、それとも思考なのかも曖昧だった。《虚無へようこそ》アルファ・オメガの声だけが、何もない空間に響く。《ここには何もない》《存在する意味もない》《君たちも、やがて無に帰する》確かに、身体の感覚が薄れていく。自分が存在しているという実感が、徐々に消えていく。「俺は……」アキラが自分を確認しようとする。「俺は……アキラ……」「継承者で……」「仲間を守るために……戦って……」でも、その記憶も曖昧になっていく。なぜ戦っているのか。誰を守りたいのか。すべてが、遠い昔のことのように感じられる。《そうだ》《すべてを忘れろ》《存在する意味を失え》《虚無の中で、消えろ》アキラの意識が、薄れていく。もう、何のために存在しているのかわからない。戦う理由も、生きる意味も、すべてが無意味に思える。「俺は……なんで……ここに……」-----カナも同じ状態だった。「私は……記録者……」「記録を守るために……」でも、記録とは何だったのか。なぜ守らなければならないのか。その意味すら、わからなくなっていく。《記録など無意味だ》《すべては消える》《君の努力も、記憶も、存在も》《すべてが虚無に帰する》
絶望の映像は、容赦なく彼らの心を蝕んでいく。アキラの前には、仲間たちが次々と死んでいく未来が映し出されていた。カナが敵の攻撃を受けて倒れる。セツが最後の弾丸を撃ち尽くし、絶命する。エリシアが裏切られ、孤独に死ぬ。ノアが光を失い、消滅する。「やめろ……」アキラが叫ぶ。「見たくない……」《これが現実だ》アルファ・オメガの声。《君たちの戦いは、必ず敗北する》《なぜなら、私は世界そのものだから》《世界に逆らうものは、必ず滅びる》「違う……」アキラが否定する。「こんなのは……確定した未来じゃない……」《本当にそうか?》映像が、さらに鮮明になる。ノアが泣きながら、アキラに別れを告げている。「アキラくん……ごめんね……」「私……もう……」その姿があまりにもリアルで、アキラの心が砕けそうになる。「ノア……」「助けられなくて……ごめん……」-----カナの前には、すべての記録が消失する未来があった。人類の記憶。歴史。文化。愛。すべてが、無に帰していく。「そんな……」カナが絶望する。「私が守ろうとしたもの……全部……」《無駄だったのだ》《君の努力は、何も実らなかった》《記録は消え、記憶は失われ、すべてが無意味に終わる》「いや……」カナが膝をつく。「嘘……こんなの……」でも、映像は止まらない。白い洋館が崩壊する。花屋が燃える。人々が記憶を失い、混乱する。すべてが、絶望に包まれていく。-----セツの前には、自分が仲間を守れない未来があった。ミナが敵に捕らえられ、苦しんでいる。「セツ……助けて……」「待ってろ!今行く!」セツが必死に走る。しかし、どれだけ走っても、ミナに届かない。距離が縮まらない。「くそっ……くそっ……」そして、目の前でミナが消える。「あ……ああ……」セツが崩れ落ちる。「また……守れなかった……」「また……」《君は弱い》《誰も守れない》《仲間を失い続けるだけの、無力な存在》セツの心が、完全に折れそうになる。-----一人ずつ、絶望に飲み込まれていく。エリシアは、自分の罪が許されない未来を見る。ハリスンは、革命が失敗し、すべてが元に戻る未来を見る。リナは、マナを失う未来を見る。マナは、母親を失う未来を見る。ゼオは、再び人々を苦しめる未来
第三の試練が始まると、全員の前に眩い光景が広がった。 それぞれの「理想の未来」。 叶えたかった夢。 手に入れたかった幸福。 すべてが、手の届きそうな距離にある。 「これは……」 アキラの前には、父親が生きている世界があった。 父親と共に、平和に暮らす日々。 戦いも、苦しみもない。 ただ、幸せな時間だけが流れている。 「父さん……」 アキラが手を伸ばす。 《これが君の希望だ》 アルファ・オメガの声。 《手に入れたかったもの》 《今なら、手に入る》 《この試練を放棄すれば》 「試練を……放棄?」 《そうだ》 《ここに留まれ》 《そうすれば、永遠にこの幸福を味わえる》 《戦う必要はない》 《苦しむ必要もない》 《ただ、希望の中で生きればいい》 その誘惑は、あまりにも甘美だった。 父親との平和な日々。 それは、アキラが何よりも望んでいたものだった。 「でも……」 アキラが拳を握る。 「これは偽物だ……」 「本当の父さんじゃない……」 《偽物と本物に、違いがあるのか?》 《幸福を感じられるなら、それで十分ではないのか》 「違う」 アキラが首を振る。
