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私が氷の花嫁になった夜、彼は元カノのために花火を打ち上げた

私が氷の花嫁になった夜、彼は元カノのために花火を打ち上げた

By:  椎名 凛Completed
Language: Japanese
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氷の世界グランドオープンの日、「絶望の花嫁」と名付けられた一体の氷彫刻が、訪れた人々を魅了し、感動の声が会場中に響き渡った。 その作者である榊麗子は一躍時の人となっていた。 私の夫は彼女の娘を優しく抱き寄せながら、麗子のために街全体を花火で彩っていた。 息子も誇らしげに拍手を送り、麗子の娘に細やかな気遣いを見せては、ふかふかのケープを掛けてあげている。 その一方で、私の愛娘は薄着のまま父子から見放され、凍えて唇まで紫色に変わっていた。 誰も気付いていなかったのだ。あの氷彫刻の中には、硬直した私の遺体が封じ込められているということを。

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Chapter 1

第1話

吹雪が舞い散る中、人々は押すな押すなの混雑で、遊園地内の「氷の世界」へと詰めかけていた。

氷彫刻を覆う真紅の幕がゆっくりと開かれると、場内からどよめきと歓声が沸き起こった。

まるで生きているかのような精巧な氷彫刻の数々に、観客たちは息を呑んだ。その中でも群を抜いて人々の目を引いていたのは、中央に鎮座する「絶望の花嫁」だった。

純白のウェディングドレスに身を包んだ花嫁は、この世のものとは思えないほどの美しさだった。けれど、その艶やかな瞳からは熱い涙が零れ落ち、透明な雫となって儚げな頬を伝っていた。

「これぞ芸術の極み!」

「なんて美しいんでしょう!感動しました!」

称賛の嵐の中、作品の前に立つ榊麗子の唇には、勝利者の微笑みが浮かんでいた。群衆に囲まれながら、その表情は一層の輝きを増していく。

私の夫、鈴木源は彼女の細い腰に手を添え、ほんの一瞬目が合った瞬間、二人の間に甘い空気が流れた。

二年前、夫は氷彫刻にビジネスチャンスを見出し、遊園地に「氷の世界」をオープン。破格の報酬で榊麗子を総合デザイナーとして招聘したのだ。

そして、私の悪夢の幕開けとなった。

気がつけば、二人の関係は怪しげなものとなり、私の実の息子までもが彼女と娘の味方になっていった。

氷の世界の気温が刻一刻と下がっていく中、息子のロロは榊さくらちゃんに高級な白狐のケープを、まるで宝物を扱うかのように優しく掛けている。

「まあ、ロロったら世界一優しいお兄ちゃんね」

榊麗子が膝をついて息子の頭を撫でると、ロロの頬は照れて薔薇色に染まった。

鈴木源はさくらちゃんを抱き上げ、その可愛らしい頬をそっと撫でる。

まるで絵に描いたような幸せな四人家族——。

「本日より三夜連続で、祝田先生特製の花火を街中で打ち上げさせていただきます。我が遊園地の功労者、麗子への感謝の意を込めて」

鈴木源がそう宣言すると、観客から大きな拍手が沸き起こった。祝田先生の花火は一発が何十万もする代物だという。

誰も思い出さない。鈴木源には鈴木美咲という妻がいることを。

誰も気にかけない。私と源の娘が群衆の最後尾で、薄手の秋物を一枚羽織っただけの姿で、凍えながら身を縮めていることを。その小さな体は既に紫色に変色していた。

娘の目尻に凍りついた涙を拭おうとした私の手は、儚くも彼女の体をすり抜けた。

ああ、そうだった。私はもう......

この世にいないのだから。私の冷たくなった体は、あの「絶望の花嫁」の中に永遠の眠りについているのだから......

夜空に咲き誇る花火が、片隅で震える我が子の紅潮した頬を照らし出していた。

源と息子は、まるでトトなど存在しないかのように、榊親子の手を取り楽しげに歩いていく。我が子の傍らを通り過ぎる時さえ、一瞥もくれない。たった五歳の幼子を、氷点下の世界に見捨てたまま。

トトの体は次第に熱を帯び始め、頬は異常な紅潮を見せ、か細い声で何かを呟いていた。

耳を近づけると、その言葉が聞こえた。

「ママ......

ママ、会いたいよ......」

胸が千切れそうになる。抱きしめようとする私の手は、何度も娘の小さな体をすり抜け、その熱すら感じることができない。

自責の念に押しつぶされそうになりながら、私はトトの傍を離れ、氷の世界を駆け抜けた。誰か、誰かスタッフが気付いてくれることを必死に祈りながら。

永遠とも思える時間が過ぎ、ようやく巡回中の警備員を見つけ出した。

必死に周囲の物を動かそうとするが、この透明な魂では全てが徒労に終わる。

彼が立ち去ろうとするのを見て、私は覚悟を決めた。全ての思いを込めて、案内板に体当たりをした。

その時、奇跡が起きた。案内板が大きな音を立てて倒れ、氷の世界の方向へと転がっていく。

「チッ、何だ?」と悪態をつきながら、警備員は音を追いかけていった。

そして、トトの小さな啜り泣きが、ついに彼の耳に届いた。

「誰かいるのか!」

警備員が鍵を取り出し、がちゃりと扉を開ける。

安堵の息をつく間もなく、警備員のスマートフォンが鳴り響いた。

「おい、社長が二回目の花火を打ち上げるってよ。ちょっとサボって見に行かねぇか?誰にもバレないって」

ガチャリと鍵が抜かれ、警備員は電話を切ると、何食わぬ顔で踵を返した。

私の心に漆黒の絶望が広がり、透明な涙が頬を伝う。

「行かないで!」必死で彼の足にすがりつく。「お願い、行かないで!私の娘を......トトを助けて!」

虚しく響いたのは、重い扉が閉まる音だけ。

あと少し、ほんの少しで、愛しい娘を救えたというのに......

再び娘の傍らに跪き、抱きしめようとする。彼女の小さな体は、もう危険なほどに冷え切っていた。

「ママ、帰ってきて......トトを守って......ねぇ?」

幼い頬に無数の涙の跡を残しながら、娘はただその言葉を繰り返す。

ごめんね、トト。もう二度と、ママは帰ってこられないの......
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