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第5話

Author: 遠藤一樹
島田おばさんは、ももこを抱きしめながら、母を必死に止めた。

だが、母にはもう何も聞こえていなかった。

目は赤く染まり、ただひたすらに掴みかかっていた。

「全部、全部君のせいよ!私と未来の間に割り込んで!」

「君なんか、未来には絶対に敵わない!私の娘は、誰よりも素晴らしいのよ!」

「パチン!」という鋭い音が響いた。

母は叩かれて、頭を横に向けた。

島田おばさんは手を挙げ、険しい表情をしていた。

「いい加減にしなさい!」

「あんたが未来を大事にしなかったんでしょう?なんでうちの娘に当たるの!」

「この金のブレスレットだって、あんたが無理やりももこの腕にはめたんじゃない!」

彼女は次々と、これまでの出来事を語り始めた。

母が私の目の前で、ももこを義理の娘にしたこと。

夏休みに、ももこを私の部屋に泊まらせたこと。

ももこが怒ると、母は私の頬を叩いてももこを笑わせたこと。

お年玉も、私の封筒は空っぽで、ももこには千円札が包まれていたこと。

一つ話すごとに、母の背中は少しずつ丸くなっていった。

ついに床に頭をつけるほどになった時、島田おばさんは言葉を止めた。

ももこを抱きしめ、投げ捨てるように母の顔にお金を撒き散らした。

皮肉っぽく言い放つ。

「全部返すわ!」

「あんたが可哀想だと思って、ももこに褒め言葉を教えたのに!」

「調子に乗って、うちの娘を本当の子供だと思ったわけ?」

「自分の娘を大事にしなかったのは、あんたでしょう!」

怒りを込めた言葉を残し、島田おばさんはももこを連れて出て行った。

最後に、香典を持ち去り、「フン!」と吐き捨てた。

部屋は、静まり返っていた。

母は目を閉じ、両手で顔を覆いながら、自分を殴り始めた。

「全部、私のせい......私が悪いのよ......」

私はしゃがんで、震える母のスマートフォンが鳴るのを見つめた。

担任の先生からの動画が届いていた。

どうやら、あの件を母も知ることになるだろう。

そうなれば、もっと辛い思いをするのだろうか。

母が私の学校に来たのは、たった一度。

あの日は、担任の先生と私が計画した、サプライズだった。

全校トップの成績を取って、放送室でスピーチする機会を得た。

担任の先生は優しいおばあさんで、冗談っぽく言った。

「あなた、人前で話すのが苦手だったで
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