第3話

三年間の結婚生活、美夜は常に蓮を慕い、敬い、決して裏切るようなことはしなかった。

たとえ、かつて母が強引に彼に結婚を迫ったせいであっても、たとえ次兄が長年にわたり彼を侮辱し続けていたとしても――いまや泉家は風前の灯。

蓮はいつでも泉家の産業を手中に収め、彼女を無一文で追い出すことだってできる。

もはや勝利は確定しているというのに。

それなのに、なぜこれほどまでに彼女を痛めつける必要がある？

なぜ、彼女が最も恐れている陸野浩司（りくの こうじ）を呼び寄せたのか？

絶望の中であえぐ彼女の顔を見下ろしながら、蓮の唇はより深く歪んだ。

「何をそんなに苦しそうな顔してる。二百万円欲しいんだろ？浩司の女になれば、二千万円はもらえるぞ」

その言葉を吐いたあと、彼は声を落とし、彼女にしか聞こえないような低さで囁いた。

「お前、まだ知らないだろ？この数年、お前を酔わせた後、毎回、俺は浩司を呼んでたんだよ」

雷鳴のような衝撃、天を劈くような一撃が、彼女の魂を打ち砕いた。

その言葉は美夜の精神を粉々に打ち砕き、抗うために上げていた両手が空中で凍りついた。

――そんなはずがない。

彼は潔癖症で、ベッドの上で他人と交わるなんてありえない。

きっと、彼は嘘をついている。そう違いない。

「ほらほら、黒川社長、彼女のこと、本気で怯えさせたみたいだな」

室内に、浩司のからかうような声が響いた。

そして、影が覆いかぶさるように近づき、浩司の整った顔立ちが彼女の目の前に迫る。

「美夜、言っただろ？男なんてみんな同じだって。最初から俺のもとに来ていれば、こんな目には遭わなかったのにな」

その口ぶりはまるで慈しむようだった。

だが、彼の手はすでに彼女のシフォンブラウスに伸び、第一ボタンを外していた。

美夜の身体は蓮によってデスクに押しつけられたまま。冷気が首筋に触れた瞬間、ようやく彼女は正気を取り戻した。

まるで水中に沈められた猫のように、彼女は手足をばたつかせて必死に暴れ、喉を押さえる手を叩き、掻きむしった。

「おかしい……あなたたち、どうかしてる！金なんていらない、もう借りない！警察を呼ぶ！」

もしかしたら、彼女の足が蓮に当たったのかもしれない。あるいは、その最後の一言が彼を怯ませたのか。

その瞬間、首を締める手がぱたりと離れ、蓮は彼女を放した。

浩司も手を引っ込め、机のそばに立ち、にやにやと笑いながら言った。

「ちっ、あれから何年も経ってるのに、性格は相変わらずだな」

浩司を見ることすらできず、美夜は震える手で服の前を押さえ、這うようにデスクから起き上がると、逃げるようにオフィスの扉へと走った。

ここは、かつて慣れ親しんだオフィスではない。今の彼女にとっては、地獄そのものだった。

「なんだよ、せっかく俺を呼んどいて、あれで帰らせるのか？」

扉の向こうへと駆け出していく美夜の背中を眺めながら、浩司はスラックスのポケットに片手を入れ、不満げに眉をひそめた。

「焦るな。ゲームは始まったばかりだ。じっくり楽しもうじゃないか」

蓮は再びエグゼクティブチェアに腰を下ろし、ドアを見ることなく、浩司に視線を向けてにやりと笑った。

「どうしても急ぎたいなら、今すぐ追いかけても構わないぜ」

「それじゃあ、遠慮なく」

浩司はそう言い残し、オフィスを出て行った。

……

辰星ビルを出たとき、空はすでに深く暮れていた。

ビルの壁面スクリーンには辰星グループの企業広告が映し出され、周囲の高層ビルには次々とネオンが灯り、きらびやかな光に満ちていた。

蓮たちが追ってくるのを恐れ、美夜は広場の片隅にある花壇の中に身を隠した。

バッテリーが切れたままの携帯を抱き、彼女は傷ついた小動物のように、膝丈ほどの灌木の影で身体を丸め、震える身をぎゅっと抱きしめた。

蓮は、彼女の家族をすでに絶望の淵に追い込み、そして今度は――あの陸野浩司まで呼び寄せた。

彼女がどれだけ浩司を恐れているか、蓮は知っていたはずだ。

何年もかけてようやく忘れようとしていた、その悪夢のような男を。

陸野浩司――名家出身の厄介者にして、地元では悪名高い人物。

その名前を聞けば、大抵の者は道を避ける。

近年は京市で数々の事件に関与していたと噂され、人の命すら手にかけたと言われていた。やがて、手に負えなくなった彼は、海外へ留学という名目で追いやられた。