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死んだあと、法医学者である兄は私の遺体を繋ぎ合わせた

死んだあと、法医学者である兄は私の遺体を繋ぎ合わせた

Par:  ハリネズミちゃんComplété
Langue: Japanese
goodnovel4goodnovel
9Chapitres
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母の命日の日、私は墓地に押し入ってきた密売人たちに連れ去られた。 法医学者である兄への報復のため、彼らは私の身体を血まみれになるまで痛めつけた。 私は必死に一週間耐え続け、ようやくの思いで兄に電話をかけた。 だが兄がこう言った。「どうしてお前を殺し損ねたんだ?母さんを死なせた人に、生きる資格なんてあるものか」 すぐさま密売人に見つかり、私は骨の一本残らず叩き折られた。 翌日、清掃員がゴミ箱の中からいくつもの袋を見つけた。中に詰め込まれていたのは私の身体だった。 兄は無残な遺体を自らの手で繋ぎ合わせた。だがこれが彼が憎んでやまない妹の身体だとは気づきもしなかった。 やがて密売人たちが逮捕されたとき、兄は狂った。

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Chapitre 1

第1話

拷問の末に命を落としたあと、私、橋本美知(はしもと みち)の魂は兄の家へと戻ってきた。

三年が過ぎても、ここは記憶の中と何ひとつ変わらない。

私は一つひとつの部屋を歩き回り、兄の痕跡を探そうとした。

そのとき、兄と橋本奈々(はしもと なな)が帰ってきた。

「奈々、少し休んでいて。大好物の唐揚げを作ってあげる」

兄は甘やかすように奈々を寝室へ送り届けると、台所へと向かった。

その光景を目にした私は、胸の奥がひりつくように痛んだ。

昔は、兄も私にこんなふうに優しかった。

けれど母が亡くなってから、すべてが変わってしまった。

兄は「母さんを殺したのはお前だ。こんな不吉な妹はいらない」と言った。

私は必死に訴えた。母は奈々のためにケーキを買いに行ったのだと。

だが兄は聞き入れなかった。

薬物密売人の車にはねられたとき、母の腕に抱えられていたのはマンゴーケーキ。

そして奈々はマンゴーアレルギー。

そのせいで、兄は私を憎み、家から追い出した。

そればかりか、母の命日には毎年一週間、七日七晩土下座して罪を償えと命じた。

あの密売人たちが墓地に現れたのは、ちょうど母の命日の初日だった。

そして今、不意に兄のスマホが鳴った。

「栄太(えいた)、至急警察署へ!」

兄が警察署に着いたのは、すでに夜だった。

「また事件か?」

兄は横に立つ刑事課の山下(やました)警部を見やった。

「自分で確かめろ」

山下警部の顔は険しい。

兄は解剖台の上に置かれた黒いビニール袋を開いた。

血と腐敗臭が混じった匂いが一気に広がり、思わず眉をひそめる。

中にあったのは、暗赤色の肉片と砕けた骨のかけら。兄の顔色が一瞬で蒼白になり、袋に触れる手が震え出した。

「これは……まるで獣の仕業だ」

彼の声は低く、哀しみに満ちていた。

兄は手袋をはめ、袋から一つひとつの肉片と骨片を取り出した。

「なんて残酷な……」

兄の目は赤く充血し、怒りに震えていた。

その姿に、私はふと三年前を思い出した。あの時、兄も同じように目を真っ赤にして怒っていた。

家の玄関先で、私が必死に泣きながら追い出さないでと懇願したからだ。

思わず口元に苦い笑みが浮かんだ。

兄は肉片と骨を慎重に並べ、繋ぎ合わせていく。

二十時間ものあいだ、一瞬たりとも休まずに。

そしてようやく、私の身体を形に戻すことに成功した。

ただ頭部だけはなかった。

密売人たちが憂さ晴らしに、私の首を犬に食わせたのだ。

「うっ……」

その場にいたのは経験豊富な刑事や法医学者ばかりだったが、誰もが吐き気をこらえきれなかった。

私でさえ、解剖台に横たわる無残な身体を見て、胸が詰まる思いだった。

山下警部の顔は青ざめ、吐き捨てるように言った。「人間の所業じゃない!」

「人間以下だ」兄は全身を震わせながら怒りの声をあげた。「遺体の状態からすると、生きたまま骨を砕かれ、肉を削ぎ取られたとしか思えない。

歯も、眼も、爪まで全部抜かれている!」

その言葉に、全員の顔が一瞬で青ざめ、場の空気は一気に凍りついた。

だが私の胸には、わずかな誇らしさが灯った。

兄はさすが国内で最も名を知られた法医学者だ。この無惨な身体から、私の最期を言い当てたのだから。

「だが……」

兄の視線が暗く沈み、遺体の右腕へと移った。

私の心臓は一気に締めつけられるように強張った。
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Commentaires

