LOGIN体育祭が終わり、校内は片付けをする生徒たちで慌ただしくなっていた。
そんな中、私は辺りを見渡しながら樹くんの姿を探していた。 ――いた。 体育館の入口近く。 友達と話していた樹くんが、私の声に気づいて振り返る。 「樹くん!」 目が合った瞬間、心臓が大きく跳ねた。 「あの……ちょっといいかな?」 「うん、いいよ。」 樹くんは何も聞かずについてきてくれた。 人のいない空き教室。 扉を閉めると、急に静寂が広がる。 さっきまで聞こえていた歓声も、片付けの声も、遠くに感じた。 手が震える。 息がうまく吸えない。 それでも、今日を逃したらきっと言えない。 大きく息を吸う。 「樹くん!」 一度名前を呼ぶ。 そして、勇気を振り絞って言葉を続けた。 「好きです。付き合ってください。」 静かな教室に、私の声だけが響く。 返事を待つ数秒が、何分にも感じられた。 やがて樹くんはゆっくり口を開く。 「……ごめん。」 その一言だけで、全部わかった。 「期待には応えられない。」 優しい声だった。 だからこそ、胸が痛かった。 「……そっか。」 泣きそうになるのを必死にこらえながら笑う。 「でも、私……諦めないから。」 そう言うと、樹くんは少し困ったように笑って、 「……うん。」 小さく頷いた。 その表情を見て、私は勝手に安心してしまう。 まだ嫌われたわけじゃない。 まだ、可能性はゼロじゃない。 そう思いたかった。 その時、廊下の向こうから男子の声が響く。 「おーい、樹ー! 片付け手伝えー!」 「あ、ごめん。」 樹くんは申し訳なさそうに笑った。 「もう行くね。」 「うん。わざわざごめんね。笑」 それだけ言うと、樹くんは教室を出ていった。 扉が閉まる音だけが静かに響く。 一人になった教室で、私は小さく息を吐いた。 「……よし。」 笑顔を作る。 まだ終わってない。 これは失恋じゃない。 ただ、一回目の挑戦が終わっただけ。 そう自分に言い聞かせて、私はゆっくりと教室をあとにした。付き合い始めて数か月。 今日は特に予定も決めず、二人でショッピングモールを歩いていた。 緋夏は相変わらず落ち着きがない。 「あっ、見て!これ可愛い!」 さっきまで服を見ていたと思えば、今度は雑貨屋に吸い込まれていく。 「……忙しいな。」 そう言いながらも、その後ろを歩く。 店を出ると、緋夏が何も考えず車道側を歩こうとした。 遠くの方に車が見える。 無意識に腕を引く。 「え?」 「こっち。」 そのまま自分が車道側に立つ。 「……?」 不思議そうな顔。 別に深い意味なんてない。 危ないから。 それだけ。 歩いている途中、緋夏が急に立ち止まった。 「蒼人。」 「ん。」 「荷物持とうか?」 「……は?」 「いや、私が荷物持とうかって」 「意味分かんない。」 「えへへ」 何が面白いんだ。 そのまま歩き出そうとした時だった。 「……ねぇ。」 「なに。」 「蒼人ってさ。」 嫌な予感がする。 「こんな気遣いできたんだね。」 …… …………。 「はぁ?」 「できないと思ってたの?」 「思ってた。」 「失礼すぎるだろ。」 「だって前の蒼人ってさぁ。」 指を折り始める。 「荷物持たない。」 「持てって言われてない。」 「『寒い』って言っても『へぇ』しか言わない。」 「事実だろ。」 「『眠い』って言っても『寝れば?』って冷たい。」 「寝ればいいじゃん。」 「ほらぁ!」 ケラケラ笑っている。 ……なんか腹立つ。 「でも今はさ。」 緋夏は俺の顔を覗き込んできた。 「車道側歩いてくれるし。」 「重そうだったら荷物持ってくれるし。」 「寒かったらマフラー巻いてくれるし。」 「人混みだと手繋いでくれるし。」 「体調崩しそうだとすぐ休ませるし。」 「意外だった。」 「蒼人ってこんな人だったんだね。」 …… いや。 違う。 昔からできなかったわけじゃない。 ただ。 やる理由がなかっただけ。 「……はぁ。」 ため息をつく。 「なにそのため息ー。」 「別に。」 「またそうやって誤魔化す!」 ほんとよく喋る。 少し黙ってろ。
受験前日。 机に向かっていても、文字が頭に入らない。 スマホが震えた。 『ねぇっ!!緊張やばい!!』 画面を見て、小さく笑う。 俺だって緊張してる。 けど、そんなこと言ったら余計不安になるだろ。 指を動かす。 『早く寝ろバカ。』 送信。 これでいい。 明日は、万全な体調で来い。 それだけだ。 ⸻ 試験当日。 駅へ向かう途中、少し前を歩く見慣れた背中が目に入る。 ちゃんと起きられたらしい。 それだけで少し安心した。 「ちゃんと寝れたの。」 後ろから声を掛けると、 「わっ!」 大げさなくらい肩を跳ねさせる。 ……いつもの緋夏だ。 その反応に、自然と肩の力が抜けた。 大丈夫。 俺も、いつも通りでいよう。 ⸻
