LOGIN祖父が交通事故に遭い、頭蓋骨を粉砕骨折する重傷を負った。私は迷うことなく加害者を法廷に訴えた。だがその最中、本来は海外で商談中のはずだった夫が、なぜか病院に現れた。 「美慧ちゃんが優秀卒業生として公示される、この大事な時期がどういう意味を持つか分かってるのか?あの子の未来を、たかが事故で台無しにする気か!」 冷えきった声が病室に響き渡る。彼は続けて、怒気をはらんだ言葉を突きつけた。 「今すぐ訴訟を取り下げろ。でなければ、お前のクレジットカードはすべて止める。あなたの祖父も特別病室から追い出すことになるぞ!」 そのまま背を向け、ドアを乱暴に閉めながら振り返りもせず言い捨てた。 「訴えを取り下げる気になったら帰ってこい。それまでは『神崎家の嫁』って肩書きも返上してもらう!」 祖父の手術費を捻出するため、必死に奔走する日々。頼れるあても尽きかけ、打ちひしがれていたその時、一組の弁護士チームが私の前に現れた。 彼らが告げたのは、思いがけない事実だった。 祖父が神崎グループに譲渡していた特許の有効期限がすでに切れており、そしてその特許の新たな正当所有者は——この私だったのだ。
View More神崎グループは、祖父の特許という屋台骨を失って以降、雪崩を打つように案件を失っていった。さらに、法廷でのスキャンダルが世間に知れ渡ると、株価は急落。会社の信用は地に堕ち、残っていた中核メンバーたちも見切りをつけ、安栄ホールディングスへと流れていった。崩れゆく会社を支えるため、実也は昼夜を問わず奔走した。それでも、祖父が入院している病院には欠かさず通い続けた。目的はただひとつ——特許の使用権を、どうにかして取り戻すこと。祖父は彼の世話を黙って受け入れていたが、特許の話題にだけは一度も触れなかった。退院の日も、彼は現れた。ロビーに立つ彼の顔はやつれ、目の下の隈は濃く、目には疲労と焦燥がにじんでいた。「……清乃、一緒に帰ろう」そう言って手を差し伸べてきた彼を、私は静かにかわした。その目をまっすぐ見つめ、冷然と言い放つ。「離婚届、いつサインするの?」一瞬、彼の指先が震えた。「……本当に、もう一度も……チャンスをくれないのか?」その声はかすれ、懇願の響きを帯びていた。私が無言でいると、彼は最後の望みを祖父へと向けた。「おじいさん……お願いです。俺たちは十年以上、一緒に暮らしてきたんです。こんな形で終わらせたくない……清乃と俺を、助けてくれませんか」祖父はふっと笑い、首を横に振った。「私の特許を使って、あれだけ傍若無人に振る舞っていたくせに、私自身は、それをまったく知らなかった。恥ずかしいことだ。もしこの子が離婚を言い出さなかったとしても、私は彼女にそうさせていた。間違った相手に、これ以上未来を縛らせたくない」その言葉に、実也は大きく後ずさりし、その場に崩れ落ちた。「……清乃……お願いだ……君がいないと、俺は生きていけない……これからは絶対に君を大切にする。信じてくれ……」その声は、かつて交わした結婚の誓いをなぞるようだった。——「一生、君を守る」と言った、あの頃のように。だが、彼は守らなかった。私は、信じた。けれど今は、もう何も信じるつもりはなかった。彼が何かを言いかけた瞬間、病院の前に警察が姿を現した。そのまま彼の前に立ちはだかり、手錠を持って宣告した。——横領、収賄、不正取引。積み重なった悪行は、ついに彼を追い詰めたのだ。連行される時、彼
美慧は有罪判決を受け、名誉ある「優秀卒業生」の肩書も、もろくも消え去った。警察に連行されるとき、彼女は泣きながら実也の腕に縋りつき、必死に助けを乞うた。しかし、実也は、その手を振り払い、容赦なく彼女の頬を平手で打ちつけた。「君は……神崎グループの名を使って、一体何をやらかした!?どれだけ会社に泥を塗ったと思ってる!君を大学に通わせたのが、人生最大の過ちだったよ!」その場にいた誰もが目を見張る中、美慧は取り乱したように叫んだ。「嘘よ……あなた、あのとき確かに言ってくれたじゃないですか!私を……神崎家の嫁にするって……あれって、全部……嘘だったんですか!」実也の顔は蒼白に染まり、怒りに任せて叫び返す。「君のせいで、清乃は俺に背を向けたんだ!離婚を口にしたのも、全部君が俺たちの関係を壊したせいだ!神崎家の嫁?笑わせるな。前科持ちの女を、どうやって神崎家の嫁にするってんだ!夢を見るな!」美慧はその場に崩れ落ち、髪は乱れ、服も乱れ、かつて人を見下ろしていたあの高慢さは、跡形もなかった。「お願い……お願いだから……」彼女は声を上げて泣き叫び、涙に濡れた顔で何度も頭を下げる。だが、実也の視線は冷えきっていた。その目には、もはや彼女を「人」として見ている光すらなかった。そのとき、美慧は突然、私の前にひざまずき、床に額を押しつけた。「清乃さん……お願い……ごめんなさい、ほんとにごめんなさい……篠原教授にも謝るから、私、なんでもします!家で働かせてもいい、奴隷でも何でもするから……お願い、刑務所だけは……実也さんには近づかないって約束する……だから、もう一度だけ、チャンスを……」地面に額を何度も叩きつけ、血が滲んでも、彼女は懇願をやめようとはしなかった。けれど、私の心は——まったく動かなかった。あれほど誇り高く、人を見下し、他人の涙を嗤っていた彼女が。今、自分の命乞いのために地面に這いつくばっている。だが思い出してほしい。かつて、どれだけの人が彼女に頭を下げ、親族の命を守ろうとしたか。そして彼女がその声に一度でも耳を傾けたことがあったか。私は無言で背を向けた。血まみれの額を持つ彼女の姿に、もはや見る価値すら感じなかった。裁判所の外で、実也が私の前に立ちはだかっ