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松坂 美枝
どうしようもない兄貴だった 最後主人公が絆されなくて良かった
2025-09-02 11:16:58
0
9
第1話
拷問の末に命を落としたあと、私、橋本美知(はしもと みち)の魂は兄の家へと戻ってきた。三年が過ぎても、ここは記憶の中と何ひとつ変わらない。私は一つひとつの部屋を歩き回り、兄の痕跡を探そうとした。そのとき、兄と橋本奈々(はしもと なな)が帰ってきた。「奈々、少し休んでいて。大好物の唐揚げを作ってあげる」兄は甘やかすように奈々を寝室へ送り届けると、台所へと向かった。その光景を目にした私は、胸の奥がひりつくように痛んだ。昔は、兄も私にこんなふうに優しかった。けれど母が亡くなってから、すべてが変わってしまった。兄は「母さんを殺したのはお前だ。こんな不吉な妹はいらない」と言った。私は必死に訴えた。母は奈々のためにケーキを買いに行ったのだと。だが兄は聞き入れなかった。薬物密売人の車にはねられたとき、母の腕に抱えられていたのはマンゴーケーキ。そして奈々はマンゴーアレルギー。そのせいで、兄は私を憎み、家から追い出した。そればかりか、母の命日には毎年一週間、七日七晩土下座して罪を償えと命じた。あの密売人たちが墓地に現れたのは、ちょうど母の命日の初日だった。そして今、不意に兄のスマホが鳴った。「栄太(えいた)、至急警察署へ!」兄が警察署に着いたのは、すでに夜だった。「また事件か?」兄は横に立つ刑事課の山下(やました)警部を見やった。「自分で確かめろ」山下警部の顔は険しい。兄は解剖台の上に置かれた黒いビニール袋を開いた。血と腐敗臭が混じった匂いが一気に広がり、思わず眉をひそめる。中にあったのは、暗赤色の肉片と砕けた骨のかけら。兄の顔色が一瞬で蒼白になり、袋に触れる手が震え出した。「これは……まるで獣の仕業だ」彼の声は低く、哀しみに満ちていた。兄は手袋をはめ、袋から一つひとつの肉片と骨片を取り出した。「なんて残酷な……」兄の目は赤く充血し、怒りに震えていた。その姿に、私はふと三年前を思い出した。あの時、兄も同じように目を真っ赤にして怒っていた。家の玄関先で、私が必死に泣きながら追い出さないでと懇願したからだ。思わず口元に苦い笑みが浮かんだ。兄は肉片と骨を慎重に並べ、繋ぎ合わせていく。二十時間ものあいだ、一瞬たりとも休まずに。そしてようやく、私の
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12歳のとき、私は兄と山登りに出かけた。山肌はあまりに急で、さらに突然の豪雨に見舞われ、兄は足を滑らせて柵の外へ落ちてしまった。私は咄嗟に右腕を伸ばし、兄の手を必死に掴んだ。そのまま三時間、救助隊が駆けつけるまで支え続け、ようやく手を離したのだ。その後、私たちは病院へ運ばれた。兄はほとんど無傷だったが、私の右腕は二度と力を入れられないほどに損傷し、一生涯元には戻らなかった。まさか兄が気づくのでは?たとえ魂であっても、思わず息を殺し、胸が張り裂けそうなほど緊張した。「被害者の右腕には古い骨折痕がある。痕跡から判断すると、子どもの頃に負った怪我。この点を基準にすれば、被害者の範囲を絞り込めるはずだ」兄の言葉に、胸の奥が締めつけられるように痛んだ。気づいてほしくはないのに、いざそうなりそうになると、どうしようもなく悲しい。あの怪我のあと、兄はひどく自分を責めた。私のために身の回りの世話を焼き、細やかに気を配ってくれた。「これからは俺が右腕になる」兄がそう言ってくれた。だが今となっては、その記憶さえ消え去ってしまったかのようだった。私は唇の端に苦い笑みを浮かべる。一方で、山下警部は険しい顔で言った。「確かに重要な手がかりだ。部下に伝えて注意させよう」「頼む」兄はうなずき、再び組み上げられた遺体を調べ始めた。「現時点の状況から見て、被害者は女性。年齢は18から22歳の間だ」兄の目には怒りと深い悲しみが滲んでいた。「こんな若さで、こんな非道な目に遭うなんて!」