自習室は静かだった。 参考書をめくる音と、シャーペンが紙を走る音だけが響く。 緋夏が席を立ち、トイレへ向かう。 その姿を見送りながら、ふと手が止まった。 もし。 もし緋夏と違う大学になったら。 もし俺だけ落ちたら。 もし、このまま離れることになったら。 ――嫌だ。 そんな未来、考えたくもない。 気づけば参考書に視線を戻し、無意識にペンを走らせていた。 一問でも多く。 一点でも高く。 絶対に受かる。 何が何でも、緋夏と同じ大学へ行く。 その一心だけで、問題を解き続けた。 冬休みに入ってから、緋夏からの連絡は一度も来なかった。 きっと勉強している。 あいつのことだから、不安になりながらも必死に机へ向かっているんだろう。 だったら俺もやるしかない。 連絡したい気持ちは何度もあった。 でも、今は邪魔したくなかった。 ただ一つだけ。 毎年欠かさず送っているメールだけは、今年も送りたかった。 時計の針が零時を指す。 『あけおめ。』 送信ボタンを押して、スマホを机に置く。
最近の緋夏は、見ていて少し怖かった。 自習室に着けば雑談もせず、鞄を置いた瞬間に参考書を開く。 前なら「今日さー」なんてどうでもいい話をしてきたのに、今はそれすらない。 俺が声をかけても反応が遅いことがある。 もう一度呼びかけてようやく「ん?」と返してくる。 ……体調、崩さなきゃいいけど。 そう思っていた。 そして、その嫌な予感は当たった。 その日の緋夏は、朝から様子がおかしかった。 焦点が合っていない。 問題を解いているはずなのに、同じ場所をずっと見つめている。 何度も声をかけようとして、やめた。 「大丈夫?」 そんな一言で止まるようなやつじゃない。 案の定、放課後も残ると言い張った。 勉強どころじゃないだろ。 そう思いながらも、隣に座るしかできなかった。 他の居残り組が全員帰る頃には、参考書を開いたまま 動かなくなった。 机に突っ伏している。 寝息が聞こえた。 ……寝てるのか。 先生が教室を覗き込む。 「もう閉めるぞー。」 「……あ、はい。」 起こそうか迷った。 でも、この
三年生になって最後の体育祭。 二人三脚の練習は、思っていた以上にうまくいかなかった。 「ねぇ、もっと右!」 「違う、今絶対速かった!」 「歩幅合わせてってば!」 緋夏は転びそうになるたび文句を言ってくる。 分かってる。 緊張してるんだ。 でも、何度も何度も言われているうちに、頭の片隅にずっと引っかかっていたものが、少しずつ大きくなっていく。 ――俺じゃなかったら、もっと上手くできたのか。 本当はそんなこと思いたくない。 思いたくないのに。 「じゃあ……樹と交代する?」 口に出した瞬間、自分で固まった。 ……何言ってんだ、俺。 そんなつもりじゃなかった。 交代なんてしたくない。 緋夏の隣を譲る気なんて、一ミリもない。 「はぁ!? なんでそうなるの!?」 予想以上の勢いで返ってくる。 「蒼人じゃないとできるわけないじゃん!」 一瞬だけ息が止まった。 ……そうか。 もちろん、幼なじみだから。 そういう意味だってことくらい分かってる。 それでも。 その言葉だけで十分だった。 「……ごめん。撤回する。」 それ以上は何も言わず、もう一度スタート位置へ戻る。 ⸻ 体育祭当日。 緋夏は朝から落ち着きがなかった。
模試が近づき、放課後は緋夏と教室に残って勉強するのが当たり前になっていた。 シャーペンの音だけが響く静かな教室。 ふと、緋夏が顔を上げた。 「いいなぁ……。」 小さく漏れた声につられて、俺も廊下へ目を向ける。 男女二人が並んで歩いていた。 荷物を持ってやったり、何気ないことで笑い合ったり。 見ているだけで、居心地の良さが伝わってくる。 「あの二人、付き合ってるのかな。」 「関わったことないから知らない。」 「だよねー……。」 それだけ言うと、緋夏は何事もなかったように参考書へ目を戻した。 俺はもう一度、緋夏を見る。 ――俺は。 緋夏にとって、安心できる存在でいられているんだろうか。 そんなことを考えながら、また問題集へ視線を落とした。 ◇ 数週間後。 模試の結果が返ってきた。 適当に書いた大学の判定は、E。 「……やば。」 思わず声が漏れる。 一方、緋夏はC判定。 先生にも友達にも褒めら