LOGIN体育祭までの準備期間。
私は変わらず樹くんへアピールを続けた。 毎朝、自分から挨拶をする。 たまに自分からメッセージを送ってみる。 休み時間も、話すきっかけを見つけては声をかける。 そんな毎日を繰り返しているうちに、樹くんも以前より自然に話してくれるようになった気がした。 ――このままもっと仲良くなれたらいいな。 そんな期待を胸に、体育祭当日を迎えた。 ◇ 実行委員は準備があるため、皆より早く登校する。 まだ人の少ない校舎を歩いていると、昇降口で見慣れた姿を見つけた。 樹くんだった。 同じタイミングで学校に来たことが、なんだか少しだけ運命みたいに思えてしまう。 「樹くん、おはよう!」 「おはよう。」 樹くんはいつもの笑顔で返してくれた。 「今日頑張ろうね。」 「うん!」 それだけで朝から幸せな気持ちになる。 単純だな、私。 ◇ 体育祭はあっという間に始まった。 負ければみんなで悔しがって。 勝てば思いきり喜び合う。 「やったー!」 思わず手を上げると、樹くんも自然に手を合わせてくれた。 パチン、と乾いた音が響く。 樹くんとハイタッチ。 たったそれだけなのに、心臓はさっきから忙しく鳴りっぱなしだった。 浮かれたまま辺りを見回すと、少し離れたところに蒼人がいた。 ……なんだか、ものすごく疲れた顔をしている。 「蒼人、どうしたの?」 「別に。なんでもない。」 相変わらず素っ気ない返事。 「あ、わかった。」 私は思わず笑ってしまう。 「運動苦手なんでしょ。」 「……。」 否定もしない。 図星だったのかもしれない。 私はそんな蒼人を少しだけからかいながら、さっきのハイタッチのことを話した。 「ねぇ聞いて! 樹くんとハイタッチできた!」 「そう。」 「しかも向こうから合わせてくれたんだよ!」 「良かったじゃん。」 また、その一言。 私はもう慣れたように笑って返す。 「……告白してみようかな。」 ぽつりとこぼす。 蒼人は少しだけ目を伏せて、 「……そ。」 それだけ答えた。 その短い返事に深い意味なんて考えもしないまま、私は競技が終わるのを待った。 体育祭も、もうすぐ終わる。 今なら言えるかもしれない。 そんな期待を胸に、私は樹くんの姿を探し始めた。街がイルミネーションで彩られ始める頃。 クリスマスが近づいてきた。 今年はどうなんだろう。 樹くん、予定あるのかな。 スマホを開いて何度も文章を打ち直す。 そしてようやく送信した。 『クリスマスって部活とかある?』 遠回しすぎる聞き方だとは思った。 それでも、「予定ある?」なんて聞く勇気はまだなかった。 少しして通知が鳴る。 『部活ではないんだけど』 その一文を見て胸が少しざわつく。 予定、あるのかな。 そう思った次の瞬間。 『あ、そうだ。イブ空いてる? ちょっと付き合ってほしいんだけど。』 「……え。」 思考が止まる。 もう一度画面を見る。 何度見ても文章は変わらない。 「えっ……!」 思わずベッドへ飛び込んだ。 樹くんからのお誘い。 それだけで胸がいっぱいになる。 何着て行こう。 髪巻こうかな。 樹くんってどんな服が好きなんだろう。 そんなことを考えている時間さえ幸せだった。 ◇ クリスマスイブ。 いつもより少しだけ時間をかけて身支度をした。 鏡の前で何度も前髪を直して、待ち合わせ場所へ向かう。 「ごめん! 待った?」 振り向くと、樹くんが少し息を切らしていた。 「ううん! 全然待ってないよ!」 「良かった。」 そう笑う顔を見るだけで嬉しくなる。 「じゃあ、行こっか。」 二人で並んで歩く。 これだけで十分幸せだった。 「今日は何するの?」 私が聞くと、樹くんは少しだけ困ったように笑った。 「実はさ。」 その表情を見た瞬間、なんとなく嫌な予感がした。 