「事故当時の監視映像よ、これで十分では?」私が静かにそう告げた瞬間、美慧の顔色は、一気に血の気を失った。スクリーンに映し出されたのは、運転席に座る彼女の顔。車は横断歩道を無情にも突き抜け、祖父の身体を激しく跳ね飛ばす。彼は数メートル先まで転がされ、地面に力なく崩れ落ちた。だが美慧は、一度たりとも車から降りることはなく——まるで何もなかったかのように、現場をそのまま走り去ったのだ。私は思わず目を閉じた。あの瞬間の祖父の姿は、今でも胸をえぐる。手のひらには爪が食い込み、怒りが全身を灼くように駆け巡る。——今すぐ、この女を裁きたい。徹底的に。「あり得ないッ!」美慧が絶叫し、椅子を蹴るように立ち上がる。「これは……AIで顔をすり替えた捏造です!彼女、私を陥れるためにこんなことを……!私、その日は運転なんてしていませんし、人を轢いたなんて……そんな事実、あるわけないじゃないですか!」隣で実也も立ち上がる。「私も、この映像の信憑性には大いに疑問を抱いています」——そう、彼らが信じたかったのは「偽り」のほうだった。私はこの映像を手に入れるまで、何度も拒絶され、偽の録画を押しつけられた。そこには美慧の姿などなく、祖父が自ら階段から落ちる映像だけが編集されていた。私が何を言っても、「それが事実です」「あなたの思い違いでしょう」と、まるで私が狂っているかのように処理され続けた。神崎グループがその気になれば、真実さえも捻じ曲げられる。そんな現実に、私は心の底から震えた。——けれど、祖父の特許を失った今の彼らには、もう力はない。安栄ホールディングスの力を借りて、私はついに「真実」を手に入れた。そして今、法廷のど真ん中で、その真実が牙を剥いた。「これは罠ですよ!彼女、私を妬んで……嫉妬で映像を捏造して……私はそんな人間じゃありません!」美慧は顔を紅潮させ、必死に弁解を繰り返すが——モニターに映し出された彼女の表情は、それだけで何もかもを物語っていた。誰も声を発しない。冷たい沈黙が、すでに「答え」だった。「神崎清乃!私、あなたを名誉毀損で訴えます!」焦燥と恐怖にまみれた声が響いた瞬間——ついに裁判官の声が鋭く空気を切り裂いた。「静粛に!ここは法廷です。私情で騒ぐ場ではあり
実也は、しばし呆然としていた。——まさか、私の口からそんな言葉が出てくるとは、思いもしなかったのだろう。結婚して十数年。私がどれだけ彼を想い、尽くしてきたか、彼自身がいちばん理解していたはずだ。だからこそ、彼は怒りと動揺を隠しきれず、顔を引きつらせたまま私を睨みつけた。「清乃、君、何をふざけたことを言ってる!俺がちょっと美慧を庇ったくらいで、ここまでやるなんて大人気ないにもほどがある。まさか、君……他の男にでも気があるのか?本気で思ってるのか?安栄ホールディングスの会長が、君なんかを本気で愛するとでも?」彼の口調から滲むのは、見当違いな嫉妬と、浅はかな自信。まだこれは駆け引きの一環で、私が本気で離れるはずがない——そう信じて疑っていないのだ。だが、私は、もう十分すぎるほどに目が覚めていた。「おじいさんは、私を三十年育ててくれた。あなたと出会ってからは……まだ十五年も経っていないわ。そんなおじいさんの命を、あなたとの駆け引きに使うと思う?」その静かな一言に、彼は言葉を失い、唇をわななかせた。病室の空気が、ぴたりと凍りつく。もう何を言っても無駄だ。会話が成立する余地すら感じなかった。私は迷いなく、病院の警備に連絡を入れた。やがて警備員たちが駆けつけ、実也は美慧の肩を抱きながら、苛立ちを隠さずに病室を後にした。「証拠なんて、どうせ持ってないんだろ?法廷に出たって、意味なんかないさ。せいぜい後悔して、俺のところに泣きついてくるんだな!」美慧は、振り返りざまに私へと鋭い視線を投げつけた。あざけるような、挑発するような目つきだった。ふたりが去ると同時に、部屋には深い静けさが戻った。祖父が小さく咳き込み、私ははっと我に返った。頭には包帯、身体には検査用のコードがいくつも貼りついている。私の記憶の中では、いつも背筋がしゃんと伸び、どんなときも頼れる存在だった祖父が、今はまるで風に揺れる蝋燭のようにか細く見えた。私はそっとその手を取り、じんわりと熱を感じながら、目に涙を浮かべた。幼い頃、両親を亡くし、人との関わり方もわからなかった私を、無償の愛で包み、導いてくれた人。今の私があるのは、すべて祖父のおかげだった。祖父は、すべてを悟っているようだった。何も語らず、ただ静かに私の