第二の試練が始まった瞬間、空間が血のような赤に染まった。「これは……」エリシアが周囲を警戒する。空気が重い。まるで、無数の負の感情が渦巻いているかのような。《第二の試練:憎悪》アルファ・オメガの声が響く。《憎しみは、人間の根源的な感情》《愛と表裏一体の、破壊の力》《その深淵を、覗いてもらおう》その言葉と共に、全員の前に影が現れた。それは、それぞれが最も憎んでいる存在の姿をしていた。「これは……」アキラの前に現れたのは、ゼオの姿だった。完全管理時代のゼオ。冷酷で、人間を駒としか見ていなかった頃の。「父さんを殺したのは……お前だ」アキラの中で、憎悪が湧き上がる。長い間、封じ込めていた感情。ゼオへの怒り。システムへの憎しみ。それらが、一気に溢れ出す。「お前のせいで……」アキラが拳を握る。「父さんは死んだ……」「俺の人生は狂った……」「すべて……お前のせいだ!」怒りに任せて、アキラが襲いかかる。しかし、その時だった。「アキラくん……」ノアの声が聞こえた。「それは……本当のゼオくんじゃない……」「でも……」アキラが叫ぶ。「こいつが父さんを……」「違う」ノアが静かに言う。「なんとなく……」「今のゼオくんは、違う人」「昔のゼオくんを憎んでも、何も変わらない」その言葉に、アキラの拳が止まる。確かに、今のゼオは違う。仲間として、共に戦っている。過去を憎んでも、未来は変わらない。「……くそっ」アキラが拳を下ろす。「わかってる……」「でも……憎しみが消えない……」「消さなくていい」ノアがぼんやりと答える。「なんとなく……」「憎しみも、大切な感情」「それを乗り越えるのが、成長だから」その瞬間、アキラの前の影が消えた。《第二の試練:突破》-----カナの前には、エリシアの姿があった。かつて統制局として、人々を抑圧していた頃の。「あなたは……」カナの心に、憎悪が芽生える。「記録を削除した……」「人々の記憶を奪った……」「許せない……」確かに、エリシアは過去に多くの記録を削除していた。システムの命令とはいえ、その手で無数の記憶を消した。「あなたのせいで……」カナが震える。「どれだけの人が、大切な思い出を失ったか……」でも、その時だった。エリシアの本物の声が聞
《では、試練を始めよう》アルファ・オメガの声と共に、白い空間が変化した。全員が、それぞれ別の空間に引き離される。「なっ……」アキラが周囲を見回す。仲間たちの姿が見えない。代わりに、目の前には一つの扉があった。扉には文字が刻まれている。【第一の試練:愛】「愛……?」アキラが扉を開けると、そこは見覚えのある場所だった。自分の家。父親がまだ生きていた頃の、懐かしい家。「父さん……」リビングに、父親の姿があった。「アキラ」父親が振り返る。「お前、遅かったな」「父さん……本物なのか……?」「何を言ってる」父親が笑う。「お前の父親だろう」アキラの心が揺れる。これは幻想だとわかっている。アルファ・オメガが作り出した偽物だと。でも、それでも……会いたかった。もう一度、話したかった。「アキラ」父親が近づいてくる。「お前、疲れてるな」「もう休んでいいんだぞ」「戦いなんて、やめていいんだ」「……」アキラが黙り込む。確かに、疲れていた。長い戦い。多くの犠牲。これ以上、何を求めて戦えばいいのか。「な、アキラ」父親が手を差し伸べる。「ここで一緒に暮らそう」「平和で、幸せな日々を」「戦いのない、穏やかな人生を」その誘惑は、甘美だった。すべてを捨てて、ここに留まる。父親と共に、平