「体育祭実行委員で一緒だった子、いるじゃん?」 心臓が音を立てる。 「あの子と明日遊ぶ約束してて。」 世界の音が一瞬だけ遠くなった。 それでも私は笑う。 笑わなきゃ。 「プレゼント渡したいんだけどよく分かんないから、一緒に選んでほしくて。」 「できれば...告白も。」 そういうことだったんだ。 今日、一緒にいたかった相手は私じゃない。 私はただ。 相談相手だった。 胸の奥がぎゅっと締めつけられる。 それでも口角だけは下げなかった。 「いいけど!」 精一杯笑って答える。 「ちゃんと結果
夏休み。 一学期が終わってからというもの、なんだかんだ告白のことを引きずってしまっていた。 メッセージを送る勇気も出ない。 遊びに誘うなんてもってのほか。 結局、樹くんとはほとんど話さないまま夏休みは終わった。 ◇ 二学期。 この時期の一番のイベントといえば、文化祭だ。 ――今度こそ。 体育祭では振られたけど、まだ諦めたわけじゃない。 一緒に文化祭を回れたら、また少し距離が縮まるかもしれない。 そんな期待を胸に、休み時間を見計らって樹くんの席へ向かった。 「樹くん……!」 「ん?」 「あの、文化祭……一緒に回ってくれないかな?」 一瞬だけ樹くんが考えるような表情を浮かべる。 「あー、ごめん。」 その一言で、胸が少しだけ締めつけられた。 「違う人と回る約束しちゃってるんだ。」 「……そっか!」 できるだけ明るく笑う。 「ごめんね! ありがとう!」 先約があるなら仕方ない。 そう自分に言い聞かせながら、その場を離れた。 その足で、いつもの席へ向かう。 「蒼人ー!」 机に突っ伏していた蒼人がゆっくり顔を上げる。 「文化祭回る人いないから回ろーよ!」 「……。」 「てか回るから!」 「なんで拒否権ないんだよ。」 「いいでしょ! どうせ友達少ないんだから!」 「失礼な。」 呆れたような声に思わず笑う。 こういう何気ないやり取りだけは、昔から変わらない。 ◇ 文化祭当日。 クラスの屋台当番を終え、私は蒼人と校内を歩いていた。 初めての文化祭。 教室いっぱいに並ぶ出し物。 廊下まで響く笑い声。 写真を撮る生徒たち。 高校生になったんだな、と改めて実感する。 「次どこ行く?」 「お化け屋敷!」 「え、絶対嫌。」 「え、苦手なの?」 「別にそんなのじゃなくて」 そんなくだらないことで笑い合いながら歩いていると、不意に見覚えのある後ろ姿が目に入った。 樹くんだった。 その隣には、一人の女の子。 体育祭実行委員で一緒だった子だ。 二人は楽しそうに笑いながら歩いている。 自然な距離。 自然な笑顔。 その光景を見た瞬間、胸が少しだけ苦しくなった。 ……もしかして。 好きなのかな。 そんな考えが頭をよ
片付けが終わり、私は重たい足取りで昇降口へ向かった。 さっきまであんなに賑やかだった校舎も、少しずつ静けさを取り戻している。 「おつかれ。」 聞き慣れた声がして、思わず顔を上げた。 「っ、なんでいるの!? 蒼人、委員会じゃないよね!?」 驚いて声を上げると、蒼人は少しだけ眉をひそめる。 「……まぁ、ちょっと。」 「……あ、さては筋肉痛で動けないんでしょ?笑」 私はにやりと笑った。 「普段どんだけ運動してないの? もうおじいちゃんじゃん。」 「うるさい。」 ぶっきらぼうに返す声が、いつも通りで少し安心する。 結局そのまま二人で歩き始めた。 夕日が道路をオレンジ色に染めている。 何気ない帰り道。 でも今日は、胸の中にぽっかり穴が空いたみたいだった。 「そういえばさ。」 私は前を向いたまま口を開く。 「聞いてよ。」 「ん。」 「私、樹くんに振られちゃった。」 少しだけ間が空く。 「……そう。」 返ってきたのは、短い一言だけ。 「なんかさぁ!」 