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第1143話

作者: 風羽
願乃の表情は淡々としていた。

「大丈夫。私なら」

翔雅は歩み寄って腰を下ろし、そっと彼女の肩を叩く。

語りかける声は低く、重みがあった。

「彰人はもう理性を失ってる。気をつけて」

こういう家に生まれた人間はたいてい感情や欲しいものに執着しすぎない。

だが――願乃は彰人にとって特別な存在だったのだろう。

失えば失うほど、取り戻したくなる。

それも正気を失うほどに。

彼はきっとここで引かない。

翔雅にはそんな予感があった。

食後、願乃は一人で寝室のテラスに出た。

春の夜気のなか、外を静かに見つめる。

澄佳がワインを一本持ってきて、向かいのソファに腰を下ろす。

そして、そっと尋ねた。

「彰人のこと、考えてる?」

澄佳と願乃は同じ母を持つ姉妹だ。

願乃が彰人に抱いていた想いを誰よりも知っている。

初恋で、唯一の恋。

しかも――澄佳でさえ認めざるを得ないほど、彰人は魅力的な男だった。

結婚後も浮いた噂ひとつなく、それがまさか、鈴音という一人の女で崩れるとは。

その女の話は聞いている。

今は療養施設に入れられ、決して恵まれた暮らしではないらしい。

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