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私の子が拉致犯の子?なら堕ろすのでさようなら
私の子が拉致犯の子?なら堕ろすのでさようなら
Autor: リン

第1話

Autor: リン
鈴木真理子(すずき まりこ)と、夫・鈴木裕司(すずき ゆうじ)の幼なじみである岡田柚(おかだ ゆず)が同時に拉致された。あの夜、倉庫からは一晩中、うめき声が響いていた。

2ヶ月後、二人は同時に妊娠していることが判明した。

幼なじみである柚の名誉を守るため、裕司はためらうことなく、その子は自分の子だと名乗り出た。

一方で、真理子のお腹の子は、拉致犯に辱められてできた「忌まわしい子」として扱われた。

真理子は手当たり次第に物を叩き壊し、泣き叫びながら問い詰めた。「どうして?その子は拉致される前から授かっていたのよ。犯人は私に触れていないって、あなたも分かっているはずでしょ!」

裕司は苦しげな、申し訳なさそうな目を向けた。「真理子、我慢してくれ。柚はずっと大事に育てられてきたんだ……世間の噂には耐えられない」

真理子は呆然と裕司を見つめ、ふいに笑い出すと、涙がこぼれ落ちた。

「じゃあ……私なら耐えられるっていうの?」

その瞬間、真理子はふっと力が抜けるのを感じた。

もう、彼を愛し続ける気力なんて残っていなかった。

……

弁護士事務所で書類にすべて目を通し終えた真理子は、鞄から古びた一枚の紙を取り出した。それは、裕司の署名と捺印が既になされた白紙の離婚届だった。

「先生。ここに本人の署名と印鑑は揃っています。あとは私が出すだけで、受理されますよね?」

弁護士は眼鏡を押し上げ、慎重に頷いた。「ええ、書類に不備がなければ受理されます。ですが、念のためご主人様の最終的な意思を確認されることをお勧めしますが……」

しばらく沈黙したあと、彼女は裕司に電話をかけた。しかし、受話器の向こうから聞こえてきたのは、柚の甘えた声だった。「裕司さん、西区のあのケーキが食べたいな……」

胸に突き刺さるような痛みを感じつつ、真理子は必死に声を抑えた。「ちょっと相談したいことがあるの」

すぐさま裕司の低い声が返ってきた。「どうした?真理子、今ちょっと立て込んでるんだ。何でもいいから、お前の判断で決めてくれ」

彼女は念を押すように言った。「本当に、どんなことでも私が決めていいのね?」

裕司は軽く笑い、穏やかな声で答えた。「もちろんだよ。結婚してからずっと、家のことはお前に任せてきただろ?」

「分かったわ。じゃあ、そうさせてもらう」

電話を切ると、真理子は目の前の離婚届に、自分の名前を静かに書き記した。

事務所を出る際、彼女は完成した離婚届を鞄に大切にしまった。

弁護士が心配そうに声をかける。

「鈴木さん、本当にこれでよろしいのですね?役所へ提出するまでは、まだ引き返せますからね」

彼女はふっと微笑んだ。「あとは私自身のタイミングで、役所へ提出しに行きます。夫も『私の判断でいい』と言ってくれましたから」

この離婚、必ず成し遂げてみせる。

事務所を出た彼女はすぐにタクシーを拾い、急いで病院へ向かった。

「すみません、中絶手術をお願いします」

医師はカルテに目を落とした。「本当に中絶されるのですか?お腹の子はとても健康ですよ」

「はい、お願いします」

手術台の冷たさと器具の音に、全身が凍りつくようだった。

そっと目を閉じると、裕司に猛アタックされていた記憶が蘇る。

大学の入学式、学生代表として挨拶に立った彼は、壇上で真理子を見つけるなり、頭が真っ白になって言葉を詰まらせた。

当時、金融学科一のモテ男が一目惚れで陥落した、と誰もが噂した。

女性に見向きもしなかった氷のような裕司が、ひとりの女の子を丸1年猛アタックし続けた。

初雪の日、女子寮の前で999本のバラを捧げ、雪の中で一晩中待ち続けた。

大雨の日、「西区のケーキが食べたい」という真理子の一言のために、車を走らせ街を横断した。

真理子が中でも忘れられないのは、学園祭の夜だった。

ピアノの演奏中に鍵盤が故障し、頭が真っ白になって立ち尽くす彼女のもとへ、裕司は迷わず駆け寄り、隣に腰を下ろした。

「一緒に弾こう」

彼が細い指でピアノを奏で、二人で「夢の中のウェディング」を弾き切った。

客席は興奮に包まれたが、彼は真理子だけを見つめ、静かにこう言った。「真理子、俺が生涯を添い遂げるのは、後にも先にもお前一人だけだ」

その言葉で、真理子は恋に落ちた。

裕司も誓いを守り、付き合い始めた頃から結婚後も、宝物のように大切にしてくれた。

唯一の気がかりは、彼にまとわりつく幼なじみの柚という存在だった。

「柚は妹みたいな存在だよ」彼はいつもそう言った。「彼女の祖父が俺の祖父の命を救ってくれた恩があるし、今は岡田家も苦しいから、放っておけないよ」

真理子はそれを信じた。

しかし次第に、柚は彼ら夫婦の間を引き裂くような存在となった。

何度も何度も、彼女は柚のために身を引かされた。

去年の誕生日はオーロラを見に行く約束だったのに、柚の風邪を理由に急遽キャンセルになった。

結婚記念日に準備していたサプライズも、「雷が怖い」という柚の電話一本で全て台無しにされた。

真理子が高熱にうなされている間でさえ、裕司は柚と一緒に観覧車に乗って、その様子を撮ってインスタに載せていた。

何度も耐えてきたが、今回ばかりは違う。柚のために、裕司は我が子すら認めなかったのだから。

それなら、この子もいらないし、裕司という男も、もう必要ない。

手術室の明かりが消えた時、真理子は自分の中の何かが一緒に失われたように感じた。

壁に手をつきながら外へ出ると、足は震え、下腹部に鈍い痛みが走った。

曲がり角に差しかかったとき、ふと目に入った光景に、全身が凍りついた。

ベンチの前で、裕司が片膝をつき、柚のわずかに膨らんだ腹に耳を当てている。

「赤ちゃんが蹴ったわ!」柚は嬉しそうに笑った。「裕司さん、よく蹴る子は賢くなるんですって」

裕司は柚のお腹を撫でながら、穏やかな声で言った。「無事に生まれてくれれば、それでいい」

真理子はカルテを強く握りしめた。

掌の中でカルテがぐしゃっと潰れる音は、今にも壊れそうな彼女の心の悲鳴のようだった。

そして、駆け寄って問いただしたい衝動が胸を突き上げる。

他人の子の誕生を喜んでいる時、自分たちの子が冷たい器具によって、この世から消されたことを知っているのかと。

自分が妊娠を告げたとき、あんなにも嬉しそうに自分を抱き上げたことを覚えていないのかと。

それでも真理子は、何もしなかった。

ただ静かにその場に立ち、寄り添う二人の姿を見つめていた。

怒りも不満も悔しさも、すべてがただ、深く突き刺さるような疲労へと変わっていった。

彼女が立ち去ろうとしたその時、裕司の声が背後から聞こえた。

「真理子?」驚いたような声だった。「どうして、こんなところにいるんだ?」
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