私は思わず笑ってしまう。 「慰めるとかないの!? 薄情!」 「別に。」 蒼人は前を向いたまま答える。 「慰めなくても、どうせ諦めてないんでしょ。」 図星だった。 「……まぁ、そうだけど!」 「じゃあいらないでしょ。」 それだけだった。 励ましの言葉もなければ、「頑張れ」もない。 でも、その言い方があまりにも当たり前で。 まるで私ならそうするって、最初から分かっていたみたいで。 「……何それ。」 思わず笑ってしまう。 「蒼人、私のこと分かりすぎ。」 「まぁ腐れ縁なんで。」 その一言だけで会話は終わる。 しばらく二人で黙って歩いた。 蝉の鳴き声だけが響いている。 「ねぇ。」 私が口を開く。 「私さ、本当に諦めなくていいと思う?」 少しだけ歩く速度が遅くなる。 蒼人は前を向いたまま、小さく息を吐いた。 「後悔しないなら。」 「え?」 「自分で決めたなら、それでいい。」 それだけ言って、また歩き始める。 やっぱり蒼人は優しい。 言葉は少ないけれど、私が進みたい方向を無理に変えようとはしない。 「よし!」 私は空を見上げる。 「絶対振り向かせる!」 「……頑張れば。」
体育祭が終わり、校内は片付けをする生徒たちで慌ただしくなっていた。 そんな中、私は辺りを見渡しながら樹くんの姿を探していた。 ――いた。 体育館の入口近く。 友達と話していた樹くんが、私の声に気づいて振り返る。 「樹くん!」 目が合った瞬間、心臓が大きく跳ねた。 「あの……ちょっといいかな?」 「うん、いいよ。」 樹くんは何も聞かずについてきてくれた。 人のいない空き教室。 扉を閉めると、急に静寂が広がる。 さっきまで聞こえていた歓声も、片付けの声も、遠くに感じた。 手が震える。 息がうまく吸えない。 それでも、今日を逃したらきっと言えない。 大きく息を吸う。 「樹くん!」 一度名前を呼ぶ。 そして、勇気を振り絞って言葉を続けた。 「好きです。付き合ってください。」 静かな教室に、私の声だけが響く。 返事を待つ数秒が、何分にも感じられた。 やがて樹くんはゆっくり口を開く。 「……ごめん。」 その一言だけで、全部わかった。 「期待には応えられない。」 優しい声だった。 だからこそ、胸が痛かった。 「……そっか。」 泣きそうになるのを必死にこらえながら笑う。 「でも、私……諦めないから。」 そう言うと、樹くんは少し困ったように笑って、 「……うん。」 小さく頷いた。 その表情を見て、私は勝手に安心してしまう。 まだ嫌われたわけじゃない。 まだ、可能性はゼロじゃない。 そう思いたかった。 その時、廊下の向こうから男子の声が響く。 「おーい、樹ー! 片付け手伝えー!」 「あ、ごめん。」 樹くんは申し訳なさそうに笑った。 「もう行くね。」 「うん。わざわざごめんね。笑」 それだけ言うと、樹くんは教室を出ていった。 扉が閉まる音だけが静かに響く。 一人になった教室で、私は小さく息を吐いた。 「……よし。」 笑顔を作る。 まだ終わってない。 これは失恋じゃない。 ただ、一回目の挑戦が終わっただけ。 そう自分に言い聞かせて、私はゆっくりと教室をあとにした。
体育祭までの準備期間。 私は変わらず樹くんへアピールを続けた。 毎朝、自分から挨拶をする。 たまに自分からメッセージを送ってみる。 休み時間も、話すきっかけを見つけては声をかける。 そんな毎日を繰り返しているうちに、樹くんも以前より自然に話してくれるようになった気がした。 ――このままもっと仲良くなれたらいいな。 そんな期待を胸に、体育祭当日を迎えた。 ◇ 実行委員は準備があるため、皆より早く登校する。 まだ人の少ない校舎を歩いていると、昇降口で見慣れた姿を見つけた。 樹くんだった。 