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禁欲の夫と決別する
禁欲の夫と決別する
Auteur: ユキ

第1話

Auteur: ユキ
西園寺聖(さいおんじ ひじり)を数え切れないほど誘惑した。それでも初夜を迎えることに失敗した後、秋月鹿乃子(あきづき かのこ)は兄に電話をかけた。

「兄さん、私、離婚しようと思う」

電話の向こうで沈黙が流れ、やがて秋月臨也(あきづき いざや)の低い声が響いた。

「言っただろう。西園寺聖という男は、お前が俗世に引きずり下ろせるような相手じゃないんだ」

鹿乃子は赤い目をして笑った。

「そうね。私が身の程知らずだったわ」

「D国に来い」

臨也の声は明るかった。

「こっちにはいい男が山ほどいる。聖なんかに負けやしない。俺のこんなに可愛くて手のかかる妹を大事にしないなんてな。あいつについては、一生孤独のまま腐ればいいさ」

「うん、手続きが終わったら行く」

彼女は静かにそう答えた。

電話を切った鹿乃子は深く息を吸い、廊下の突き当たりにある聖の部屋を通りかかったとき、ふと中から押し殺したようなうめき声を耳にした。

扉は完全に閉まっておらず、隙間から一筋の光が漏れている。彼女は吸い寄せられるように、震える瞳で中を覗き込んだ。

立ち込める香の煙の中、聖は祭壇の前に跪いていた。純白の和装の胸元は乱れ、手首には古びた念珠が巻き付いている。

しかし、彼の体は微かに揺れ動いていた。その身の下にあるのは、一体の人形だった。

揺らめく光に照らされたその人形の顔は、はっきりと見て取れた。大きな瞳、桜色の唇、左目の泣きぼくろ。

それは紛れもなく、彼の義理の妹、西園寺梨花(さいおんじ りか)の姿そのものだった。

鹿乃子は血の味がするほど強く下唇を噛み締めた。

これで、目撃するのはもう三度目だ。

一度目は部屋を飛び出し、二度目は一晩中眠れなかった。そして今夜、彼女が感じるのはただの麻痺だけだった。

なんて滑稽なのだろう。彼に情欲がないわけではない。ただ彼の欲望が、自分に向けられることは決してないというだけなのだ。

冷たい壁に背を預け、彼女はふと、初めて聖に出会った日のことを思い出した。

あの年、彼女は二十歳だった。兄に連れられて会員制クラブのパーティーに行き、兄の親友を紹介されたのだ。

あの日、聖は白いスーツの姿で、襟元には蓮の飾りをつけ、手首には念珠をはめていた。享楽にふける御曹司たちの中で、彼だけが目の前に茶を置いていた。

伏し目がちにお茶を淹れる長い指、注がれる水流、立ち上る湯気。ふと彼が顔を上げ、こちらを見た。

その瞬間、鹿乃子の心臓は早鐘を打った。

それを見ていた兄は、笑いながら彼女の額を小突いた。

「よせよせ、可愛い妹よ。誰を好きになってもいいが、あいつだけは駄目だ。俺たちみたいな跡取り連中は遊び慣れているが、西園寺聖だけは別だ。幼い頃から厳格な修行を積んできて、色恋沙汰とは無縁の男だからな」

彼女は信じなかった。幼い頃から恐れ知らずだった彼女は、この世に本当に無欲な人間などいるはずがないと思ったのだ。

それから彼女は彼につきまとい、あらゆる手を使って誘惑した。

彼が瞑想している時にわざと膝の上に座れば、片手でつまみ上げられて横に置かれた。

お茶に薬を盛れば、彼は飲み干した後、「次は茶葉の量を減らしてくれ。のぼせる」と淡々と言うだけだった。

一番酷かったのは、彼が離れに籠もっている間に忍び込み、彼の白いシャツだけを羽織ってベッドに横たわっていた時だ。

聖が入ってきた時、彼女はわざとベッドから足を投げ出して揺らしてみせた。

結果、彼は踵を返して出て行き、翌日には新品のシャツが箱で送られてきた。

「これからはこれを着ろ。俺のを盗むな」という伝言と共に。

兄の臨也も呆れ果てていた。

「お前、もうプライドを持てないのか?」

鹿乃子は胸を張って答えた。

「私は彼を救っているの!あんなにいい男が禁欲生活なんて、社会的な損失でしょ!」

四年かけて彼を追いかけ、全身全霊を尽くしたが、彼の心を掴めなかった。

鹿乃子が諦めかけていたある年の誕生日、深夜に聖から電話がかかってきた。「下にいる」と。

パジャマのまま駆け下りると、彼は雪の中に立ち、肩に雪を積もらせていた。

「結婚しよう」

彼はそう言った。指輪もなければ、愛の告白もない。ただその一言だけ。

それでも鹿乃子は狂喜し、彼に飛びついた。

「やっと私に心が動いたのね?」

聖は抱き返さず、ただ静かに「ああ」と答えただけだった。

今にして思えば、あの「ああ」がどれほど適当なものだったか。

結婚して二年、二人は一度も結ばれることはなかった。

どんなに誘惑しても、彼は最後の瞬間に背を向け、一人であの部屋へと去っていく。

彼女はずっと、彼が厳格な修行のせいで時間がかかっているのだと思っていた。

三日前、諦めきれずに彼の後を追ってあの部屋に入り、あの光景を目にするまでは。

そしてようやく理解したのだ。彼に欲望がないわけではない。ただその対象が、自分ではないだけだと。

彼が愛しているのは、幼い頃に西園寺家に引き取られた義妹、梨花だった。

彼が精神統一をし、念珠を身につけ、自分と結婚したのは、すべて義妹への欲望を断ち切るためだったのだ!

その瞬間、鹿乃子の心は完全に死んだ。

部屋の中で、聖はようやく動きを止めた。

「梨花……」

彼は人形の首筋に口づけ、ひどくしわがれた声で呟いた。

「愛している……」

その声は極めて小さかったが、錆びた針のように、既に穴だらけになっていた彼女の心臓を突き刺した。

鹿乃子の目からついに涙がこぼれ落ちた。彼女は背を向け、二度と振り返ることなくその場を去った。

翌朝、鹿乃子が目覚めると、聖は既に身支度を整え、出かけるところだった。

黒のオーダーメイドスーツが彼の長身を引き立て、手首には相変わらず念珠が巻かれている。昨夜の乱れた姿がまるで幻だったかのように。

彼が屋敷を出ようとしたその時、鹿乃子は彼を呼び止めた。

「待って!」

「今日は会議がある」

彼は顔も上げずに言った。その声は氷水に浸すように冷たい。

「まとわりつくな」

その言葉は鈍い刃となって、彼女の最後の期待をゆっくりと切り裂いた。

結局、彼の目には、自分はいつまでもまとわりつく厄介者でしかなかったのだ。

鹿乃子はふと笑みを浮かべた。

「誤解しないで。例の高級車を貸してほしいだけよ。あなたはガレージにある別の車で行って。私、あれが運転しやすいの」

聖はようやく彼女を正視したが、その口調は相変わらずそっけなかった。

「今日は出かけるのか?」

彼女は頷いた。

「ええ」

彼は珍しく問い重ねた。

「何の用だ?」

鹿乃子は彼のスーツのポケットから鍵を抜き取り、口元に微かな笑みを浮かべた。

「あなたを……喜ばせる用事よ」

永遠に、あなたの前から消えてあげるのだから。

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