「必ず犯人を捕まえてみせる!」山下警部は拳を振り下ろし、壁を強く叩いた。周囲の刑事たちも皆、重苦しい面持ちでうつむいた。「他に死者の身元を特定する方法は?」山下警部が問う。兄は二秒ほど沈黙し、答えた。「今できるのはDNA鑑定か、頭蓋骨から生前の顔を復元することくらいだ。ただ、頭蓋骨にも欠損がある。時間はかかるだろう」「わかった」山下警部はため息を漏らす。「残りの組織がどこかに残っていないか、引き続き人員を探させる」「必ず犯人を捕まえろ!」兄の声は震え、拳を握りしめる手に力がこもった。「被害者の下半身は激しく損壊している。少なくとも50回以上、レイプを受けている」その言葉に、私は思わず身体を震わせた
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第4話
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第5話
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第7話
苦しい兄の姿を見て、山下警部はすぐにその腕を押さえた。「栄太、やめろ!これはお前のせいじゃない!」だが兄は声を振り絞るように叫んだ。「俺のせいじゃないって、どうして言える!父さんが逝った時、俺は必ずこの家を守るって誓ったんだ!それなのに母さんは無惨に殺され、妹まで病院に運ばれて。俺なんか、生きている資格はない!」その言葉に、山下警部の目が一瞬だけ揺れる。果たして今、この状態の兄に私の死を告げるべきなのか。何しろ兄の現在の状態は明らかに限界を超えている。真実を知れば、彼が自暴自棄になり、生きる気力を失ってしまうかもしれない。数秒の沈黙ののち、山下警部は口を開いた。「栄太、しばらくは職場に来るな。奈々の看病を最優先しろ」そう告げて背を向けたが、途中で足を止め振り返る。山下警部がそう言い残して振り返ると、数歩でふと足を止め、栄太を見ながら付け加えた。「それから、もし美知の恋人から連絡があったら、必ず俺に報告しろ」兄は眉をひそめた。「連絡なんて来ない。もう美知の番号はブロックした」その返事に山下警部は深くため息をつく。「万が一だ。別の番号でかけてくるかもしれないだろう」「わかったよ」兄の声音はどこか苛立っていた。彼は私のことを話題にされるのを、誰よりも嫌っているのだ。山下警部はそれ以上何も言わず、病院を後にした。私は兄の傍を離れず、椅子に腰を下ろした。苦しげに寄せられた眉を見て、思わず手を伸ばし、その皺を撫でようとする。だが私の指先は虚しく兄の頭をすり抜けた。口元に苦笑が浮かぶ。忘れていた。私はもう、ただの幽霊なんだ。でも、それでいいのかもしれない。兄の目に映らなければ、「消えろ」と突き放されることもない。私はそっと両腕を広げ、兄を抱きしめた。温もりを感じることはできなくても、胸の奥が満たされる。3年ぶりだ。母が亡くなってから、兄にこうして寄り添えたのは初めてだった。本当に嬉しい。死んでしまうのも、案外悪くないのかもしれない。少なくともこうして、ずっと兄の傍にいられるのだから。私は静かに腰を下ろした。冷静沈着だったはずの兄が、苛立ちに歩き回る。神も仏も信じなかった兄が、必死に祈る。兄が手術室の窓に背伸びしながら、中の様子を覗こう
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第8話