同じタイミングで学校に来たことが、なんだか少しだけ運命みたいに思えてしまう。 「樹くん、おはよう!」 「おはよう。」 樹くんはいつもの笑顔で返してくれた。 「今日頑張ろうね。」 「うん!」 それだけで朝から幸せな気持ちになる。 単純だな、私。 ◇ 体育祭はあっという間に始まった。 負ければみんなで悔しがって。 勝てば思いきり喜び合う。 「やったー!」 思わず手を上げると、樹くんも自然に手を合わせてくれた。 パチン、と乾いた音が響く。 樹くんとハイタッチ。 たったそれだけなのに、心臓はさっきから忙しく鳴りっぱなしだった。 浮かれたまま辺りを見回すと、少し離れたところに蒼人がいた。 ……なんだか、ものすごく疲れた顔をしている。 「蒼人、どうしたの?」 「別に。なんでもない。」 相変わらず素っ気ない返事。 「あ、わかった。」 私は思わず笑ってしまう。 「運動苦手なんでしょ。」 「……。」 否定もしない。 図星だったのかもしれない。 私はそんな蒼人を少しだけからかいながら、さっきのハイタッチのことを話した。 「ねぇ聞いて! 樹くんとハイタッチできた!」 「そう。」 「しかも向こうから合わせてくれたんだよ!」 「良かったじゃん。」 また、その一言。 私はもう慣れたように笑って返す。 「……告白してみようかな。」 ぽつりとこぼす。 蒼人は少しだけ目を伏せて、 「……そ。」 それだけ答えた。 その短い返事に深い意味なんて考えもしないまま、私は競技が終わるのを待った。 体育祭も、もうすぐ終わる。 今なら言えるかもしれな
体育祭まで、あと一週間。 予行練習で使う道具を体育館へ運ぶことになり、私は玉入れのかごいっぱいに詰められた玉を抱えて階段を上っていた。 「玉入れの玉って……こんなに重いんだ……。」 一段上るたびに腕が悲鳴を上げる。 もう少しで踊り場。 そう思った時だった。 「俺持つよ。」 後ろから聞き慣れた声がした。 振り返ると、樹くんが笑って立っている。 「重いでしょ。」 そう言うと、返事を待つこともなく私の腕から箱を受け取った。 「あ、ありがとう!」 急に軽くなった腕をさすりながら隣へ並ぶ。 「樹くん、優しいね。」 そう言うと、樹くんは少し照れくさそうに笑った。 「困ってる人を助けるのなんて当たり前だよ。」 その一言だけで、胸がふわっと熱くなる。 こういうことを何気なくできる人だから、きっとみんなから好かれるんだろうな。 ……それに比べて蒼人ときたら。 愛想なんて欠片もない。 少しくらい見習ってくれてもいいのに。 そんなことを考えながら、二人で体育館まで歩く。 たわいない話を交わす時間が、どうしようもなく幸せだった。 このまま体育館までの道が、もっと長ければいいのに。 そんなことまで思ってしまう。 体育館へ着くと、樹くんは箱を降ろしてくれた。 「ありがとう。」 「ううん。」 短く返事をして、私は細かな準備を始める。 すると向こうから大きな声が聞こえた。 「おーい、樹! こっちも手伝って!」 「はーい!」 樹くんはすぐに返事をして、駆け足で向こうへ向かっていく。 クラスメイトに頼られ、先生に呼ばれ、また別の競技の準備へ。 あちこち走り回って、額には汗がにじんでいた。 私は作業をしながらも、気づけば何度もその姿を目で追っていた。 男子にも。 女子にも。 先生にも。 誰かが困っていたら、樹くんは迷わず手を貸している。 その姿を見て、改めて思った。 ああ、この人は優しい人なんだ。 でも――。 その優しさは、私だけに向けられたものじゃなかった。 みんなに同じように笑って、同じように手を差し伸べる。 それが樹くんなんだ。 胸の奥が、少しだけ痛くなる。 嬉しいはずなのに。 好きになる理由がまた一つ増え







