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第696話

Author: 風羽
宴のあと、楓人は澄佳を家まで送った。

高級車に美女を乗せて。

楓人は自らハンドルを握らず、家の運転手に任せていた。二人は車の後部座席に並んで座り、立都市の繁華な大通りを走る。街路の七色のネオンが瞬き、眩しく揺れていた。

車内の空気は和やかで、どこか心地よい——きっと、相手が正しい人だからだろう。

「何を考えてる?」

楓人が横顔を向け、澄佳の表情を真剣に見つめる。

一目惚れ、再び惚れ直す。

澄佳は少し気だるげに微笑んだ。「今年のクリスマス、どう過ごそうかなって」

その声が落ちるや否や、華奢な肩が男の手に包まれた。

次の瞬間、彼女は男の腕の中に引き寄せられ、頬が楓人の逞しい腕に触れた。

見上げた澄佳の顔は、端正で美しく、まるで夢を誘う幻のよう。楓人の穏やかな瞳は暗く染まり、そこに危うい捕食者のような色が宿った。そんな彼をわざと挑発するように、澄佳は低く掠れた声で囁いた。

「楓人、前は知らなかったわ。あなた、腕にこんな筋肉があったのね」

「今は分かった?」

楓人の声はさらに低く、熱を帯びる。

澄佳は答えず、ただ見上げるまま。細い指先で彼の腕をなぞる。曖昧な触感が空気を煽り、このまま動かないのはもはや男ではなかった。

唇が重なると同時に、楓人はスイッチを押した。運転席との間に黒い仕切りが上がり、後部座席は一気に閉ざされた親密な空間へと変わる。

澄佳の身体は横たえられ、楓人の膝に仰ぐ形となった。彼女を見下ろすその角度は、容姿の美をさらに際立たせる。

楓人は頬に触れ、囁くように吐露した。

「子どものころ、初めて見たときから綺麗だと思ってた。あんなに綺麗な人間が、本当に存在するのか……神様の作った人形じゃないかって」

彼の指が髪を梳き、結い上げられていた長い髪を解いていく。

今夜、澄佳の髪は彼のためにほどかれる。

その艶やかな魅力もまた、楓人のために咲き誇る。積もった後悔は、この瞬間すべて埋め合わされるように。

男の口づけは限りなく大切で、細心の注意を払いながら、彼女が好むやり方を探し求めていた。

そのキスは、慎重でありながらも、どこか危うい支配の色を帯びている。

繰り返し重ねる口づけに、澄佳は次第に意識を奪われ、掠れ声でその名を呼んだ。

「楓人……楓人……」

やがて唇を離し、首筋を重ねるように寄せ合う。男の声は震えていた。

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