あの頃、兄はまだ私のことをとても大切にしてくれていた。放課後になると、毎日のように私を好きな場所へ連れて行ってくれた。ある日、遊びに行ったときに傘を忘れ、二人ともびしょ濡れになって帰ったことがある。家に戻った私は高熱を出してしまい、兄はひどく取り乱した。タクシーをいくら待っても来なくて、兄は私を背負ってそのまま病院へ走った。点滴を受けて熱がようやく下がっていく。兄は病室のベッドのそばで真っ赤に泣き腫らした目をしていた。「守れなくて、ごめん」同じ言葉、ほとんど同じ場面。けれど、もう私はその物語の主人公じゃない。兄が気遣う相手は、とうに別の人に変わっていた。「お兄ちゃん、喉、渇いた」部屋に戻ると、奈々がかすれた声でそう言った。その姿を見て、兄はますます心を痛める。「奈々、先生が三時間は飲み食い禁止だって言ってた」「でも喉が渇いて死にそう」奈々は力なくつぶやく。兄はすぐに看護師に綿棒をもらってきた。そしてその綿棒にミネラルウォーターを染み込ませ、少しずつ奈々の乾いた唇を湿らせていった。その手つきは驚くほど優しく、まるで壊れ物の宝物を扱うみたいだった。私は心の奥に羨望を抱く。もし兄が同じように私を気遣ってくれるのなら、死んだって悔いはなかった。私は見つめていた。兄が奈々の望みを一つ残らず叶えていく姿を。抱きしめ、寝物語を語って聞かせる姿を。何日も眠らず、疲労で倒れそうになりながらも、献身的に看病を続ける姿を。私は嫉妬した。奈々が私の欲しかったすべてを手に入れていることに。そして同時に心が痛んだ。三日足らずで兄の頬がこけてしまったことに。その日、兄が湯を汲みに行ったとき、一人の男が看護師の格好で奈々の病室に入ってきた。「ずいぶんいい暮らししてるじゃねぇか」男は眉を上げ、不敵な目を奈々へ向けた。「何しに来たの」奈々の表情に警戒の色が浮かぶ。「なんだよ、俺たち一度は組んだ仲だろ?そんなよそよそしい言い方すんなよ」男は鼻で笑った。ちょうどそのとき、兄が戻ってきた。病室にいる男を見た瞬間、兄の顔に緊張が走る。だが駆け込もうとしたその時、奈々が鋭く叫んだ。「何の組んだ仲よ!そんな立派な言い方するんじゃないわ。金を受け取ったら、その分の仕事を果たす。
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第9話
兄が突然病室に飛び込んできたとき、奈々の顔色は一瞬で変わった。「お……お兄ちゃん……水を取りに行ったんじゃ……どうしてこんなに早く戻ってきたの」兄は何も言わず、ただ病床の奈々を見据えていた。その瞳には失望と怒りが渦巻いている。「お兄ちゃん……今の、どこまで聞いてたの?わ、私は説明できるから」奈々は怯えながら口を開いた。「彼の言ったことは本当なのか?美知の居場所を売って、600万で口封じを頼んだって」「ち、違う!」奈々は慌てて手を振った。男は鼻で笑った。「違うもんかよ。送金記録も通話の録音も残ってんだ」そう言って、男は兄に目を向けた。「さすがは有名な橋本先生だな。噂どおりだ。お前を見てると、あの哀れな妹を思い出すぜ。骨がやけに硬くてな、俺たちでハンマーを何度も振り下ろして、ようやく砕けたんだ。声が枯れるまで叫んでよ、あんな惨めな姿、俺みたいな密売人でも気の毒になるくらいだった。だが一つだけ言っとく。お前の妹、なかなかの女だったぜ。仲間全員が最高に締まりがいいって褒めてたからな」その瞬間、兄の怒りは頂点に達し、男に突進していった。だが、死線を渡り歩いた密売人を相手に敵うはずもない。男の蹴り一発で、兄は宙を舞い、床に叩きつけられた。口元から血が滲む。私は胸が張り裂けそうになり、思わず兄の前に立ちはだかった。けれど男の拳は私の身体をすり抜ける。そうだ、私はもう死んでいて、ただの魂にすぎないんだ。男の拳が雨あられのように兄に叩きつけられる。兄は抵抗もせず、ただ呆然と床に横たわっていた。私は必死にその場を駆け回るしかなかった。ようやく男が殴り疲れて手を止めた。兄はまるで死んだようになっていた。全身血まみれで、そこに微動だにせず横たわっていた。男は吐き捨てる。「根性なしめ。お前の妹の方がよっぽど立派だったぞ。斧で十本の指を全部切り落としても、お前の住まいを吐かなかった。大した兄妹愛だな」言い終えると、男はふと思い出したように笑った。「なぁ橋本先生。自分の妹のバラバラ死体を繋ぎ合わせる気分はどうだ?」兄の身体がびくりと震え、男を見上げる。「何だ?まさか自分の妹の遺体に気づかなかったってのか?」男が冷たく笑った。兄の瞳に信じがたい色が宿る。「……そ、そんなは
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