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第386話

Author: 風羽
——瑠璃は一瞥だけ彼らを見やり、落ち着いた声で三人に告げた。

「誰の子を身ごもったのか、その相手と話すべきね。私と延はもう別れたわ。二人のことは、私には関係ない」

優奈は涙を溜め、震える声で言う。

「お姉ちゃん、ごめんなさい……わざとじゃなかったの。ただ、どうしても……」

瑠璃は皮肉げに微笑む。

「わざとじゃない?延生が出張している間にわざわざ北まで追いかけて、下着や靴下を洗ってあげて……そうやって距離を詰めて、最後はベッドに転がり込んだんでしょう?」

「違う!」優奈は首を振るが、次の瞬間、瑠璃の前に膝をついた。

「本当に違うの……延生が好きだったから、間違いを犯したの。延生も私を好きだと思った。初めての時、血が出て……延生は長い間抱きしめてくれて、『責任を取る』って言ってくれたの」

大輔は居心地悪そうに顔をゆがめる。まったくもって恥ずかしい話だった。

瑠璃は冷笑をもらし、「それがあなたの報いよ」と吐き捨て、車を静かに走らせて去った。

車内で朱音はしばらく憤慨し続けた。

瑠璃はひどく落ち込んではいなかったが、胸の奥に重さが残った。

夕刻、市内に戻るころには雨が降り出し、街は灰色の靄に包まれていた。

そんな中、延生が彼女を待ち伏せしていた。

一週間ぶりに見る延はひどい疲弊ぶりで、目は血走っている。

車越しにしばらく見つめ合い、瑠璃は朱音に言った。

「タクシーで帰って。少し話をしてくる」

「絶対、情けはかけないでくださいよ」

「分かってる」瑠璃は淡く笑った。

……

そして、二人は街角のカフェに向かった。

外はまだ雨が降り続いている。

向かい合って座っても、瑠璃の表情は一週間前より冷たく、距離があった。彼女はカップのコーヒーを静かにかき混ぜながら、延生の口から優奈の話を聞いた。

延生の声はかすれていた。

「一時の気の迷いだった。誘惑に勝てなかった。俺たちの関係があまりにも清らかすぎて……俺は普通の男だ。

でも、俺が愛してるのは瑠璃、お前だ。もし許してくれるなら、すべてを捨てて一緒に海外へ行こう。やり直そう。あの子どもは……いらない」

瑠璃はうっすらと笑い、低く言った。

「聞いていると、あなたがすごく大きな犠牲を払うみたいね。私、何か悪いことした?自分の仕事を捨てて、あなたと海外でやり直す理由なんてないわ」

延生はなお
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